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第16話 何回でも言いましょう、離縁確定なんです

 離縁は、とっくにミスティアの中で確定事項になっていた。

 実家から金を引き出すことしか考えていない旦那、義母と乳母と夫や使用人には懐いているけれど人をサンドバッグ代わりとしか思っていないような息子、息子を産んだことだけしか認めてくれなかった義母、そもそも世話を放棄して嫌がらせのオンパレードな使用人の皆様方。

 これのどこに、この家に留まるという選択肢があると思うのか。

 あるとするなら女神級の優しさを持っている人だけなのだろうが、生憎ミスティアは単なる人間なのだ。そんなもの持ち合わせてなどいない。


「あ、あのう、奥様ぁ」

「気持ち悪いですねー……何ですかその猫なで声」

「!?」


 手をこねこねとしつつちょっと下手に出てみたメイドは、ミスティアの感情無き声に硬直した。


「……え?」


 まさかそんなことあるわけない、と思っていてもこれは現実。


「今更何か御用ですか? ここの皆さまに私、何一つ用事なんてないんですけど」

「あ、あのぅ」

「いやだから気持ち悪いって……ああ、そっか」


 ぽん、と手を打ったミスティアの口から、とんでもない爆弾が投下された。


「耳がお悪いんですね……若いのに可哀想……」


 は!? とメイドが激昂しかけたが、ミスティアはあっけらかんとしたまま。

 以前のミスティアなら『ご、ごめんなさい!』とただひたすらに謝ってきたはずなのに! と思ってもそもそもこれがミスティアなのだ。

 以前のミスティアは、原因不明の何かによって精霊たちが見えなくなっていると信じ切っていて、使用人に対しても大分下手に出てしまっていた。


 どうしよう、自分が何かをしてしまったのではないだろうか。

 精霊たちが見えなくなってしまった、そんな自分がここにいる必要性はどこにあるというのか。


 あの頃はミスティアだって若かった。

 そして、思考回路は真っ直ぐそのものだったから、色んな事がすぐに不安になってしまっていた。


 でも、色々な事情を聞き、察したミスティアは開き直った。

 たとえ自分の身内がやらかした約束のせいでここに嫁ぐことになったとはいえ、貴族としての責務をまっとうしようと思ってた。


 ――それが、吹っ切れて、何もかもなくなったというだけ。


「あ、ああ、あんた」

「離縁は何があっても行います。必要があれば弁護士も入れましょう。ああそれから」

「な、何よ!」

「親権は不要です、というか押し付けられても放棄します。あんなもの、我が子だとも思いたくない」


 淡々と告げられた内容に、ミスティアとステラ以外、ぞっとした。

 まさか親権放棄するだなんて、と思っていたのだ。


 リカルドは、精霊眼を引き継いでいないのであればランディをどこかの家の養子にやり、ミスティアをまた動けなくして子を宿させればいい、というクソ極まりない思考回路を持っていた。


 母親ならば子を無条件で愛するものだ。


 そんな思いもあっただけに、これはショックだったのかリカルドはふらふらと後ずさる。


「君には……母親の自覚がないというのか!?」

「はぁ、そうですね」

「そうですね、って!」

「そもそもあの子、私を母だなんて思ってないじゃないですか。そんな子、我が子と言えましょうか?」


 言えないわよねぇ、ねー、とステラが精霊たちと話してうんうん頷いている。

 こんなはずではなかったのに、とリカルドの背中を冷や汗が伝う。


 いいや、まだだ。まだこの女は強がっているだけかもしれない。

 そんな僅かな希望に縋り、リカルドがミスティアを指さした。


「は、ははっ! そうか、俺の愛を試しているの「試していません」」


 ――あれ?


 リカルドの言葉を食い気味に否定したミスティアの顔にあるのは、嫌悪。

 ステラと精霊は拍手をしている。


【ミスティアえらーい】

【未練って何?】

【美味しい?】

【まずそう】

【うえ】

【なんだこの馬鹿】


 なお、精霊の悪口はステラとミスティアにしか聞こえていないので、二人は笑いを堪えるのがとても大変なのだが、周りは誰も気付いていない。

 よくもまぁそこまでほいほい出てくるものだ、とミスティアとステラが感心すらしていれば、執事長が恐る恐る手を上げた。


「あ、あの……奥様」

「……」


 ミスティアは反応しない。ただ、執事長の方を向いただけだった。


「奥様……?」

「……誰?」


 直後、物凄く眉間に皺を寄せて問いかけてくるミスティアに、執事長は愕然とした。

 どうして覚えていないのだ!? と内心絶叫するが、ミスティアはそんなこと知らずに追撃する。


「多分挨拶はされたけれど、こちらが話しかけても無視しかしない人を覚えておくだなんて無駄な事、している暇なんてございません」


 それを聞いて、執事長がへたりと座り込んだが、ミスティアはもう視線を外していた。

 ミスティアは彼に対しての興味が、心底ないのだから。

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