第6話
農業の基本は土づくりから。
俺のじいちゃんは日頃から口酸っぱく言っていた。
土が悪いと、どんな植物でも上手く育たなくなる。
「……張り切って外に出てきたけど、土の状態なんて全くわからないからな……」
鍬とスコップを持って畑を作ろうと外に出たが、土の状態がわからないことに気がついた。
「あ、こういう時に『農学者』のスキルを使えばいいのか?」
てっきり忘れていたが、『農学者』には土壌診断ができる能力があることを思い出した。
しかし、使い方はよくわからないので、とりあえずスコップを使って土を掘り起こしてみた。
「うーん……特に何も起こらないな。土壌診断とか言わないとダメなのか?」
俺がそう言った瞬間、土の上に半透明のプレートが出現した。
「うおっ!びっくりした!……ったくどうしてこのステータスプレートは相変わらずいきなり出てくるんだ?」
心の準備とやらが必要なんじゃないのか?
少しこのシステムにも慣れないといけないな。
そんなことを考えつつ、俺は土の上に表示されたステータスプレートを見ることにした。
【保水性】 4/10
【排水性】 3/10
【通気性】 3/10
【p H】 6.2
【栄養素】 N:少ない
P:少ない
K:少ない
「……これしかわからないの?」
企業に頼む土壌診断のように正確な数値がズラーっと並ぶかと思ったが、ステータスプレートにはわずかな情報しか記載されていなかった。
まあ何もわからないよりはいいんだろうけど。
「しかも、土の状態あまり良くないじゃん。10点満点中の評価だろ、これ?」
保水性、排水性、通気性はいずれも高い数値では無かった。
カミラのやつ、もう少しいい土地を用意してくれてもよかったんじゃないか?
「まあこれだけ広い土地を用意してくれたし、あまり文句も言えないか。土もそのうち改善していけばいいし、とりあえずは土を耕さないとな」
初めて使った『農学者』の土壌診断はあまり良いものでは無かったが、それでも土の状態が分かった上で農業ができるのは大きなアドバンテージになるだろう。
◇
俺はそれから、2時間ほど畑を耕した。
木箱に用意された種を植えるのには十分すぎるほどの広さを耕すことができた。
「ふぅ……これくらいでいいかな」
無我夢中で畑を耕し続けたので、時間が経つのもあっという間だった。
そして耕した畑に種を蒔く前に、ひとつやらなければならないことがあった。
「畝を立てないとだよなあ……」
畝とは野菜を育てるために土を盛り上げた部分だ。畝を立てることによるメリットは複数ある。
まず一つは、作物を育てるスペースと作業を行う通路を明確に分けることができる点だ。
耕した畑に、適当に種を蒔いてしまうと水やりや作物の手入れがかなり難しくなってしまう。
それを防ぐためにも、作物を育てるスペースと通路をしっかり分けておかないといけない。
そして二つ目は作物の管理が楽になる点である。
畝を立てることで、栽培する作物の種類ごとに分けることができ、肥料を撒いたり、水を撒いたりする量を調整することができる。
そして三つ目。俺はこれがこの畑で一番重要だと考えている。
畝を立てることで、土が盛り上がっている分、排水できる量も増える。『農学者』の土壌診断で数値が良くなかった排水性を少しは改善できるかもしれないと考えたのだ。
畝には平畝と高畝の2種類があるのだが、その違いは畝の高さである。
俺が立てるのは高畝と呼ばれる、高さが20センチ以上ある畝だ。
「どれくらい時間がかかるんだろう……」
俺は正直畝を立てるのが苦手だった。どうしても高さにばらつきが出てしまうのだ。高校生の時、それを整えるのにかなり時間がかかった思い出がある。
おそらく今日は畝を立てるだけで終わってしまうかもしれないな……。日が暮れるまでには終わらせたいところだ。
まず、俺は畝を立てる予定の場所に土を盛ることにした。
30センチほどの深さで土を掘り返し、その土を畝を立てる予定の場所に盛っていく。
その作業を10メートルほど繰り返すことで、ようやく畝の土台が出来上がるのだ。
「問題はここからなんだよなあ……」
別にここまでは誰にでもできる。言ってしまえば土を掘るだけだからな。
必要な高さまで盛り上がった土を、今度はきれいにならしていく作業をしなくてはならない。
俺はこの作業が大の苦手なのだ。
土をならすにはレーキという農具を使ったりするのだが、『資材ショップ』で使えるポイントもあとわずかしか残っていないので、俺は鍬などが入っていた木箱に使われていた角材で代用することにした。
畝の幅は約60センチほどで作り、排水性を良くするために畝を平らにせず、丸みを帯びた形にしたかった。
「さて、早くしないと日が暮れてしまうし急がないとな……」
俺はとりあえず畝の斜面を整える作業に入ることにした。
角材で軽く抑えるように押しつけることで、綺麗な斜面が出来上がる……はずなのだが。
「ガッタガタだな……」
畝の片側を整え終えた俺は、自分で立てた畝を見て落ち込んでいた。
やはり、どうにも畝立てがうまくいかない。まあ、この辺はそのうちできるようになるだろう。きっとそうだ。そう思うことにしよう。
そして反対側の斜面も整え終わった俺は、畝の表面を丸みを帯びる形に整える作業に入った。
当然だが、畝の斜面をろくに整えられないやつがこういう難しい畝立てをやろうとすると、どういうことが起きるかというと……。
「……高さが全く合ってないな」
俺は畝を横から見てそう呟いた。
まるで波を打つように、高いところと低いところが交互にできてしまった。
くそ。やっぱりうまくいかないか。
「まあ、最初はこんなものだろ。日が暮れてきたし、種蒔きは明日だな」
こうして俺はガタガタの畝を作り終わった。
初めて自分の畑で農作業を行なった俺は、決して良い出来とは言えないものの、農業ができる喜びに胸を弾ませ、翌日の種蒔きを楽しみに家へと戻るのであった。