国語の天才
私は勉強のできない子だった。
運動はそれ以上にできないので何も取り柄がないといってよかった。
しかし、5段階評価で2や1ばかりが並ぶ中で、図工の他にもうひとつ、燦然と輝く4のつく教科があった。
国語である。
ある時国語のテストで68点を取り、友達から褒められた。
「しいなは国語の天才だな」
「他は全然ダメなのに、国語だけはできるんだな」
「すごいすごい」
「しいなは国語の天才だ」
私は自動車の運転適性検査で、いつも性格について指摘されるところがある。
『上っ調子になりやすさ』
小学生の時からどうもそれはあったようで、その時の私は、68点とは凄い点数なのだと勘違いして、めっちゃ調子に乗った。
それからも私は国語のテストでは安定して50~60点台の高い数字を叩き出し続けた。
おだてられて上っ調子になると余裕ぶっこきすぎて簡単に転落して行くという、褒め殺しがとてもしやすい性格ではあるのだが、元々国語の教科書を読むのが大好きということが幸いして、珍しく転落することがなかった。
『私は国語の天才、天才だ!』
ひとり心の中でそんなことを呟きながら、調子に乗り続けたっけ。
ある日、クラスの男の子たちがしている会話が耳に飛び込んできた。
「算数の天才って、誰?」
「川上。東大行ったら博士になれよ? なあ川上」
「じゃあ、理科の天才は?」
どうやらクラスの生徒について、各教科の天才は誰かという話をしているらしい。
私は身を乗り出す勢いで耳をそばだてた。
「理科の天才は野村。あいつ天才科学者になるんじゃね?」
……国語、国語、国語だ。早く国語の天才が誰かを言え!
私の胸はわくわくし、頬は紅潮していたと思う。
しいな、しいな、しいな。私の名前が発音されるのを待ち構え、手はガッツポーズを作る準備をしながら、顔では何も聞いてないフリを続けた。
「じゃ、国語の天才は?」
来た!
今までずっと男子の名前しか挙がってなかったけど、ここで女子の威厳が復権されるであろう!
しいな……
しいなだ!
きっと彼の唇は『しいな』と動く!
聞かれた男子がすぐに、聞いた神尾という名前の男子に答えた。
「国語の天才は、神尾、おまえ。将来は小説家になって有名になってくれよ?」
「エヘヘ。ありがとう」
上に向かっていた教室の空気が、ぺったーんと床に落ちて広がった気がした。
誰かが私を陥れ入れようとしている──そんな気もした。
国語の天才神尾くんは現在、阪大を卒業していい会社に勤めていると聞く。