第13話 怒らせてはいけない人
あらまぁ、とミスティアはのんびりした声で呟いた。
自分にとっては救いの女神だと思っていたステラだが、うまく色々と避けないと単なる破壊の女神になりかねない。
というか、ペイスグリルの精霊たちがいつの間にかミスティアのところに避難してきていて、プルプルと震えている。
【ステラのマジ切れ、久しぶりで怖い】
【うっかりすると巻き込み事故になっちゃう】
「何の巻き込み事故?」
【風魔法】
綺麗にそろってペイスグリルの水の精霊たちは震えながら呟いた。
「ステラ姉様ったらほら、打ち解けて以来わたくしの敵には容赦ないというか、そうなると容赦っていう単語が何故だか家出しちゃうのよ」
【ニンゲンの言葉で、これシスコンっていうんだよね、知ってる】
「あら、えらい」
帰ったら何かご褒美あげましょうね、とのんびり会話をしているミスティアとペイスグリルの精霊たち。なお、リカルドは『何を話してるか分らんが助けろ!』と内心叫んでいるが、精霊の声が聞こえていないので今感じる恐怖は少ないことだけは確かなのだか、本人だけが知らない。
「姉様、あのー」
「なぁに? ミスティアちゃん」
「お兄さまの精霊たちが怖がっているので、ちょーっとだけ殺気を抑えていただけますと助かりますわ」
「抑えてるつもりなんだけれど……」
あらぁ、と呟いているステラは可愛いのだが、内容はそこそこ物騒である。
これで殺気を抑えているのか!?とついうっかり叫んだリカルドだが、ぐるりとステラがそちらを振り向いて、にこりと微笑みかける。
「もっと殺気を出してもいいのですけれど」
「は!? いやちょっとやめていただけませんか!?」
「どうして?」
「どうして、って」
そんなの決まっている。
単に怖いからだ。
しかも助けてくれると思っていたミスティアは、助けてくれる気配すらない。
「いや、だって、ええっと」
「わたくし、ここに閉じ込められておりましたし……そもそも家族ではない人を助ける義理はどこにありますかね?」
きょとんとして問いかけるミスティアの言葉に、さーっと顔色を悪くするリカルドだが、どう足掻いても助けてくれる気配も何もない様子にがくりと膝をついた。
「そんな……」
「そんな、って言われても自業自得じゃありません?」
「ねぇミスティアちゃん、ところでそろそろこの物置部屋から出ませんこと? お部屋の空気は……ああ、精霊ちゃんたちがいるから問題ないですわね」
【もちろんー!】
きゃっきゃとはしゃぐ精霊たちがミスティアの周りをくるくる飛び回る。
それを見たステラは微笑んでから、ミスティアのことをちょいちょいと手招きする。そちらへ行こうとしたミスティアの手をがっちりと掴んだリカルドだったが、それを見たステラがリカルドの手首を思いきり拳を振り下ろして叩いた。
「いったァ!?」
「ミスティアちゃんに触らないでいただけませんこと? この害虫」
「誰が害虫ですか! 義姉上、さすがにそれはひどいです!」
「貴方ですわ。あと勝手に義姉上なんて呼ばないでくださいまし。虫唾が走ります」
何をいまさら、と言わんばかりの反応をステラがしてみれば、ミスティアもうんうんと頷いている。
リカルドはよほど痛かったのか、殴られた方の手首を押さえてうずくまっているが、ミスティアもステラも気にしていない。
「わたくし、あなた方に家族として扱われておりませんし……そもそも離縁希望なので」
「り、離縁だと!?」
「はい」
残念がる様子もなく、清々しい笑顔で言い切ったミスティアの様子に、本気なのか、とようやく悟ったリカルドがへたりと座り込む。
「ステラ姉様、わたくし帰るにも荷物が」
「ある?」
「実家から持ってきたアクセサリーとかがちょこっとありまして」
それはそうか、と頷いたステラはリカルドのことなど見向きもせず、ミスティアの手を引いて歩き始めた。部屋を出る直前でミスティアは、リカルドのほうを振り向いてこう告げた。
「離縁は必ずしてもらいますので、そのおつもりで。そもそも、それを望んだのはあなたの母様と、そう思いたくはないけれど、わたくしの息子ですので」
では、と告げてさっさと歩いて出て行ってしまったミスティアに手を伸ばしかけたが、ミスティアは足など止めなかった。
リカルドの方を振り返ることもなく歩いて行ったため、たった一人、リカルドだけがそこに取り残されてしまったのである。