仲良しなヒロインと悪役令嬢は
「あら、お友だちとクラスが離れてしまったの?」
「はい、フウカ・シェラという子なのですけれど……」
「知っているわ、シェラ男爵家のご令嬢でしょう? とても聡明な方だと伺っているけれど……Sクラスではなかったのね。勿体ないような……」
「そう、本当に勿体ないんですよ!」
アーリャとエリス、立場が似たようなものの二人は、意気投合するのも早かった。
エリスは無理矢理ヒロインにされそうになって、それを気合で回避した人として。アーリャは回避するためにナビ精霊をうっかり殺った、という結構どえらいコンビが爆誕したのである。
「あれって……」
「お二人、いつの間にか仲良くなっているわよ」
「どうしてなのかしら……」
「エリス様とは私たちもお話したいのに!」
どうして、と皆の間にはざわめきばかりが広がっていくが、本人たちは何処吹く風、という感じでのほほんとおしゃべりを楽しんでいる。
アーリャの性格がさっぱりしていて、家のための婚約ならば受け入れるものの、相手側が操られていてこの奇妙な世界の理を受け入れているとはいえ、己の役割をも見失う馬鹿は切り捨てる、と断言したのだ。
しかもアーリャだけでなく、彼女は家族にもその旨を申し伝えたところ『当たり前だ』と家族一同これに同意。
そりゃそうだよねー、とエリスは納得していたがリーアが『あぁぁぁぁ予定外のことばっかり起こるぅぅぅ』と頭を抱えていたがエリスとアーリャの二人からすれば、今の状況こそが二人の人生にとって、予定外なことだらけ、というわけなのだから。
「リーア、うるさい」
「そうですわ、羽虫」
『ボク、リーアって名前があるんですが!』
「エリスのお部屋に無断で突撃しただけではなく侵入までして、自分の都合のいいようにべらべらとあれやこれやまくし立て、宰相閣下の息子とはいえいきなり異性から手を握られて男性恐怖症にもなりかねない恐怖を与えた馬鹿は誰か挙手なさい」
『……』
はいボクです、と言わんばかりの顔ですっと手を挙げたリーアは半泣きだが、だからといって容赦してやるようなアーリャでもない。
「反省の色がないなら、いっそお前も滅しましょうか」
『怖い!』
「アーリャ様、魔法とってもうまいから一瞬よ、きっと」
『嫌ですよ!』
最近は、この三人(正確には二人と一匹なのだが)で、話すことが日課となりつつあった。
アーリャは話してみれば凄く話しやすいし、エリスも伯爵令嬢ながら勉強がすきなことや将来的には文官を目指しているということもあって、アーリャから学べるものは沢山学びたい、アーリャは教えることが楽しくなってきた、と二人にとっては一石二鳥。リーアに関してはたった一度とはいえ初対面でエリスにやらかしてしまった過去があるので、どうやったところで二人には勝てない。
物理的にも、あと魔法でも口でも。
だが、エリスがヒロインであることを未だに拒否し続けているということや、アーリャがナビ精霊を消滅させてしまったことにより、恐らく今後の物語に支障は出てくるはずだ。
そうなったとき、恐らくこの二人は共に行動をしていた方がいいに決まっている。この二人は既にシナリオから逸脱した存在であり、尚且つヒロインとそのライバル的な立ち位置にいる人として、おかしな干渉は受けないに違いない、とリーアは推測した。
とはいえ、リーア自身はこれを仕組んだモノの干渉を受けてしまう。これはどうするべきか……と悩んでも今は答えは出ない。
「……リーア、ちょっと、リーア」
「羽虫、聞いておりまして?」
『はっ、つい物思いに』
「リーア、あなた最近おかしな言動したの覚えてる?」
『あー……』
不意のエリスからの問いかけに、思い当たることしかなかったリーアは、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
『何となく……は』
「エリス、何がありましたの?」
「ヒロイン補正、っていう訳の分からない能力、というか……それを聞こうとしたら……」
『ボクが片言みたいな妙な喋り方になったんですよね』
「そう」
何だそれは、とアーリャは訝しげな表情になる。
アーリャの元にいきなりやって来たミミルとかいう精霊は、今思い出しても至って普通にしか見えなかった。
ちょっとテンション高めの頭のおかしい精霊もいるのだな、で片付けてしまったのだが……。
「もしかして……わたくしのところにいた羽虫も……」
「アーリャ様?」
「ねぇ、やたらとハイテンションなこともある?」
アーリャの問いかけに、リーアは硬直し、エリスは能面のような顔でリーアが逃げないようにと鷲掴みをしてからずい、とアーリャの前に突き出した。
「突撃してきた初日、異様なほどのハイテンションでした。あとついでに、押し売りも真っ青なほどの営業セールストークをしやがりました」
「まぁ……」
「こいつが」
「……まぁ」
大変だったでしょう……とエリスを労わりつつ、アーリャはすい、とリーアに向けて手を伸ばす。
一体何だ? と思っていたら、ふに、とアーリャがリーアの頬をつまんで、しかし視線は労わるようなそれをエリスに向けつつ指先に一気に力を込めて、ぎち、と引っ張った。
『~~~~!!!!』
リーアの頬を思いきり引っ張りながら、アーリャは労わるような視線を向けつつエリスへと微笑みかける。
「大変でしたわね……」
「でも、結果としてアーリャ様に会えて、こうやって仲良くなれてますし!」
何て前向きで良い子なんでしょう! とアーリャが感動していると、リーアが小さい手で必死にぺちぺちとアーリャの指を叩いている。
どうにかして頬から指を離してもらいたいらしく、嫌がりつつ必死に指を叩いていた。
「……その必死さに免じて今は手を離して差し上げますわね」
『いったぁ……』
頬ちぎれるかと思った……とリーアが己の心配をしているのを見たアーリャは一瞬物凄い顔をしてから舌打ちをしてようやく指を離す。
公爵令嬢だよなこのひと……と、この時ばかりはリーアとエリスの心の声は一致した。
ちなみにこの会話、一応お昼休みに繰り広げられており、場所は教室。
アーリャは他の生徒に表情を見られたくないから、とクラスメイトには背を向けているので、先ほどの顔は見られていないから安心ではあるが、リーアを挟んでの会話だとばれないように、本を広げて置いていたり、たまにはノートを取りだして捲りつつ何かをメモしてみたり、と細工には手を抜かない。
なお、クラスメイトは二人の会話に興味津々なものの、エリスの会話相手がアーリャということもあり、迂闊に近寄れないという状況。
「……で、今の妙な状況はどうやったら終わりますの?」
「一年間乗り切らなきゃいけないそうですよ」
「ふざけておりますわね本当に……!」
『で、でも、あの、どなたかとのエンディングも迎えていただかないと』
「忘れてた……!」
頭を抱えたエリスを見て、攻略対象たちは一様にアーリャに敵意丸出しの目を向けている。それには気付くことなく、エリスとアーリャの昼休憩は過ぎていった。
「エリス、またあとでね」
「はいアーリャ様、またあとで!」
席に戻っていくアーリャを笑顔で見送ってから、席に座りつつ、エリスはふと思ったのだ。
「(……別に……攻略対象とのエンディングじゃなくても良いのでは……?)」