第17話 馬鹿まみれ
執事長の顔と名前を一致なんかさせていないミスティアの発言に、執事長はそんなバカな、と真っ青になっているのだが、そもそも自分達がミスティアを軽んじたというのに何をふざけたことを言っているのか、とミスティアもステラも呆れていた。
「なんで」
呆然と呟いた執事を見て、ミスティアは特に感情のこもっていない、冷たい声を投げかける。
「だってあなた、わたくしのことなんて気にもかけていなかったじゃない」
ミスティアはわざと『わたくし』と対外的に言ってみせた。
思いがけず効果があったようで、執事は顔色が青から白へと変化していく。そんなにもショックを受けるなら初めからやらなければ良いだけの話なのに。
「も――」
執事が、己の額を打ち付けんばかりの勢いで土下座をした。
「申し訳ございませんでした奥様!! 何卒、どうか離縁だけはお考え直しくださいませんか!!」
「……っ、そ、そうだミスティア!! 俺は君を愛していて!!」
だが、ミスティアはどこまでも冷静に返す。
「愛しているのは、私の実家の財産。私の精霊眼。他に何かありますっけ?」
「ち、ちがう! 本当に俺は君を愛しているんだ! その、方法は間違えてしまったけれど、でもこれからは」
「どの口でいけしゃあしゃあと……」
吐き捨てるようなステラの言葉に、リカルドはぎろりとステラを睨みつけた。
「うるさい!! 大体、義姉上がやってきたからこんなにもミスティアが冷たくなったのではありませんか! 何か入れ知恵でもしたんじゃないんですか!? そうだ、きっとそうに決まっている!! 大方、手紙とかで何かをミスティアに吹き込んだんだ!」
一気にまくし立てたリカルドを見て、メイドたちが『なんてひどいの!』や、『最低ね!』と罵声が飛んできているのだろうが、精霊たちは能力フル活用している。
風に声を乗せないようにして、ミスティアやステラに聞こえないようにしているのだ。
「(精霊ちゃんたち器用ですよね)」
「(本当ねぇ)」
リカルドの必死の訴えも、何もかもどうでもいい。
的外れすぎる指摘に至っては、頭どこかにぶつけたんじゃないですかね、と聞きたくなるような内容でしかない。馬鹿丸出しも良いところだ。
「……ええと」
「ミスティア!」
ミスティアが口を開くと、リカルドが嬉しそうに微笑んだ。
――しかし。
「よくもまぁ私の敬愛する姉様の悪口が、そんなぽんぽん出てきますわね」
「…………あ」
まずい、と思ったけれど遅かった。
「私、ますます離縁しか選択肢がない、と思いましたわ」
この言葉にメイドたちの罵詈雑言もぴたりと止まった。
「姉様、とりあえず私の部屋だったところに行って、荷物をまとめてとっとと帰りましょう。荷物は一時間もかかりませんのでご安心くださいな」
【ミスティアが荷物できるように協力するー!】
ミスティアの傍に居た精霊がはいはい!! と手を上げて立候補したかと思いきや、ミスティアの周りに風の結界を出現させた。
「あら」
【これでミスティアに近づく人、跳ね飛ばせるから行こー!】
「ありがとう、とっても助かるわ」
そう言って微笑んだミスティアは、メイドも何もかも全て無視して歩き出した。
「待ちなさいよ!」
止めようとしたメイドは、やはりというかミスティアのことを守っている風魔法の威力を侮っていたのだ。
跳ね飛ばせる、の規模を考えていない。
「待ちなさい、って――ぎゃあ!」
今から触れられる、というところでメイドはふわりと浮き上がり、そのまま横滑りをするかのごとく、思いきり吹き飛んで行った。
他のメイドたちのところに突っ込んでいったため、悲鳴が聞こえたのだがミスティアはどこ吹く風。
「ミスティアちゃん、荷物もし多かったらペイスグリルからマジックバッグを預かっているからそれに入れちゃいましょうね」
「そんなにないけど……姉様、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだミスティアは、一応与えられていた自分の部屋へと歩きだした。
勿論、衝突事故を起こすきっかけになったメイドからうめき声が聞こえていたけれど、気にしない。
そのまま、ずんずんと歩いていってしまったのだった。