表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

鍵穴

作者: 白田マコ

壁にぽつりと、小さな穴。丸に三角、(いびつ)な形。


―――――――この鍵穴は、不思議な鍵穴なのでございます。

覗くたび、其処にはまあ、違う景色。一度として重ならぬ奇怪な様。


古びた木の棚、乾いた草の()。白髪白髭の好々爺。

海のやうに深い蒼が、しだいに透明になってゆく優美な曲線(ドレェプ)。分厚い縁取り。

金魚鉢には、朱金のドレスの金魚がひぃ、ふぅ、み。

斜陽に照らされ泳ぐカレらのその奥に、やはり液体の入った瓶が数本。

そしてああ、その瓶の中、ワタクシを睨み据えたは―――虚ろな蛇の、金色(こんじき)の瞳!


あぁ、あれは思えば薬屋だったのでせう。




紅い灯火、緑の酒。

(ほの)く馨る白粉(おしろい)に、甘くすえた華の色。鮮やかな衣の女達。その足首に付けられた鈴。まあ、嫣然と笑む紅唇の妖しさよ、切なさよ。

散りきる間際の牡丹のやうな、泥中に咲く蓮のやうな。

染められた爪。男を引き裂き喰らう鬼女のやうな。

ちりちりちりちり、鈴が啼く。


あぁ、あれは思えば遊里だったのでせう。



ほかにも、ほかにも。

数え上げればキリが無い。


祭囃子に橙の提灯。鬼面に隠れた小柄な童。

ねぇねぇ、アナタ。その面を取ったら、アナタはホントにアナタか知ら?

ワタクシの声は届かったけれど。


雪原に椿。ぽつり、ぼたり、赤い椿。

音すら雪に食われた山深く。

ねぇ、ワタクシが遠目に視たそれは、()しかしたら雪に散った血ではなかったか知ら?



嗚呼、巡り、廻り行く奇怪な風景。空恐ろしき光景。美しきものたち。

()て、歪穴の手前、此方側はどうなっているのかですって?


分かりませぬ、分かりませぬ。


だって、此処は真暗で、ほら、鍵穴から差す光すらなければ、ワタクシはこの手すらも見えないのだもの。嗚呼、白い手。奇麗な手。ちゃんと動かすこともできる。ただ、その関節がむき出しになっているのが残念だけれども。


小さな箱の中に、ワタクシはずぅっと独り。

鍵穴から覗く世界(そと)はいつも輝いていると言うのに。ワタクシはいつもそれを眺めるだけ。


ああ、いつか誰かが此方を覗き込んでくれないか知ら。


いつか、誰かワタクシを出してはくれないか知ら。




――――――古びた桐の箱の中で、ごとり、と微かに物音が鳴った。




「鍵穴」というお題を出されまして。

そしてとにかく明治というか大正というか浪漫というか、そんなものが書きたかったものでこんな感じに。

時代がかった口調や文体は好きです。

雰囲気が少しでも出ていたら良いのですが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ