攻略対象のクセ強さがすごい
「……何なんですかね」
「エリス、同情いたしますわ」
「うう……」
しょんぼりとしたエリスは、まさか自分がやった行動で懐かれる、だなんて想像していなかったのだろう。むしろ彼女はその逆で、グラハムから嫌われて最低ラインよりも好感度が下がるとばかり思っていたのだ。
「あの人、ずーっとああなんですか」
「そうね」
「最低だぁ……」
「学業は、優秀ですからね」
『学業は』のところを、アーリャは目いっぱい強調する。
「ちなみに他は……」
「聞きたい?」
口元はめちゃくちゃ笑っているのに、目の奥が笑っていない。めっちゃ怖い。
これは聞いてはいけないやつだから、何も聞くまい、そう決めた直後のこと。
『聞きたいです!』
しゅば!と手を挙げて何とも命知らずにリーアが答えてしまい、エリスは顔面蒼白になってしまう。このお馬鹿ナビ精霊!と怒鳴りつけようとしたものの、アーリャは表情を変えないままでしれっと言い放つ。
「そうね、一言で表すとすれば『クソ』かしら」
「アーリャ様もクソとか言うんですか」
「そっち?」
「はい」
かの公爵令嬢が、まさかこんな口が悪いだなんて誰が想像するのだろうか。
しかし実際、アーリャはエリスの前でだけ、という条件があるが、とんでもなく口が悪い。これでもか、というほどに悪い瞬間を見ているのだが、他の人の前ではこれを見せていないということにはエリスが気付いていないのだから、ある意味ヒロイン適性が高い、とでもいうべきなのだろうか。
「まぁ、いうわよ。だってあのグラハム様って、思考回路がおこちゃますぎて、うちのお父さまやお母さまも動き始めていたところだったし」
「……え、王子妃にならなくて良いんです?」
「なる必要、あって?」
にこ、と微笑んだアーリャは、すっきりした顔をしている。
「今回のことで、決定的になったわ。恐らくわたくしの婚約はなくなるでしょうね」
「えええええ」
あまりにもあっさり告げられた内容に、エリスはどうしよう、と慌てているのだが、そもそも水面下でそんなになっていたのか、と思うとある意味結果オーライなのでは、とも考えた。
まずアーリャが悪役令嬢から逃れたことで、無駄に婚約破棄だとか何だとか騒ぎ立てられることはなくなったために、アーリャのストレスは軽減されたと言える。
ヒロインであるエリス自身が他の攻略対象をどうにかできれば、……というか卒業まで乗り切って、別口でエンディングを迎えられればエリス自身も解放されるし、アーリャだって正式に解放されて無事、新たな未来へと歩いて行けるだろう。
「そんなに悲観的にならなくても良いわ、だって元から破談しかけていた婚約なんだもの」
「で、でも、王子様との婚約って国のことを考えての御婚約じゃ……?」
「いやね、もっと簡単に考えて頂戴?」
「へ?」
簡単に、とはどういうことなのだろうか、とエリスは首を傾げる。
何となく、アーリャの目の奥が怖いような気がするが……と思っていれば、その予感は的中した。
「わたくしが殿下の尻拭いをするための、お世話係となるための婚約だった、ということよ」
ほほほ、と笑うアーリャだが、この婚約が解消されたところで本当にダメージはなさそうだ。
しかもアーリャの家、ロゼルバイド公爵家は王家との繋がりがとても強いか、と問われれば、そこまで……というところもある。
血筋を辿れば、確かに現王家の血を引いているし、間違いなく直系の血も入っているのだが、如何せん今代の国王と、ロゼルバイド公爵の相性が悪すぎて、どうしようもないらしい。
王妃の口添えでどうにか関係性が保たれており、今回の婚約をもって王家側がロゼルバイド公爵家との繋がりをキープしようとしていたのだが、それがなくなる。現当主からすればラッキー以外のなにものでもない。
「……何か……裏では色々あるんですね……」
「そうね。お父さまと国王陛下がどうにもこうにもできないくらいに、不仲だということは一旦さて置くとしても……わたくしとの婚約は半ば無理やり結んだものだったから、解消できそうで清々しているわ」
『ニンゲンって、何だか色々大変なんですねー……』
「アンタがうっかり聞いたことでしょうが!」
『んぎゃ!』
リーアにはツッコミを遠慮なく入れてから、エリスはぺこりとアーリャに頭を下げる。
「込み入ったお話をあれこれ聞いてしまいましてすみません……」
「大丈夫よ、どうせいつかはこうなっていたの。ところでエリス、計算の手が止まっておりますわよ」
「あ、すみません」
なお、この話をしているのは学園の図書館の自習コーナー。
込み入った話が出来たのは、エリスがヒロイン権をフル活用して『自習したいんです……!』と必死に訴えかけたから、というどこのチートだ、と感じるかもしれないが、しれっと叶ってしまった上に他の生徒が入れないように手配してくれた。
いやぁヒロインって便利ですね!と笑うエリスだったが、これ……悪用されたら恐ろしいことになるのでは、とアーリャが一瞬危惧したが、『いや、エリスは悪用しないな』と考えを一瞬でひっくり返す。
「でもあなた、めちゃくちゃ勉強できるじゃないの。わたくしが教えることなんてないんじゃない?」
「宿題に関してはやる気がないわけでして」
「ああ、監視役」
「あい」
「そういうところ、あなたらしいというか」
「えへへ」
宿題をやるため、というのは表向きの理由でもあるが、エリスはもう一つ試したいことがあった。
「(……こうしておけば、多分来るはず……)」
「エリス?」
「…………げ」
貸し切り状態にしているにも関わらず、いきなり聞こえた声。
「今日って……」
「はい、アーリャ様。ここ、ヒロイン権限使って貸し切りにしてあります」
「にもかかわらず来たってことは……」
エリスとアーリャが、うん、と頷き合った。
「おい、何で他の生徒がいないんだよ! お前、公爵令嬢だからって家の権力使って嫌がらせしてるんじゃないだろうな!?」
何でそうなった、とエリスもアーリャもドン引きしているのに、それに気づかずに何故だか自信満々にこちらに対して説教をしてくる、三人目の攻略対象・アイザック。
平民ながらも学園一の秀才で、クラス分けのテストで一位を取ったという噂だけは知っていたのだが、会話をすることは初めてである。
「別に、わたくしは何もしておりませんが」
「はっ、どうだか! エリス嬢も巻き込まれて可哀想に」
いや、勝手に決めんなし、とエリスは心の中で毒を吐いておいた。
しかしこのアイザック、こうしないと出会うことができないとリーアから聞いていたから、嫌々ながらもこの状況を作り上げたのだ。
『エリス様、とりあえずこのセリフ言ってあげてください』
「(どれどれ……)」
エリスの目の前にぱっと出たウインドウに表示された、恐らく慰めの台詞。
この歯が浮くようなセリフを言えと……とげんなりしているエリスをちらりと見て、アーリャは困ったような微笑みを浮かべて、背中をぽん、と叩く。
「……アイザック様……あの、ええと、私のことをお気遣いいただきまして、ありがとう、ございます……」
「え、ああ、別に良いんだよ。俺は、理不尽が許せないだけだからさ」
ふふん、と何故か勝ち誇ったように微笑むアイザックを見て、エリスは思う。
とりあえず、コイツ……真っ先にエンディング回避しよう、と。