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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編シリーズ

妖刀に生命力を吸われて死にかけた私、しぶとすぎて魔へと転ず。

作者: 屋代ましろ

二万字いかないくらいです。

小説というよりはプロット感ありますが、よろしくお願いいたします。

 私、穂村燐花(ほむらりんか)は周囲よりもふた回りは大きい赤ん坊だった。

 数年が経てば、男の子相手でもケンカで勝つやんちゃな女の子に育った。

 小学生にもなると、高校生のような背丈と胸でランドセルを背負っていた。


(たぶん、その時はまだ……人よりも成長が早いだけだと思っていた)


 中学生時代は大人びたを通り越し、二十歳過ぎみたいな顔つきだった。

 クラスの中心でリーダーシップを発揮し、思い出が詰まった日々を過ごした。


(大人っぽいって言葉が純粋に嬉しかったのをよく覚えてる。でも……)


 高校入学後、全ては崩壊した。

 極端なシワやシミが増え始め、中年みたいに老け始めた。

 あだ名はおばさんだった。

 中学では仲がよかった友達も誰ひとりいなくなった。

 どうにか大学生になった頃には、杖なしで歩けなくなっていた。

 敷地に迷い込んだボケ老人と間違われる毎日だった。


(それは、ただの勘違い……思い上がりでしかなくて)


 就職には失敗し、両親は日に日にやつれて、ある日事故で亡くなった。

 さらに時は流れ、二十三歳の十月某日。

 街中で倒れ、私は緊急搬送となった。

 そして、十月の末。


 (二十四歳の誕生日を寝過ごして、今……)


 この世のどことも分からない、真っ暗な空間。

 鎖で繋がっている老婆――つまり私の眼前には、その数倍は大きい一尾の妖狐。


「うぉおおおおっっっ!!」

「なんじゃっ、なんなのじゃ……この小娘はッ!?」


 一人と一匹が共に負けまい、と。

 互いを繋一本の鎖を必死に引き合っていた。


(今際の際で、狐と絶賛格闘中です)


 *


「…………」


 私が外の景色を眺める先には、両親と手を繋ぐ少女の姿があった。

 つい先日まで同じ病室にいた小学生だ。


「穂村さん、散歩の時間ですよ」


 病室に入ってきた看護師が一月のカレンダーをめくる。

 それから穂村は車いすに乗せられ、病室を出る。

 向かうのはエレベーターだった。


 ――早老症

 それは読んで字のごとく、早く老化する病気。

 二十代から急速に老いていくのが普通であり、重篤な場合の平均寿命は十四歳だと医師に聞かされていた。


「いい天気ですから、外に出ないと勿体ないですよね」

「…………」


 一切返事がないため、看護師は何とも言えない表情を浮かべる。

 初めの頃は返事を面倒に感じてしなかったが、ある時本当に声も出しづらくなってしまい、今では本当に返事をしない老婆という印象を持たれていた。


(ま、今更そんなのどーでもいいって思うけど……)


 もう、人生に何の期待も持っていなかった。

 自分はここで、誰にも、何にも、想われず死んでいくと理解していたからだ。


 屋上には私と同じように車いすの老人たちが看護師といた。

 私たちもぐるりとテラスを移動していく。


 そんな時だった。テラスにいる一人の老人が空を力なく指さした。


「ぁ、あ……」

「? どうしたん……です――……えっ」


 明らかに高度が取れていないヘリが病院に向かって飛んできていた。

 だが、それよりも私はヘリにまとわりつく青白いものが気になった。


(何、あのモヤ……)


 視線の先、地上ではヘリが通過した付近の通行人が次々と倒れていく。

 ざわめき、一瞬お互いを見合う看護師たち。


 次の瞬間、彼女たちは我先にと屋上から逃げ出した。

 もちろん。私たちを置いて、である。

 若い看護師は気にしてくれていたが、先輩らしき女性がはっきりと言った。


「え、あっ……」

「どうせ死ぬッ!」


 これで終わりか、と。

 なんだか笑いそうになったけど、表情筋ももうあまり自由に動かせないのがみじめだ。


(でも……パパもママも事故で死んじゃって。少し前に家も燃えて、お見舞いに来る友達ももう誰もいなくて。死んでもきっと……誰も悲しまないんだろうなぁ……)


 改めて言葉にすると、涙が流れてくるのが分かった。

 看護師たちの方を見ると、全員に目を逸らされる。

 そしてエレベーターが閉まるのと、テラス諸共ヘリに押し潰されるのは同時だった。


 *


「うぅ……」


 目が覚めるとそこは黒い空間だった。

 地面があるんだかないんだか、よくわからない場所だ。

 しかし、それよりも声が出せたことに驚いて私は慌てて顔を触る。


「こ、声が出る? けど……」


 老化しているのは変わらなかった。

 気を取り直して辺りを見渡せば、刀が鞘ごと突き刺さっていた。


「ふふっ」


 子供のころ夢見た勇者を思い出し、つい笑ってしまった。

 たぶんこれも、一種の走馬灯みたいなものなんだろう。

 刀を手に取り、引き抜く。

 すると、青白い炎が噴き出した。


「!?」


 それは、ヘリにまとわりついていたものと同じに見えた。

 炎は手首に纏わりつき、やがて形を変えて鎖となる。

 刀も白基調で水色――尾がひとつの狐に変わり、同じ鎖に繋がれた。


「でっかぁ……」

「ぷはっ、なんじゃ暗いぞ」

「喋った……」


 自分より何倍大きいのかすらいまいち分からないそれを見上げ、私は感嘆する。


「む? ニンゲンか。して、どこじゃここは」

「あなたこそ何……妖怪?」

「なぬっ!? やれやれ……これじゃから最近の若いもんは。」


 呆れ顔の妖狐は蒼い火混じりのため息をついた。


「し、知るわけないと思う…」

火々(かか)っ! 妖魔界(ようまかい)最強(さいつよ)淵獣(えんじゅう)――灰劫神楽(かいこうかぐら)の九尾〝霞巴(かすみどもえ)〟と言えばぁ~。そう、ワシのことよ!」


 フフンどうじゃすごいじゃろ、と鼻を鳴らして得意げだった。

 でも何一つ分からない。古い記憶ばかり語るおばあちゃんみたいだと思った。


「あ、そう……」


 自分でも珍しいな、と感じるくらいの塩対応だ。


「ぬあっ! 信じとらんな!?」

「だって九尾ないし……それに刀に対する言及もないから、負けて刀なんじゃないの?」

「う、うるさいのぅ。ワシにだって事情が……あ――っ、もう怒った! 謝ってももう遅いんじゃからなっ!」

(ふ、沸点低いなぁ……)


 図星だったのかもしれない。

 と、私は改めて自分の手首に絡む鎖を見る。


「じゃあ九尾の狐さん。この鎖取れる?」

「く……鎖じゃと? ぬわっ、なんじゃこの縛りぷれいはぁっ!」


 じゃらじゃらと音を鳴らし、彼女(?)は外そうとするが取れる気配はない。


「取れんわ! 早よう引かぬか小娘!」

「えぇー……」


 渋々ながら言われた通り引っ張ってみると、やたら軽く感じられた。

 見た目に反して体重がないのかと感じるほどだ。

 多少は息があがるものの、私は一生懸命、狐を自分の方へ引っ張る。


「のぅ、時に小娘」

「なにっ? 今、私すごく頑張ってるんですけどっ」

「いや。それは有難いんじゃが、その……なんじゃ。ワシ……消えてない?」

「え?」


 顔を上げると、確かに狐の身体が四分の一ほど光の粒になって消えていた。


「き、消えてるかも……」

「「…………」」


 無言で思いっきり鎖を引いてみる。

 すると、さらに狐の身体が光になっていった。


「のじゃああああっ!? たった今消えると言ったじゃろうがっ!?」

「たぶんこれ、片方が消えるまで取れない鎖とかなんだよ」

「んぉおおッ!?」


 狐が踏ん張る。

 何がどうなっているかは分からないけど、負けたら今度こそ消えるかもしれない。

 そう思うと、やめる気にはなれなかった。


「妖魔だか何だか知らないけど、どうせ長生きして悪いことたくさんしてきたんでしょう。なら私のために消えてよ!」

「うぬぬ……実は正直、よく覚えてないんじゃが……きっとその通りじゃろ」

「なら!」

「じゃが、そう一方的に決めつけるとは……嫌な小娘じゃのぅ」

「!」


 言われ、ふと頭の中に浮かんでくる声があった。

 今まで一方的に告げられた、言葉の数々が……。


「え、あ…今日は用事あるからっ。ご……ごめんね」

 遊びを断られた放課後。別の友達と楽しそうに帰る中学時代の友人の背中を見た。


「き……キツすぎんだろ、ババアのJKコス」

「ババアっていうかロバだローバ。臭いすげぇし、公害だよもう」

 男子たちにわざと聞こえるような大声で言われ、教室を出たことを覚えている。


「いやいやいや何浪だよ、あれ」

「初老じゃね」


 歩行がやや困難で講義に遅刻し、授業が始まった講義室に入った後、杖をついた教授に身体を起こされたことを、あの時の笑い声を忘れられるわけがない。


『今後のご活躍をお祈り申し上げます――……今後のご活躍をお祈り――……』

 荒み切った暗い部屋。

 ベッドの中でスマホのメールを何通も確認しながらすすり泣いた私は、確かにいたはずなのに。


「――隙ありじゃぁあああっ!」

「…………っ!」


 お互いが最初の距離に戻り、狐の半身が正常に戻っていく。


「……これで恨みっこなしだから」

「火々っ、よかろう」

「いざ尋常に――」

「勝負じゃ!」


 それは共に一歩も譲らない、鎖引きだった。


(うむ。やはりワシの力が吸われておる……なんじゃこの小娘)

(やっぱり見た目よりずっと軽い……いける!)

(まぁよい。ならば最後は気力じゃろうがっっ!)


 痛みを感じさせず、上半身が半分消える。

 怖いと思った。嫌だと思った。だから、


「ぐっ、このぉっ!」

「ぬぅあっ!」

(なんで私だけこんなって……生まれなければよかったって思う時もたくさんあった! でもこんな……あんなわからない終わり方なんて、やっぱり嫌よッ!)


 優位に気が緩んだ瞬間を見逃さず、一気に巻き返す。

 先ほどよりも狐――霞巴と名乗った何かの身体は消えていた。


「お、思いのほかまずいのじゃ!? の、のぉ…やっぱり三回勝負で――……」

「うぉおおおおっっっ!!」

「のじゃああああっっ!?」


 狐は完全に光の粒となり、そして――私の身体の中に融けていく。

 私がこの場所でのことを覚えているのは、ここまでだった。


 *


 三ヶ月後の五月。横浜にある中街(なかまち)小学校四年三組の教室。

 担任の先生が黒板に名前を書き終え、生徒たちに言った。


「というわけで転校生の三咲(みさき)ほむらさんだ。皆仲良くするんだぞ」

「三咲ほむらです。よろしくお願いします」


 私は長く黒い髪が垂れ下がるくらい深く頭を下げて、元気よく挨拶する。

 みんな、真顔だなぁ。もしかしたらあんまり歓迎されてないかも……。


 ――その笑顔と同時に教室を吹き抜ける風があった。

((トゥンク……))

((あっ、今のは完全に俺/私に微笑んだわ))

(付き合って二秒経った。あっ、三秒)

(ハッピーバースデー、私)

(あーぁ。ボクに惚れられちゃったね、おめでとう)

(帰ったら妹に妹のコツを聞かなくちゃ)

「はいはい! ほむらちゃんは何が好きなんですかー?」

((は? 私/俺に決まってるでしょ))


 何が好きかと言われると、少し難しい。

 下手なことを言うと世代の差がもろに出てしまう。


「あ、えと……私、実は少し前から記憶喪失で……だから好きなものとかまだ思い出せなくて……答えられないです。ごめんなさい」

((少し前から記憶喪失……!))

「あ、あぁっ! 俺は……俺はなんて想像力の欠片もない男なんだッッ!」


 質問をした子は、ガタガタと震えながら椅子からひっくり返ってしまった。


「では三咲さん。席とロッカーは奥の空いている場所を」

「わかりました」


 クラスメイトたちのキラキラした視線を浴びながら窓際の席に向かう。

 よかった、受け入れてもらえてる気がする……嬉しい。

 ランドセルを机に置き、私は席につく。朝の会が始まった。


「その狐娘? 可愛いね!」

「ありがとう。これからよろしくね」

「うん!」


 ランドセルに引っかけている、尾が二つある狐娘人形のことだ。

 私のセンスとは違うけど、こう返しておくのが正しいんだろう。

 なんとなく冷めている、自分でもそう感じてしまう。


(それもこれも全部。あの後、若返ってたせいだ……)


 病室で目覚めた私は、なぜか身体が縮んでいたのである。

 さらに顔や声だけでなく血液型も変わっていて、何より健康になっていた。


(だから記憶喪失のふりをして、私はほむらになった)


 元より家も金も、職も友人も親族も、寿命さえもなかったのだ。未練はなかった。

 そして新しい名字を得た私は今、児童養護施設〝とわいらいと〟にいた。

 でもまぁ、問題はいくつかあって――


「ほむらちゃんまたねー」

「うん、またねー」


 学校帰りの寄り道。ストバでおしゃべりした後、私はクラスメイトたちと正反対の方向に歩き出す。

 面倒なことに、深く帽子をかぶったマスクの不審者が後ろをついてきているからだ。

 私はとっとと曲がり角を進んで裏路地に入る。

 ニヤつきながらそいつは後に続くが、そこには誰もおらず驚いているようだった。


「そ、そんな……ぼくのスウィートハート」

「はあ。昭和の古典ね」


 心底落胆する不審者をビル屋上でしゃがみながら見下ろし、ぼやく。

 ため息をついて立ち上がり、すっかり忘れていたことを思い出した。


「あ、人いないし普通に喋っていいよ?  (ともえ)おばば」

「ババア言うでない!」


 ランドセルから勝手に外れ、宙に浮かんだ狐娘の人形がふんぞり返る。

 これこそ私があの時、鎖を引き合った狐……らしい。


「いいからパパっとやっちゃお、人間らしさを忘れないための人助け」


 巴にランドセルを投げる。

 渋々ながらも余裕そうに巴は受け止めた。

 それから私は、胸元にある刀の形をした傷痕に触れる。

 すると体内からミニチュアの刀――謎空間にあったものと同じものが出現する。


「ちゅっ」


 それに口付けをした途端、魔法少女よろしく一旦全裸になってからの変身バンク突入。

 肉体が大学生程度まで成長し、軍服みたいなセーラー服に羽織という格好に変わる。

 髪も黒と青混じりとなり、さらに上半分しかない狐のお面のおまけつき。

 呼応するように刀のサイズも元通りになっていた。


「その演出、絶対に妖力の無駄づかいなのじゃ……」

「勝手でしょ。ほら行くよ、日課の妖魔狩り」

「これ! 年寄りを置いて先にゆくでないわ!」


 屋上から別のビルに飛び移り、元町中華街方面に走っていく。

 生身の人間が飛び回っていても誰も気に留める様子はない。

 それはお面に認識阻害の効果があるからだそうだ。


(妖魔――あらゆるモノに蓄積された感情から生まれる呪いの総称。動植物や土地はもちろん、無生物からも沸いてくると巴のおばばが言っていた)

 

 ま、ちゃちゃっと済ませてしまおう。

 たぶんもう、私はこの感覚の時点で立派な〝人外〟になっていた。


 *


 何の変哲もない住宅街の道路。

 そこにある電柱には電柱と同化している、女性二人と女子小学生の姿があった。

 手足は動かせ、喋れるが、その声は通行人の男性には届いている様子はない。


 私はやや離れた位置の電柱に立って見下ろす。

 視線の先には、直で顔から顔がいくつも生えていて、亡者の肉塊ような妖魔が三体宙に浮いている。

 捕らえられた人たちは悲鳴あげたり、泣いていたりしていた。可哀そうに。

 妖魔の二体は自分の顔のいくつかを捕まえた人間の顔に似せて笑い、一体はベロで小学生の顔を舐めている。


「ぅう、お兄ちゃん……」


 助けてあげなきゃ。だってそれが人間として普通の考え方なんだから。


「あれはなんて妖魔?」

「無論、〝女子供を電柱に生き埋めにして愉しむ妖魔〟じゃっ」

「ん、つまり雑魚ね。」

「〇〇を××する類いは基本弱いと教えたじゃろうがっ、忘れるでないわ!」


 宙に浮かぶ人形が固定された表情で怒っていた。


「えー、忘れたとは言ってない――…じゃんッ」


 電柱を蹴り、私は一息に二十メートルほど距離を詰めての居合を放つ。

 瞬間。妖魔はバラバラになり、紫の体液をぶちまけて光の粒になった。

 足場にした電柱は壊れ、路駐された車なども妖魔もろとも斬ってしまった。


「〝狐月一閃(こげついっせん)〟ってね」


 そう言って無駄に格好つけると、女子小学生は私に羨望の眼差しを向けてくる。

 ちょっとだけ嬉しかった。


「オニィヂァァアアン…」

「ヴォッ、ヴォッヴォッ!」


 涙を流しつつも、妖魔は全ての顔からベロを高速で伸ばして攻撃してくる。

 私は、妖刀〝冥紅(めいこう)柳燈(りゅうひ)〟を地面に突き刺した。


「――〝神武那火(かむなび)〟。」


 正面に蒼い炎の障壁を展開し、触れた部分からベロが燃えて無くなる。

 妖魔はすぐに火が燃え移ったベロをまだ無事なベロで攻撃し、先端を切り離した。

 ベロは即座に再生。そののち、障壁の内側へ回り込ませようとしてくる。


「甘い甘い」


 だが、私もすぐに妖魔の四方に同じ炎の障壁が展開した。

 そして全方位から炎の障壁に押し潰された妖魔は血痕一つ残さず討滅され、途切れるような「ヴォッ」が哀愁と共に響く。


「か、かっこいい……」

「クラスのみんなには内緒だよ?」


 刀を鞘に納めつつくるりと翻り、人差し指を自分の唇に当ててお姉さんぽく振る舞ってみる。

 妖魔が討滅されると、三人は電柱から解放された。


「わ、わっ」


 私は刀を手放し、落ちてきた小学生を受け止めて地面に立たせる。


「あ、ありがとう、お姉ちゃん!」


 笑顔だけ返し、私は刀を拾う。

 それから女性ふたりの方にも向かって手を差し出し、


「あ、ありがとうござい――……」


 手を取ろうとした手を、私は反射的に甲で弾いた。

 女性はなぜか、呆気にとられたように驚いている。


「じゃなくてお金。一万でいいよ」

「え、あ……はい」

「ふっふっふ」

「ワシと混じって倫理観が壊れとるだけあるのぉ」


 二枚の諭吉と渋沢を両手に笑う私を、巴おばばが呆れる。


「まぁ、ワシもお主のせいで人間臭くなってしまったんじゃが……」

「いや、おばば最初から俗だったじゃん」


 驚いている小学生を横目に、私はお札をポケットにしまった。


「あの空間に放り込まれた時点で混じっとったんじゃ!」

「ふーん。でもいきなり半人半妖の運命共同体だって言われてもねぇ~」

「ワシとて望んでおらんわ! それより討滅士(とうめつし)が来るから早くするのじゃ!」

「わかってるって。」


 雑に相槌を打ち、私は近くの家の屋根に飛び上がってその場を離れる。

 その様子をキラキラした瞳で小学生が見上げていた。

 私たちは、ほどほどのところでどこかの庭の茂みに身をひそめる。


「しかし毎度ながら記憶消したり物直したり、後始末が大変そー」

「思っとらんじゃろ絶対……」

「あ、わかる?」


 笑いながら刀に口付けすると小学生に戻った。

 ミニチュアの刀も身体に吸い込まれて傷痕になり、ちょうど数人の討滅士が屋根を走って通り過ぎていく。


「さすが街中におばば臭が充満してるだけあるね。ちっともバレない」

「おばば臭やめい! 悪いと思っとるから討滅士に発見し辛くなった妖魔をこうして狩っておるんじゃろうがっ」


 いなくなったのを確認してから外に出る。

 あたりもすっかり普通の雰囲気に包まれていた。


「はいはい、そーですねー」

「のじゃああっ!」


 私の雑な返事にどうやら不満らしい巴おばばだった。


 *


 翌日。私はそこそこ学校の人気者だった。

 それこそ授業の合間にトイレへ行こうとすると女の子がわらわらついてくるくらい。

 ちょっと鬱陶しいと思いつつ、仕方なく我慢していた。


「ん?」


 廊下を歩いていると、昨日助けた小学生が一人、廊下の端を歩いているのが見えた。

 縮こまる彼女とすれ違い、トイレに入る直前。

 昨日の小学生は、素行が悪そうな女子三人に絡まれているようだった。


(ふーん。同じ学校だったんだ)


 そして放課後になり、また妖魔を倒してきた帰り道。

 たまたま近所にある元町公園の遊具広場の傍を通ると、昨日の小学生がやっぱりという感じで三人からいじめられているところに出くわした。

 私は気にせず、家路に着こうと思った。けれど、


「なんじゃ。助けてやらんのか」

「今日も明日も明後日も?」

「ほほぅ、仕返しが怖いんじゃな?」


 ため息をつき、私は仕方なく四人のところに向かう。

 小学生はふたりから乱暴にランドセルを取り上げられ、いつものことなのかほとんど抵抗せず、死んだ顔をしていた。

 その様子をつまらなそうに見ている少女がいる。


「ねぇー。中途半端に抵抗しないでよ、ザコなんだからさぁ~」

「そーそー。あんまウザいとSNSで汚いオッサン釣って押しつけるよ?」

「……っ」


 びくりと身体を震わせる小学生。

 いじめていたふたりも、つい手をあげそうになる。しかし、


「殴る蹴るはダメ」


 その一声でふたりは大人しくやめた。

 と、その時。彼女たちが私に気が付いた。


「あ。いずなちゃん、あいつ……」

「なんかチョーシ乗ってる転校生じゃん」

「……」

「なに? 見ての通り忙し――……」


 私は彼女が喋り出す前に、いずなと呼ばれた子の頬を殴った。


「ぶっ」


 いきなり吹っ飛んで困惑気味のいずなちゃんに即マウントを取る。

 そして言葉の一つも交わさず、一方的に黙々と平手打ちを続けた。

 無関心さが伝わったのか、どうにも怯えているようだった。


「てめーっ」

「このヤロー!」


 奪ったランドセルを投げ捨てて、止めに入ってくるふたり。

 友達想いなんだなぁ、と感心した。


「わっ」

「きゃっ」


 私は掴み掛って来たふたりの足をそれぞれ掴み、高く上げて後ろに押して転ばす。

 スカートとホットパンツから可愛らしい下着が見える。

 こんな性格でも履くものは年齢相応らしい。

 私は頬を叩くのを再開する。


「ごっ……ごめ、ごめんな、さいっ」


 何度か続けているとなぜか謝り始めたが、そのタイミングではまだ叩くのを止めない。

 泣いて少ししてからようやく手を止める。


「う、ぅうっ……」


 立ち上がり、私はお友達の方を見た。

 完全に委縮しており、ふたりは早足でいずなちゃんのところに向かう。


「も、もう行こ。いずなちゃん」

「ぐすっ……」

「あ、ちょっと待って」


 立ち去ろうとする三人のうち、一番近かった手首を私は掴む。


「な、んっ……」

「拾って」


 ランドセルに視線を促し、力を込める。


「い、痛っ、わかったっ。やる、やるからっ!」


 そう言って渋々ながらランドセルを拾い、いじめられっ子に手渡す。

 三人は涙目で逃げ去っていった。

 正直、すごくどうでもいいと思った。

 で、当の小学生は何か言いたそうなのに話さないので、仕方なく聞く。


「名前は?」

「あ、うっ……赤穂(あこう)胡桃(くるみ)……です。」


 うじうじ具合をうざいと思いつつも、靴下を履いてないことに気づいた。

 捨てられたのだろうか。一応、聞いておく。


「そ。胡桃はいつも裸足なの?」

「え、ぇと……」


 言いづらそうに公園内のゴミ箱の方を見る胡桃。

 捨てられたのだと理解し、私はさっさと向かう。

 漁ると、同じ柄の靴下は比較的上の方にあった。


「ん。」

「あり、がと…ございま、す。」


 明日もこれだったら面倒だな、と。少しうんざりした気分だった。


 *


 それなりに裕福な家庭の一軒家。

 ソファーに座るいずなちゃん父といずなちゃんを前に、私は児童養護施設〝とわいらいと〟でほむらを担当する女性、藤枝ふじえださんと正座していた。

 テーブルの上には持ってきた菓子折りがある。私が好きなお菓子だ。


「この度は誠に申し訳ございませんでした……!」

「悪いとは思っていませんが反省はしています。ごめんなさい」


 真摯に頭を下げる藤枝さんに対し、私はテキトーに下げる。

 やっぱり怒られるのかな?


「な、なんてこと……! 申し訳ございませんっ」

「いえ構いませんよ、私は」

「だって」


 ムッとした藤枝に睨まれるが、全く気にしない。


「で、ですが……」

「聞くところによると孤児だそうではないですか。親のいない子供にまともな倫理観なんて期待しませんよ、私は」

「おぉ、言うねぇ、おじさん」

「な――っ。そ、それが大人の言うことですか……!?」


 立ち上がり、ノータイムで父親の頬を引っぱたく藤枝さん。


「恥を知りなさいっ」


 私は隣でげらげら笑い、巴おばばは服の中で呆れていた。

 少しして「やってしまったっ」と内心でかなり焦る藤枝さん。

 一方で飛んでいったメガネを拾ってかけ直し、いずなちゃん父は朗らかに微笑む。

 すると彼はソファーに座らず、いずなちゃんの前に立つ。そして、


「?」


 いきなり父親に引っぱたかれたいずなちゃんはソファーから転げ落ちた。


「おぉー」

「……っ」

「な、なにを……」


 戸惑いの表情を浮かべて藤枝さんが訊く。

 受けていずなちゃん父は当然のように答えた。


「? ぶたれた原因は元を辿れば娘でしょう」

「そっ……」

「ともあれ謝罪ももう結構ですからお引き取りを。学校側に抗議するつもりもありませんので」


 観察するようにいずなちゃんを見ると、見られたくなさそうに目を逸らされる。

 あ、ちょっと可愛い。


「……」


 呆然と立ち上がり、思わず一人で先に出て行ってしまう藤枝さん。

 ちょうどいいので、私はいずなちゃん父に聞いてみた。


「ね。弱い者いじめってなんでなくならないんだと思う?」

「楽しいからですよ」

「だよね~。それだけ、さようなら~」

「はい、さようなら」


 どちらの問いにも、彼は笑顔で答えた。


「あれに育てられとる娘も存外不憫じゃのぅ」

「かもねー」


 玄関に移動する。

 と、会話が聞こえていたのか、藤枝さんと玄関で目が合った。


「ほむらちゃん……あなた」

「ん? ほら藤枝さんっ、早く帰ろ」


 笑顔でいればいいだろう。

 そう思って、私はとりあえず笑顔を作った。


 *


『のじゃあ、のじゃあっ、のじゃあああっ!』

『うるさいなぁ。行けばいいんでしょ行けば』


 数日後の放課後。

 巴おばばがあまりに脳内でやかましいため、私は四年一組に声を掛けに行く。

 すると胡桃がすでに三人に絡まれていた。


「「「ッ!!」」」


 私はずけずけと教室に入り、囲んでいる三人を無視して胡桃の手を取る。


「ほら、行くよ」

「え。ぁ……」


 三人が気になるようだった。

 確かに何か言いたそうで、何も言えない悔しそうな表情でもある。


「文句ないよね。また泣かされちゃうもん」

「ぐっ……」


 私は気にせず、胡桃を連れ出した。

 まぁ、彼女はどうなるか不安そうだったけどね。


 それから一週間、私はほとんどの時間を胡桃と一緒に過ごした。 

 和菓子屋でどら焼きなどを買い、半分こして食べ歩いたり。

 ゲームセンターでレースゲームやUFOキャッチャーで大小問わずクッションを取ったり。

 野毛山公園でバスケをしたり、港の見える丘公園展望台でぎこちない自撮りをしたり。

 マックで変な化物と刀を持ったお姉さんについて話したり、夜も通話をしたりと色々だ。


 もちろん、合間合間に妖魔もそこそこ討滅している。

 〝風呂上がりに便意を促す妖魔〟〝洗濯物にカメムシを呼ぶ妖魔〟〝キスの最中にくしゃみをさせる妖魔〟〝怒鳴っている人間の声をソプラノにする妖魔〟とこちらも多種多様である。


 しかし、問題……というか、私ですら気になる点が一つあった。

 それは、


「――って、あの子いくら何でも妖魔に遭遇し過ぎじゃない?」

「ま、そういう体質の者もおる」


 そう、討滅した時は毎度胡桃がいたのである。


「むしろよく今まで生きてたねって感じ」

「じゃな。記憶も全て消えとらんし、耐性がついておるのぉ」


 と、胡桃がお手洗いから戻ってくる。

 私たちは今、みなとみらいにある商業施設の2階にいた。


「ご、ごめんね。待ったよね」

「別に? にしても謝ってばっかよね、胡桃」

「え。う、ごめ――……あっ」


 悪意なくただ思ったことをそのまま言う。

 彼女も自覚はあったのか、ちょっと落ち込んでいた。


『これぇえええっ、やめんかぁああっ!』

「ほら、行こ」


 手を取り、隣に引っ張ってきて胡桃と一緒に歩く。

 別に何か買おうと思ってたわけじゃないけど、私たちはなんとなく300均の生活雑貨コーナーにたどり着いた。

 目についたのはヘアゴムで、胡桃にどれがいいかを聞いてお揃いの物を買った。

 胡桃が買った安物のヘアゴムを、まじまじと見ていたなんだかちょっと面白かった。


 それから小学生がおしゃれ目的で行くのはどうかとも思ったけど、ウニクロの試着室で写真を撮ったりした。

 胡桃も一枚目こそ恥ずかしがっていたけど、三枚目ではちょっと慣れ、五枚目以降は完全に調子に乗っていた。ポーズを真似したら真っ赤になってたけどね。


「――ん~っ。あ、私こっちだから」


 休日を満喫し、歩きながら伸びをした私は分かれ道で足を止めた。


「……うぅー。またね、ほむらちゃん」

「また明日ぁー」


 しょんぼり顔の胡桃と別れる。

 振っている手にはヘアゴムがしてあった。気に入ったらしい。


「まだ手を振っておるぞ、素直ないい子じゃのぉ」


 ある程度距離ができたところで、おばばがポケットから顔を覗かせて後ろを覗き見る。


「そりゃ他に友達もいないみたいだし」

「じぃいいっ」

「なに? 虫の鳴き真似?」

「ジト目というやつじゃ!」


 一方。ほむらが見えなくなり、胡桃はスマホの写真フォルダを開いていた。

 見ているのは、ヘアゴムで同じ髪型にして撮った写真だ。


「えへへ」


 胡桃にとってどれも初めての経験だった。

 兄以外の誰かと出かけるのも、写真を取るのも、電話するのも。

 全てが新鮮で楽しいと思えることだったのである。だが、


「!」


 曲がり角を曲がった先。

 彼女を待ち構えていたのは、同級生の三人だった。


 *


「……親から連絡きた?」

「なわけ。キョーミないもんウチの親」

「あはは。ほんとそれぇー」

「そう……」


 いずなの声に、二人――安永と下宮が笑いながら返事をする。

 深夜の中街小学校。屋上前にある踊り場。

 彼女たちは机の面で掃除用具入れを押えつけ、机に寄りかかって座って話していた。


「つーか、いつまでのそのゴミ持ってんの?」

「それもそっかぁー」


 下宮がちぎれたヘアゴムの残骸を、一階へ落ちていくように放り投げた。

 すると、


 ――カツカツ。


 廊下から光が見え、足音も聞こえたことで三人は息をひそめる。

 やがて警備員が無事、階段を降りようとした時。

 直前の会話を聞いていた胡桃が、やり返されるのを理解しつつも掃除用具入れの中からを強く蹴りを入れた。


 ――ドンッ!


 ビクッ、と反応を示す三人と警備員。

 当然、不審な物音がすれば彼の反応は一つしかない。


「誰かいるのかっ!?」


 応えるように再び音が掃除用具入れから響く。

 そして屋上側へ上がってきた警備員が三人を発見した。

 机で押さえるような状況から何となく察し、苦い顔をする警備員。


「クソガキどもが……いいかそこの三人。逃げるんじゃないぞ」

「きゃー、オジサンこわーい」

「犯される~ぅ」


 警備員は胡桃を掃除用品入れから救出し、全員で階段を降りて廊下に出る。

 ――だが、半分ほど進むと何故か不規則に蛍光灯が明滅し始めた。


 全員の意識が天井に向き、再び前を見ると廊下の奥に何かが立っていた。

 廊下の奥に。

 全長3メートル程度の惠まれた樹木の体で、枯れ葉に似た鎧や手甲を部分的に纏った人型が。


 妖魔だ。


「は……? なん、だよ……あぺっ」


 右の窓、左の教室、天井、床、の面に沿い、一瞬で伸びてきたのは〝根〟。

 警備員は数秒で四方から串刺しにされた後、根が身体に絡んで捻じ切れた。


 いずなたち三人に警備員の血が全身に降り注ぐ。

 芽生えた恐怖を理解したのは、その瞬間が最初だった。


「「へっ?」」

「ぁ……」

「ひぃ……! お、お兄ちゃん……」

「「きゃああああっ!」」


 安永と下宮は一目散に逃げ出した。

 わずかに遅れ、いずなと胡桃がそれを追いかける。


「あっ」


 胡桃が、何もないところでつまずいて転んだ。

 しかし、


「立って! 早く!」


 すぐに足を止めて手を取ったのは、いずなだった。


「な、んで……」

「死んだら死んじゃうのよッ!?」


 いずなは振り返って答えた。

 視線の先には、地中を泳ぐような〝根〟が見えている。

 あぁ、死ぬんだろうな、と彼女はなんとなく自身の結末を予感した。


 ――いじめのきっかけはたぶん。

 独りで大通りの信号待ちをしていた時だった。

 車道を挟んだ向こう側、日向を仲良く歩く兄妹が気に入らなかった。


 自分にはないものだから。

 向けられることも、与えられることもないと分かっていたから。

 羨ましかった、悔しかった、妬ましかった。

 だって自分の隣を見上げても、誰もいない。いてくれない。

 どうすればいてもらえるのかも分からない。

 それが、哀しかったから……。


(あたしが生きてるより、たぶん……)


 決断し、いずなは足を止める。

 それから胡桃を自分の前に押し出すように転ばない程度で突き飛ばした。

 目と目がが合う。

 わからない。そう訴えかける表情だった。でもこれでいい。

 一つ心残りがあるとすれば、それは、


(パパはあたしが死んだら泣くのかな……)


 だが、


「え」


 伸びてきた根が突き刺したのは、胡桃だった。

 鳩尾あたりを貫かれ、幼い身体が乱雑に天井と激突。

 原型は保ったまま根が離れ、モノみたいに落下する。

 即死だった。


「ち、ちがっ……ぁ、あっ」


 近づく樹木の妖魔を前にし、いずなは現実から逃避するようにその場にへたり込み、気を失った。

 そして、妖魔が再び根を生していく――瞬間だった。

 窓ガラスを蹴破って突入してきたのは、ほむらだ。

 蹴りの一撃で教室の方に妖魔が吹っ飛んでいく。


(あれ、思ったより飛ばな――……)


 思いかけ、視界の端に映った友達を彼女は見た。

 血だまりの中で沈む姿に、表情がわずかに険しくなる。

 しかしそれも、ふっと消え入るように一瞬だった。


「でも。ま……いつかはこうもなるよ」


 言ってほむらは、起き上がって来た妖魔へ向き直る。


「抜かるでないぞ。あれはワシと同じ存在目的を持たない妖魔じゃ」

「ふーん、そ。了か――」


 直後。腕を大きく振り、妖魔が何かを飛ばすような動きを見せる。

 空中で突然現れたのは、巨大な樹木の槌だ。

 刀を抜こうとするが、一太刀で斬れないと悟った彼女は、咄嗟に鞘ごと縦持ちに切り替えて防御姿勢のまま校庭まで吹っ飛んでいく。

 廊下の壁が崩れる中、巴は気絶したいずなと胡桃の死体を見つめた。


(このお嬢ちゃんがいるなら残りも近くにおるはず……ここは任せたのじゃ)


 一人と一つを頭に抱え、残りの二人を探しに巴は廊下を進む。


「こ、いつッ」


 ほむらは空中で〝神武那火〟の足場を作り、片手を地面つけながら踏ん張る。

 それから〝神武那火〟を解除し、校庭に降りた。


 降下中に狐の仮面を下からなぞるように消し、抜刀。

 着地と同時に鞘を地面に刺して再度〝神武那火〟を展開する。

 それは、刀身か鞘を地面に刺してないと持続的な展開ができないためだ。


 炎の障壁が瞬く間に学校全体を覆っていく。

 校舎から姿を見せた妖魔も自身の伸ばした根で、槌を掴んで引き戻した。


「ヴァァアアアアアア――――ッッ!!」


 咆哮。

 窓ガラスが割れ、あちこちから場所問わず樹木が成長を始める。


「!」


 足元から生えてくる樹木を躱す。

 空中で周囲の樹木を斬ると、容易に斬れた。

 槌に彼女が感じた強度とは大違いだった。


「なるほど」


 校舎が妖魔の重さで崩れ、落ちてくる。

 土煙の奥。槌が振られて衝撃波と大量の瓦礫が飛んできた。

 樹木から伸びる根も斬って躱し、ほむらは距離を詰める。


「――――ッ!」


 巨大な樹木の壁が妖魔とほむらの間に生えてくる。

 上と左右をほんの一瞬だけ見やり、正面にいると彼女は予感した。

 燃え盛る刀の一撃で壁を破壊し、即座に技へ繋ぐ構えを取る。


「〝狐刻(ここく)――……」


 突破した瞬間。

 横薙ぎにフルスイングされた槌がほぼゼロ距離にあった。


火光(かぎろい)〟ッ!」


 螺旋状に炎を纏った一撃で相殺する。

 衝撃で校庭が割れ、お互いに再度吹っ飛んでいく。

 ほむらは上空に。妖魔はほむらから見て左方に。


(槌の再生速度、半端じゃないかも)


 一瞬だけ〝神武那火〟を展開。足場にしてほむらは減速、停止する。

 それから空中で切っ先に炎を集め、刀を振って大きな炎の玉を妖魔にぶつけた。


「チッ、せめて燃えてよ」


 大したダメージは見られず、妖魔はまた槌を振り抜き、抉れた土の塊を飛ばした。

 土の塊一つひとつから樹木が生えてきている。

 しかし、今度は少し様子が違った。


「――……ッ!」


 本体から地中を通って伸びている〝根〟がほむらの足を掴んだのだ。

 ほむらは即座に掴まれている部分よりも上の足を自分で斬り飛ばす。

 足が燃え尽き、欠損箇所から新しい足が炎と共に生えてくる。

 だがその代償に一瞬、視界が霞む。

 妖力が尽きるまで何度でも再生できるが、決して無限ではない。


「ぅぐっ!」


 樹木が全身に刺さり、苦悶の声を漏らす。


「こ、の――ッ!」


 身体に力を込めて全身を発火。

 樹木は燃え、ほむらは一旦距離を取った。


「!」


 かすかな声を聞き、背後の障壁に意識を向けるほむら。

 それは一般人の悲鳴だった。


 衝撃波で吹き飛んだ校舎の瓦礫は全て〝神武那火〟まで飛んで燃え尽きている。

 だが衝撃そのものは燃やせず、〝神武那火〟を貫通。

 道路や店が割れていたのだ。

 それ見たほむらは、大きく弧を描きながら円をちょっとずつ狭めていくように駆けだす。


(長引くとまずい。中途半端は無駄。なら、一点集中でいく)


 絶え間なく続く樹木や根の攻撃を回避、斬り抜け続ける。

 樹木の妖魔が再び槌を振りかぶった。


(どうせ移動先を読んでそこにぶん投げて来るんでしょ? ならそこを切り返す!)

『――ッ! そこはいかんのじゃッ!』

「!」


 巴に言われ、ほむら咄嗟で反対周りへ切り返す。

 言われて気が付いたのだ。今突っ込んでいれば、槌を振った場合の衝撃波が通る同直線上にある児童養護施設〝とわいらいと〟が消し飛んでいた可能性に。


 だが、その反応を見て妖魔は一度動きを止め、ニタァ、と嗤う。

 ほむらの位置と関係なく、妖魔は明らかに避けた辺りに槌を投擲した。


「やめてよね、帰るとこ無くなっちゃうじゃない」


 割り込み、炎の刀で槌に斬り掛かる。


「――ッ!」


 かなり押されつつも、どうにか斜め前方に高く弾く。

 腕が少し痺れる。

 対する妖魔も高く飛び上がって槌を掴み、振り上げた。


(やっばぁ。避けたらこの辺、全部なくなるじゃん。なら――………)


 ほむらは妖刀の切っ先を妖魔に真っ直ぐ向ける。


「〝迅紋狐鳴(しんもんこめい)〟――……」


 刹那、魔法陣に似た炎の陣が妖魔へ向かって何重も直列で展開される。

 周囲から樹木が邪魔しようとするが、ほむら自身が燃えて防いだ。

 そして、


「〝御影不知火(みかげしらぬい)〟ッ!」


 明滅する一直線の閃撃が炸裂する。

 飛ぶ斬撃と炎の光線が入り混じった突きだ。

 槌と根もろともに樹木の妖魔が弾け飛び、自身の〝神武那火〟も一部破壊。


 障壁はガラス片のようにに砕け散り、衝撃波が雲を円環状に晴れる。

 その先には澄んだ夜空に浮かぶ満月が見えた。


「ま、即興にしては上々でしょ」

「よくやったのじゃ、ほむら!」


 頭の上にいずな、安永、下宮。胡桃の死体を乗せ、嬉々として飛んでくる巴。


「おばば、なんか嬉しそー」

「当然! お主の成果はワシの成果じゃ。無論、逆もの」

「ふーん。で、〝それ〟って今からどうにかなるの?」


 〝それ〟はもう二度と動かない、返事をしない。

 やがていつか忘れられていく――モノ。


「これだけ遺骸が残っておれば、どうとでもなる」


 一番上に乗っていた胡桃の死体を取り上げ、ほむらは地面にそっと置く。


「血をそのままはいかんから、いいとこ……だ液じゃな」

「眷族だっけ」


 頷く巴。

 ほむらは姿勢を低くし、胡桃の顔を見た。


(生きてればいいことある……とは死んでも言えないけど、死ぬには早いんじゃない?)


 キスをする。

 途端、胡桃の身体が勢いよく発火した。

 火が消えた後、ほむらが首に触ると確かな脈を感じた。


「おっ」

「うむ、では遠回りしつつ帰るとするかの」


 討滅士はすでに到着しているが、〝神武那火〟が突破できない状態なのである。


「はぁ……すぐそこなのになぁー」

「つべこべ言うでないわ!」


 ふたりは小学生たちを昇降口辺りに寝かせる。

 その後で狐のお面を再度付け直し、鞘を引き抜いて〝神武那火〟を解いた。

 遠回りに逃げるため、どこかへ飛び去るのだった。


 *


「おに、い……ちゃん。」

「胡桃!」


 後日。病室で目が覚めた胡桃に、兄――修治はハッとした。

 手を握りながら傍の椅子に座っていた修治が妹に寄り添う。


「良かった……無事で良かった。お前に何かあったら俺は……」


 胡桃の手の甲におでこがつく程度に頭を下げ、修治は涙を流す。

 それを見て、手を修治の頭に伸ばそうとする胡桃。


「お兄ちゃん……何も気づいてやれなくて、本当にごめん……ごめんな胡桃」


 彼もまた、討滅士のひとりだった。

 胡桃の学校での記憶を消す際に妹がいじめられていることを初めて知ったのだ。

 今まで妖魔に関わる直前でいじめに遭ったことがなく、かつ当人が直接消去内容を確認していたわけでもなかったからである。


 そんな二人の様子を見る小さな影が一つあった。

 少し羨ましそうに廊下から眺めているのは、いずなだ。


「ずるい……」


 書類手続きをするため、彼女の父は二階受付にいる。

 程なくいずなは父から「先に車へ行っていなさい」と言われ、エレベーターの方へとぼとぼ向かった。

 父の視線は冷たかった。それは、ほむらに叩かれた時と視線の冷たさだ。


「あ……」


 ちょうどエレベーターが上に行ってしまい、諦めて階段に向かう。

 何段か降りると、踊り場の天井隅にある鏡にほむらが映った。


「やっ、退院おめでとう」


 後ろから一方的にいずなと肩を組むほむら。


「ひっ……」

「記憶が消されてるならさ、代わりのお灸は据えないと……だよね?」


 悪意のない、純粋な笑顔だった。


 そうして、同日の夜。

 安永と下宮は自宅の湯船につかりながら通話していた。


「ね、聞いた? いずなちゃん退院日に階段で転んでまた入院だって」

「え~、ダサ……」


 *


『だ……だめよっ。たとえ生まれ変わりだとしてもっ、今のわたくしとあなたは実の親娘なんだからっ』

『黙っていればバレやしないよ。それにどうせあの男は別の女と遊んでる』

『そういう問題じゃっ……んんっ』


 数日後、午後十一時。赤穂家のアパート。

 布団の上で足をパタパタさせ、胡桃は少女漫画のキスシーンをジッと見ていた。

 しかし途端、ガチャガチャとドアの開く音が鳴る。


「!」


 電気を消して慌ただしく布団の中に入り、寝たふりをする胡桃。

 そっと部屋に入り、枕元にあるマンガ――『幼馴染の子』を見て笑ったのは兄の修治だ。

 彼は胡桃の頭をなでた後、すぐにリビングへ戻っていった。


「?」


 布団からちょこんと顔を出し、胡桃は疑問符を浮かべる。

 その手首にはヘアゴムが見えた。記憶を見た修治が買い直したのである。

 ふと胡桃の視界にそれが映った。


「えへへ」


 笑みをこぼし、今度こそ胡桃は布団の中にもぐる。


「明日も楽しくありますように」


 *


 何の変哲もない朝の通学路。

 学校はもう目前というところを、私と胡桃と並んで歩いていた。


「ねぇ、ほむらちゃん」

「ん?」

「女の子同士のキスって……どうなのかな?」

「!?」


 驚いたのは私ではなく、おばばだった。

 ランドセルにぶら下がった狐娘が目をカッと開いている。


「どうって?」

「ヘンかなって」

「まー、無理矢理じゃなければいいんじゃない?」

『ふぉおおおおおっ!?』


 激しく揺れるおばばに、さすがの私も呆れる。

 なにがそんなに楽しいのやら。理解できない。


「そっかぁ。また会えるかなぁ……」

『ほれ、ほむら! 早う襲ってキッスをせ――……ぐえぇえっ』


 片手を後ろにやって人形を潰す。

 ため息の後、妄想の世界に突入した胡桃に呆れつつ、私は胡桃の手を手を取った。

 学校に向かって走り出す。

 手をつながれた胡桃は、なぜか少し頬を染めていた。


「ほむらちゃん。あ、ありがとうね」

「何が?」


 振り向くのが面倒で、私は背中で答える。


「あの時……声をかけてくれて、連れ出してくれてありがとう」

「えっ、なんで今それ?」

「言いたくなったから!」

「……ヘンなの。気にすることないのに」


 振り返って、ちゃんと目を見て、私ははっきりと続きを言う。


「だって私たち、もう友達でしょ」

「――……うんっ!」


 胡桃はめいっぱいの笑顔を浮かべる。

 たぶん、知り合ってから一番の笑みだ。


『……ところで本当にキッスせんのか?』

『私としたいわけじゃないでしょ』

『うむぅ?』

『おばばも大概、人の心理解してないよねぇ……』


 足りないものを互いに埋め合う。

 きっとそれが私たちには……ううん、人生には必要なんだろうな、と。

 この時、私はなんとなくそう思えた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

続きの構想自体もあるにはありますが、現時点では特に書く予定はありません。

(評価がよければ考えなくもないですが、他と並行で書くのは難しいです……)


現在はこの他、


『昔から何でも話してくれた幼馴染にある日突然「昨日、彼氏ができたんだよね」と言われ、クラスの女子に泣く泣く相談したら幼馴染の彼氏の幼馴染と付き合うことになった。』


というラブコメと、


『Project:Embody〜ガシャ運のない俺が、長年使えない雑魚だとバカにされてきたカードたちの真の実力を引き出し、世界最強にのぼりつめるまで〜』


というロボ小説を書いていますので、そちらもよろしければぜひご一読ください。

改めてありがとうございました!

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