パンツの色を聞いたら、必要以上に細かく色を教えてくれた。
「……ハァ…ハァ、いま何色のパンツ…履いてるの……?」
「黄色…というには昏く、黒というには明るい、それでいて紫のような深さを湛えている。そう、それは夏休みの最終日、モラトリアムの終わりを告げる夕陽のなか、君の喉奥に湧き上がり、留まり、遂には夜の帳と同時に呑み込まれてしまった、あの言葉と同じ色をしている。」
「え?…何の話を……」
「とても最良の形とは言えない。それでも幾つもの夜を越えた先に再会できたことは、間違いなく、否応なく、祝福すべきなんだろうね。」
「その遠回しで小説っぽい言い回し……そ、そんな……まさか…。」
「そうだよ。と、端的かつ絶対的に肯定したいところだが、それをするには私は大人になりすぎてしまったようだ。あの日の私と君は、この広い世界の主人公になった気でいた。そうに違いないと心の底から確信していた。」
「お、俺は…!今でも……」
「息を荒げた時のしゃくるような呼吸の仕方、問いかけるときの語尾の微妙な上がり方。……懐かしいな。聞いた瞬間に君だと分かったよ。」
ママーだれとおはなししてるのー
むかしのおともだちだよ。すぐはなしおわるからまっててね。
「……!!」
「私は今すぐこの電話を切ることも出来る。いや、きっとそうした方が良いんだろう。しかし、ただ一言だけ君の口から聞きたい、いや“聞きたかった”言葉があるんだ。」
「……ハァ…ハァハァ…。」
「聞かせてくれるかい?……私がいま何色のパンツを履いているのか。」
「…ハァ…ハァ……。」
「あるいは、あの日、君が何も言わず転校した、最後の夕暮れ、私と君の最期の逢瀬に、君が言えなかった言葉を。」
「…………あ、…あい……してる。」
俺の言葉を聞いた彼女は、何も言わずに通話を切った。
後に残ったのは、事切れた心電図のように無機質な電子音の繰り返しだけだった。
「藍……色か。」
そういえば、昔から好きな色だったな。
高二の夏、服選びに三時間も付き合わされた時に買ったワンピース。中三で初めて二人だけの初詣に行った時のダッフルコート。中一の誕生日プレゼントにねだられたイヤリング。小五の遠足で履いていた靴下。
思い返してみれば、全部、藍色だった。
ふと部屋を見渡すと、飾り気のない黒を基調とした家具の一角、黒いポールハンガーの頂点に目が留まった。生活感のないこの部屋に不釣り合いなつばの広いハットが停まっている。あのワンピースによく似合いそうな、花びらのように波打つ藍色のハットが。
結局渡せずに終わったあの日からの月日を記録するかのように埃が厚く積もって、綺麗だったはずの藍色がくすんでいた。
俺はその埃を綺麗に払い落とすと、鮮やかな色彩を取り戻した藍色のハットをクローゼットの奥深くに仕舞った。
「藍色……今でも好きなんだな…。」
俺は届くはずのない呟きを白と黒だけで構成された部屋に零して、脱ぎっぱなしだったパンツを履くと準備しておいたティッシュを数枚抜き取り、そっと目尻を拭った。
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