さようなら、勘違いのクソ野郎
「っていうか……マジでないですよね……勝手に呼び捨てにするとか」
「本当よねぇ……」
はぁ、ふぅ、とエリスもアーリャも揃ってわざとだろう! と言わんばかりの大きなため息を吐きながら、ちらりとアイザックに視線をやる。
アーリャはともかく、エリスにまでドン引き丸出しの顔をされては、さすがのアイザックも傷ついたのだろう。
「そもそも、アイザック……さん、だったかしら。エリス、あなたと面識があって?」
「いいえ! これっぽっちも! ない! です!」
『そんな力いっぱい言わなくても』
「(お黙りリーア)」
アイザックに見えないようにリーアを睨んでから、エリスはジト目でアイザックを見る。
彼が望んでこうしているとは思えないし、きっとこの『恋愛ゲーム』の中に囚われてしまったのだろうから、ある意味被害者かもしれないが、それはそれ、これはこれ、だ。
リーア曰く、エリスもアーリャもこの『役割』に選ばれてしまったのだから、役割としての期間をきちんとこなさなければいけない。
エリスの場合は、『ヒロイン』として、アーリャは『悪役令嬢』としてだったが、何せアーリャはほいほい乗っからなかったので、早期離脱をしている。リーア曰く、『まさかナビ精霊を消すだなんて思ってませんでした』ということらしいが、アーリャが妙なものには惑わされなかっただけの話である。
「……っていうか、アイザックさんは」
「アイザック、と呼び捨てに!」
「嫌ですけど」
「……え」
「だから、嫌ですってば。人の話はきちんと聞いてくださいね?」
にこ、と微笑んでいるエリスだが、目の奥には怒りしかないのが分かる。
たとえ、この『恋愛ゲーム』の中に囚われているとはいえ、それくらいはきちんと認識できるのか、アイザックも思わず一歩後ろに下がってしまっていた。
「……っ」
「私、初対面でいきなりこうやって馴れ馴れしくされるのって、心の底から嫌なんですよ」
「い、いやだって、その……!」
ふとエリスが妙な気配を感じてほんの少しだけ視線を移動させれば、アイザックの肩あたりに何かが見える。
「(……リーア)」
『はい、あれがアイザック様のナビ精霊……なんですけど……』
「(けど、何ですの羽虫)」
少しだけリーアが考えて、そして眉を想いっきり顰めてから一言、断言した。
『よっわ』
「…………」
「…………」
これにはアーリャもエリスも目が真ん丸になってしまった。
よっわ、って何だお前、と言う目を二人揃って向けていると、リーアが思わずガッツポーズをしているではないか。
「(ちょ、ちょっとリーア)」
『畳みかけましょう、エリス様! 雑魚にはここでご退場願えば良いんですよ! ついでにアーリャ様も手助けをおおおおおおおお?!?!?』
「(誰が ついで ですって?)」
『すみません調子こきました……!』
いうが早いか、アーリャはすっと手を伸ばしてからリーアを鷲掴みにしてしまった。悪役令嬢を任されるほどの豪胆な令嬢だとでも言われているかのように、容赦がない。というか、容赦したところで無意味だと先に知っているから遠慮がないのだ。
「(エリス、羽虫はこっちで捕まえておくから、とどめさしていらっしゃいな)」
「え」
ほら行っておいで、と言わんばかりにアーリャは顎でくい、とアイザックを示してくれている。
とどめ、って……と思うものの、遠慮していては、アイザックのためにも……なにより自分のためにならない。
アーリャほど、とまではいかなくても、遠慮していると何も良いことがないのは、身に染みてしまったから、とりあえず遠慮なく植え付けられている恋心的なものぶっ壊すか! と開き直った。
「アイザック様、とりあえずこれだけはご理解ください」
「……っ、え!?」
ああ、エリスがようやく自分に声をかけてくれた。
そう思ったアイザックだったが、続いた言葉に硬直してしまう。
「私、あなたのことを知りたいとも思いませんし、興味も持てないんです。理由、分かりませんか?」
「……そ、それは……」
そして、アイザックの目がアーリャに向いた。
「そいつがいるからだろう!」
「……そういうところが、嫌なんです。心の底から!」
叫ぶようにして放たれた言葉に、アイザックは思わず体を強張らせた。
「私の人間関係に口出しして、余計なことしないでいただけませんか!? 迷惑です!」
「め、めい、わく」
『エリス様ー、あと一押しで……ぐえ』
「(お黙りなさいな)」
『だって本当にあと一押しなんです……! あとは、二度と立ち上がれないくらいにしてあげてください……って、あ、ほんとに死んじゃう』
「(いっそ殺してやろうか、って思うくらいには腹立ってるから、お黙り)」
『あい』
分かりました、というリーアの言葉を聞きつつ、エリスは目の前にいるアイザックの一番言われたくない言葉って、何だろう、と考え、『あ』と小さく呟いてから、一歩、アイザックに近付いて思いっきり手を振り上げてから容赦なくビンタをした。
バチン! という物凄く痛そうな音が響き、目を丸くしているアイザックに対して、エリスは低く続けた。
「アーリャ様の魅力の欠片も理解できないクソ男は、私の人生に関わってくるんじゃないわよ!」
「……あ、う……」
そう、これが一番嫌だったから、この言葉でぶん殴ってやりたかった。
だって、純粋に酷い。
アーリャはとっても可愛い一面を持っているし、何だかんだでとっても面倒見も良い。
きちんと他人のことを考えてくれる人のことを、何も知らないままで、ただ与えられた『役割』を演じるだけの王子様モドキにこれ以上関わってほしくなんかなかったのだ。
「人の言葉も聞かない、聞こうとしない、勝手に判断してあれこれ言ってくるような人、大っ嫌い! 私の人生の中での一番無駄な時間をくださって、ありがとう!! 最低!!」
「さ、さい、てい……」
「最低、っていう言葉以外でどうやって表せばいいんですかね!!」
「あ、う」
「未だにアーリャ様に謝罪もない、そんなヘタレ……いいえ、そもそもここ貸し切りにしてるんですから、入ってくることそのものがおかしいんですよ!!」
ここまで言われて、アイザックはようやく気付いたらしいがとっくに時すでに遅し、である。
貸し切りという札は図書館入り口にぶら下がっているにもかかわらず、どうして堂々と入ってきたのか。答えは簡単、ナビ精霊に行っちゃえ! とそそのかされたから。
「……そん、な……」
がくん、と項垂れたアイザックだったが、ほんのちょっとだけ救いを求めてアーリャを見てみたものの、アーリャから向けられているのは氷の眼差し。
きっと、この恋愛ゲームに取り込まれていなくても、めっちゃ怖いとしか思えないだろう。
「さっさと出て行ったらいかが? 邪魔なんですのよ、お前」
アーリャにしては、珍しく嫌悪感丸出しである。
あなた、ではなく『お前』と言い切っているから、それは当たり前、というものだが。
まるで野良犬や野良猫にするかのように、しっしっ、と手を振られてしまえば、もうアイザックにはとどまる気力がなかった。
とぼとぼと出て行く彼の背中を見送ってから、アーリャとエリスはようやく一息ついたのだった。
だが、これで終わりというわけではない。
「……あの男、このわたくしに喧嘩を売ったこと……後悔させてやりますからね」
最後、アーリャのこの一言によって、エリスもリーアも震えあがってしまったのだが、一旦それは別のお話なのだ。




