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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いくらなんでもアメリカとインドと北欧二カ国が合体するって本当なんですか!?

 ――4月1日・エイプリルフール


「なんか横浜で、アメリカとインドと北欧二カ国(ノルウェー&デンマーク)が融合した感じの特異点が出現したんだってさ」


「えっ!?マジで!――じゃあ今の横浜を観光したら必然的にパスポートなしでその4か国を旅行したことになんのか!」


 当然、嘘である。


 常識的に考えればそんな訳がないのだが、すっかり信じきった蛸久(たこひさ)は慌てた鱈次郎(たらじろう)の訂正を聞くことなく、彼を無理やり横浜へと連れていく――。









「ここが横浜か……どことなく中華デリック感あふれる街並みだぜ」


「そんなことより……自分で言い出しておいてなんだけど、本当に横浜でアメリカとインドと北欧二カ国が融合した特異点が出現してるんだが?」


 初めて来る横浜の街並みに感銘を受けている蛸久とは対照的に、突拍子もない嘘をついた張本人である鱈次郎が呆然とした表情で周囲を見回す。


 それというのも無理はないだろう。


 現在この地では、本来の横浜の光景を中心としながら、異なる3つの景色が折り重なる用に顕現を果たしていたからである――。


 ようやくその異様な状況に気づいた蛸久が「スゲー!!」と眼を輝かせる中、鱈次郎は一人険しい顔つきで思案する。


「それにしても、一体何があったらこんなことが起きるってんだ……?」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。……その疑問にはワシが答えてしんぜよう」


「「あっ!?現地の横浜市民!!」」


「うむ!……それで話を続けるが、何かと多忙であったり人間関係で生じたストレスや先行きの見えない社会そのものに不安を抱えた多くの現代人達がエイプリルフールである事をいいことに『今の生活を捨てられないが、ここではないどこかへ行きたい……』『叶うなら一ヶ所にまとめて、非日常な体験が出来る感じで……』といった願望を込めた嘘をほぼ同時についた結果、異国情緒あふれるこの横浜にそれらの想念が収束してこの特異点を形成するに至ったのじゃ……!!」


「「そ、そんなことが……!?」」


 まさに嘘から出たまこと。


 横浜市民から告げられた真実を前に、二人は思わずたじろぐ。


 この話が本当ならば、この特異点を形成する嘘をついた者達すべてがほぼ同時に、鱈次郎同様にアメリカとインドとノルウェーとデンマークが一ヶ所に融合したような特異点が出現することを望んだ……と言うことになる。


 にわかには信じ難い驚愕の真実を前に二人が唸っているが、横浜市民は構うことなくにこやかに説明を続ける。


「まぁ、心配せずともこの特異点は『エイプリルフールについた嘘』をもとに構築されておるわけじゃから、どれだけ強大そうに見えても明日以降には綺麗さっぱりすべて消えておるよ。……せっかくなんだ、アンタらここまで来たんなら一日限りの世界旅行を楽しんできんしゃい!」


「「ありがとう、横浜市民!!」」


 ――こうして蛸久と鱈次郎は、親切な横浜市民に見送られながら多重複合型特異点へと乗り込んでいく。










 ……そこからは怒涛の連続であった。



 ――米国株の暴落を目論むウォール街の資本主義魔族の軍勢に対して「人類の歴史において200年間、株式市場全体は常に右肩上がりで成長し続けています!!」と言い張ることによって、人類の叡知の強さを見せつける大規模反攻作戦:"陽はまた昇る(ライジング・サン)"……♡


 ――道を尋ねたらいっせいに各々の「自分が正しいと思う方向」を指差すインド人達に困惑していたときに、スマホのナビ機能で客観的に正しい道を教えてくれた青い肌と死んだ目をした邪神崇拝者の漁師……♡


 ――唐突に仏教に興味があるエルフのムチプリ♡お姉さんに話しかけられたけど二人とも漠然とした知識しかなかったため話を合わせられず、情けないことにエルフのお姉さんから"禅"の精神だけでなく何故か隈取を起点に歌舞伎と能の違いについて教わり、最終的に牧野(まきの) 凛世(りんぜ)の可愛さについて互いに合意を得た異種族間交流……♡



 ところところで(……本当に現地って、こんな感じなのか?)という疑念が生じつつも、蛸久と鱈次郎は特異点と化した領域を縦横無尽に駆け巡っていく――!!









 そうしているうちに、すっかり陽も暮れ闇の帳が下りた頃。


 蛸久と鱈次郎の両名は現在、新たに出現した"最後の領域"で重苦しい雰囲気を纏いながら対峙していた。


 周囲の景色からすると、中東のどこかであるようだが……。


 そんな中、鱈次郎が両手を広げながら高らかに告げる。



「見るがいい、蛸久!!……これが、これこそが!エイプリルフールの果てに顕現した人の願いの創意、現世に降臨した安寧と繁栄に満ちた最後の楽園たる"パルミュラ"の姿をッッ!!!!」



 ――最終領域:"パルミュラ"。


 アメリカ、インド、北欧の三界を経て現世へと開花(ペネトレイト)を果たしたその在り方はまさに、"神話"として語り継がれるに相応しい威光に満ちていた。


 現にこの特異点のパルミュラにおいては――いたるところで人種どころか異種族や神話生物の区別なく、皆が自由に生を謳歌していた。


 そんな光景を見やりながら、鱈次郎が穏やかに――けれど、凛とした声音で正面の蛸久に告げる。


「蛸久よ、このパルミュラに生きる者達は皆、己が領分を守りながら互いを尊重し懸命に個としての生をまっとうしている。……それに比べて、俺達が生きる現世はどうだ?エイプリルフール(4月1日)という区切りなど関係なく、下劣な糞以下の嘘まみれじゃないか!!」


「鱈次郎……」


 心配そうな視線を向ける蛸久。


 対する鱈次郎は視線を合わせることなく、ククッ……と声を漏らす。


「……現世で生きる者達が全員、救いようのない嘘つきならばまだ逆に救いはあった。――だが、現実は違うッ!!自分の基準でしか物事を見れない矮小な愚物どもが、詐欺師如きが、共依存のメンヘラが!……己の惨めな人生から目を逸らすためだけにもっともらしい理屈と被害者面を張りつけながら、まっとうに生きている大多数の人々の存在を際限なく磨り潰して僅かな安堵を得て醜悪なよだれを垂らしてるんだ!!……こんな光景を、許せるはずがないだろうッ……!?」


「……」


 あまりにも強すぎる激情を前にしながらも、蛸久は怖じ気づくことなく――けれど悲しげな眼差しで友を見つめる。


 そんな想いが通じたのかはわからないが――ようやく鱈次郎が、彼と視線を合わせた。


「……なぁ、蛸久。本当に生き残るべきは、そんな人類の叡知と長い歴史の中で生き残ってきた"言葉"という存在を己の身勝手な欺瞞で悪用するような愚図どもなどではなく、現世においてどれだけの不条理があろうとも懸命に日々を生きている人々――そして、このパルミュラという楽園に生まれながら、明日には消えることが決定づけられているあわれな命達の方だとは思わないか?」


「……そうだとして、お前は一体どうするつもりなんだ?」


 そんな蛸久に対して、「簡単なことさ……」と鱈次郎は返答する。



「――この特異点に出現した最後の楽園"パルミュラ"。この存在を一気に外界へ放出することにより存在の力場を崩し、現世の事象そのものを強制的に(・・・・)塗り替える(・・・・・)。……そうすれば、どれだけの美辞麗句を並べようとも口先だけの紛い物は消滅し、これまでの人生で確かな実力を身につけた者達と真実の優しさの中で生を受けた者のみが生き残ることが出来るはず……!!」



「鱈次郎……」


「……俺の手を取れ!取ってくれ、蛸久!!――4月2日以降の真実だけが残る世界には、お前のような者こそが相応しいんだッ……!!」


 荒々しくも、半ばすがりつくように差し出された鱈次郎の右手。


 それに対して、蛸久は――。



「……それならなおさら、その手は取れねぇな、鱈次郎。――俺は、お前にだけはそんな嘘はつきたくないからな」



「~~~ッ!?何故だ、蛸久ァッ!!」


 激昂する鱈次郎。


 対する蛸久はどこまでも悠然としながら、その問いに答える。


「……このパルミュラ?っていう楽園にいるヤツ等はみんなどこまでも穏やかで気の良い連中だ。それはよくわかる。鱈次郎の言う通り、コイツ等と一緒に過ごせたら無駄な悩み事やらくだらん揉め事なんか関係なしに毎日面白おかしく過ごせるだろうさ」


 けどな、と蛸久は続ける。


「――だからこそ、お前の言う通りにしたら、ここで幸せに過ごしているコイツ等を俺達の世界で生きている嘘つきを殺すための道具扱いすることになるんだぞ?……鱈次郎、お前は本当にそれでいいのか?」


「……ッ!?」


「お前が言うようなとんでもない嘘つきの悪党がいるってんなら、きっと生きることそのものが苦痛に満ちてるに違いねぇよ。……なんせその場しのぎに嘘で誤魔化せるお人好しと違って、"現実"ってヤツはなかなか何でもアリを許しちゃくれないんだからさ」


「………い、今さらそんな理屈でッ……!!」


「……それにな、鱈次郎。このパルミュラを含めた特異点そのものが、お前を含めたみんながついたたった一つの"嘘"から始まったんだ。どんなに馬鹿馬鹿しかろうと、ちっぽけだろうと、こんなスゲー場所を生み出せるような人達の願いすら悪と断じて"真実"しか残らない世界なんてついていけねーし、そんな状態で真実の楽園ヅラする方がよっぽど"嘘"まみれだろ?」


 そこまで言ってから、「なにより!」とビシッと人差し指を突きつける。



「"エイプリルフールの嘘で、人を傷つけてはならない"。――これが、お前の嘘に乗れない理由だ!鱈次郎!!」



 親友から突きつけられた真実の決別。


 それに対して、肩を震わせながら鱈次郎が問いかける。


「……蛸久。一言一句違わずお前は正しいよ。間違いない。だが、だからこそ!俺は認められないッ!!――お前は、本当にそんな理屈だけで、これからもくだらぬ妄執と虚偽にまみれた現世で懸命に生きる人々が磨り潰され、この優しき楽園がたったの一日で崩れ去ることを良しとするのか!?お前にそれを容認出来るのかッッ!!!!」


 慟哭の色を帯びた、臓腑の底から響くような鱈次郎の嘆き。


 それに対して、蛸久は――。





「――すべてを受け入れるよ。今の世界がまったく変わらなくても、懸命に生きている人達がこれからも苦しんだり嘆いても……このパルミュラに生きてた命が今日ですべて消えちまっても!俺がこの選択をしたことを後悔する日が来たとしても!!――俺は、みんな絶対に忘れたりなんかしないッッ!!!」





「~~~ッ!!……それでも、俺は……俺はァァァッッッッッッッッッッ!!!!」


 嘘どころか真実すら入り込む余地がないほどに、言葉にならない感情を込めて鱈次郎が雄叫びをあげる。



 ――残酷なまでの悲壮な決意を胸に、ありのままの世界を受け入れる者。


 ――そのすべてが嘘であろうと、愛の重さに耐えきれなかった者。



 ……どちらが人として正しいのかは、わからない。


 だが、それでもわかることがあるとするなら――。



 ――"真実"は、この宿命を超えた4月2日にのみ存在する。









エイプリルフールッ!!!!

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― 新着の感想 ―
上質なB級映画を観た後のような謎の感動がある( ˘ω˘ )
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