ゆるゆる準備
すぐにでも、とは一瞬思ったが、なんせ今日は引っ越してきたところで体力がない。
分厚い説明書を捲りながらもまぶたが重い。
きっとこういう時にもよく効くポーションがあるのかしら…でも疲労感に効くとか、それあかんお薬やわ…なんてぐるぐる考えながら大人しく布団に潜り込む。
明日は休みだ…とりあえず洗濯したらスーパーで買い物してからだな…と電気を消し、ふー…と夢の中に沈んで行った。
カーテンの隙間から入った光で目を覚ます。
枕元にある時計は7時半を指し、気温と天気は洗濯日和を指し示している。
ぼんやりした頭でまずは水を1杯。健康のために。
そしてアイスコーヒーを入れながら、昨日の残りのスティックパンを口に入れる。
今日のお昼はお米を食べよう…と炊飯器にお米をセットする。
セットされた音楽を聞きながら、ふと昨日のことは夢だった、なんてことあるかな?とクローゼットを開けたら、やっぱりそこには扉があって、夢じゃなかった…と、口から声が漏れた。
ベッド横のテーブルにも説明書があるし、現実かぁ…ともそもそ口を動かす。
ということは、昨日少しだけ読み進んだ説明書は事実。ノーラの世界のどこかに繋がっていて、時間は地球上の2倍の速さで進み、様々な種族が生活をしているらしい。
それこそ、人間から獣人やエルフにドワーフは当たり前にいるよ、と書かれていた。
全てを書くとつまらないからあとは探してみて、とまで書かれていたので、遊び心忘れちゃいけないよね。
人魚とか妖精とかいるのかなー。
魔法や魔術は属性があり、大体の人間が魔力を使える世界らしい。
日本ではガスコンロや電気が存在するけども、そんなものが無いノーラの世界では、魔力が使えないと生活ができないためである。
ガスコンロの摘みの代わりに、魔石が取り込まれ、そこに魔力を流すことで火がつく、などの原理だそう。
なるほどわからん!となったが、そもそも私に魔力なんてものあるわけなくない?と首を傾げた瞬間に、スマートウォッチがブー!と鳴った。
心拍は正常だしなんかの通知か?と思ったら、その小さい画面に魔力値たくさん!と書かれている。
「え、えぇ…」
これはあれか、いま考えたことに対してのアンサーですね。
所詮ゲームのステータス画面のようなものかしら?とスマートウォッチを見ていたら、次はスマホがブブーとなる。
「お、おう…」
その画面にはノーラと書かれた身に覚えのないアプリからの通知がきてると知らされていて、おそるおそる開くと私のステータスと書かれていた。
いつどうやってインストールしたのかなんて野暮なことは聞かないわ…えぇ。でも…
「いやもういっそ出てきて説明して頂けたら助かるんですが…」
それに対しては無反応
「あ、はい」
シャイなんだなぁということにしておきましょう。
実際急に目の前に出てきたらそれはそれでびっくりしそうだからね…。
そしてスマホに表示されたステータス。
ゲームのような詳細さはない。ちょっと予想外。
でもそりゃそうか、ゲームの世界では無いのだから、目に見えて数値化できていなくて当たり前っちゃ当たり前だよねぇと頷く。
自分の力とか知恵とか数値化できないものね。
だからさっきのスマートウォッチの『魔力値たくさん』も、数値が出来ないからこその表現ということでしょう。
ただまぁたくさんと言うからには、使ってて不自由しない程度にはあるんだろうということで、ノーラの世界の人の平均値よりは高いと判断してよさそうだ。
どうやったら使えるのか、というのは注釈になんとなくわかるから大丈夫!というなんとも不安でしかない一文で終えられていて、大丈夫かなぁ…と思わず扉があるクローゼットに目線を投げる。
悩んでも仕方ないな、と、とりあえず近所のスーパーに出かけて冷蔵庫の中身を潤すことにした。
さて、ここで私の仕事。
仕事は特にホワイトでもブラックでもない。
ブラック企業ほどの激務で残業終電帰りなどはないけど、給与は安い方だと思う。
最低生活費よりはあるといえども、貯蓄を考えて、生命保険を考えてってしていくと贅沢は難しい。
そんな状態なので、転職も視野に入れないとなーなんて考えているタイミングでの今回の転勤だった。
まぁいっか、と軽く考えて来たら謎の扉に出会った訳だが…。
徒歩5分という素晴らしい場所にあるスーパーでカゴに野菜などを入れていく。
それなりに日持ちしてくれそうなものと、力尽きて何もする気力がない時用の冷凍うどんやチャーハンも。
卵も買って、あと袋麺。これも便利。
お肉は鶏肉と豚肉。カレールーがあればなんとかなる。
きのこも適当に買って、これは帰ったらバラしてジップロックにいれて冷凍庫。
こんだけあればとりあえず、という量をレジで支払い。
野菜が高いのがいただけないわ〜とレシートを見ながら帰宅して速やかに冷蔵庫と冷凍庫に仕分けていく。
まだお腹空かないしな〜と説明書を捲りながら、そもそもモンスターを倒す術を調べてなかった。
冒険者稼業があるのなら、きっとそういうこともあるだろう。
魔力値たくさんと言うのなら、魔法で倒すとかかなぁと捲ると、やはり魔法が存在していて、属性によって攻撃種類が様々だよと書かれている。
ふむ、ならばそれは向こうの世界で実験しようと心に決める。
万が一にもこちらで出来てしまったら部屋の中が大変なことになりそうだ。
また錬金術でモンスター討伐の補助道具を作成することが可能だとか。
俗に言うポーションとかか。
その材料は自分で採取するも良し、買うもよし。
作り方は材料揃えて、布の上に並べて、魔力を流せばあら不思議、完成ですというもの。
そこはゲーム的だな〜と思いながら、楽できそうなのは助かるかも?と考え、いやでも効果と効能に差が出るか実験しないと…これはこの部屋でも出来る…か?というか、あちらの世界のものを持って帰れるのか?カバンは…
と、思ったら、またバサッと音がして目の前にカバンが落ちてきた。
なるほどこれ使えと。
ショルダーバッグにもリュックにもなるタイプでA4サイズが入りそうだけど、そこまでマチが広くないので容量はないかなぁと試しに説明書を入れてみたら、カバンの中から消えた。
待ってどういう原理なの…。
「どこいったの」
と思ったらやっぱりアプリから通知が来て、カバンの中身という項目に、ノーラの説明書と書かれていた。
ほうほう?ならば、と試しに炊けたご飯をラップで塩にぎりにしてカバンにいれると、塩にぎり1という項目が増えた。
「えー、これめっちゃ便利」
なにをどれだけ入れたかがわかるし、取り出す時はそれを思い浮かべながら取り出せばいい。
素敵すぎる。
それにカバンに入れた時のままで保存されてるらしくて、出来たてのままカバンに入れればいつでも出来たてご飯が堪能できる。時間が止まってるということかしら…?じゃあ生き物入れられないやつ。
容量は魔力さえあれば大きくできるらしいので、困ることはなさそうだ。
ならばとせっせと塩にぎりをお米2合分、おにぎり6つ作ってカバンに入れる。
あとはペットボトルのお水を6本。
これは冷やしてたのはペットボトル(冷)とペットボトルで分かれたので、そういうの分かるのも便利だなぁと感心する。
とりあえずあの扉の先に行く準備をしているが、いざとなればホームと言えばこの家に帰れる親切設計らしいので、危険と判断したら即座に帰宅するつもりでいる。
いのちだいじ。
「さて、カバン持ったし…とりあえず行ってみよう」
昨日ぶりの扉をゆっくり手前に引いて、いざノーラの世界。
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