この世で一番護衛がいらん
ちょっと長いです
「郁真!今日は出かけるわよ」
「……はぁ」
俺が千登世嬢の家の道場で訓練が出来ないこともあり、掃除をしていると何やらおめかしした千登世嬢がそう言った。
「別に出かけるのは良いが、どこに行くんだ?」
「……そうね。ショッピングモールでも行こうかしら。郁真はなにか欲しい物とかないの?お給料も入ったはずでしょ?」
千登世嬢が言う通り、少し前に給料日だったので今俺の懐はそれなりに暖かい。
勿論、父親の借金や、家賃等を差し引くとそこまで残りはしなかったが、このバイト給料の良さも相まって普通の高校生に比べればかなり貰っている。
「そうだな……たまには買い物するのも悪くないか」
急に欲しいものと言われても思いつかないが買い物に行くのは嫌ではない。
「それに、ケガをしているとはいえ、郁真が居てくれた方が安心だと思うのよ、肉壁として」
「……それは喜んだ方が良いのか?」
俺が千登世嬢に言われた肉壁という言葉をどう受け取るべきか決めかねていると、既に千登世嬢は俺に興味をなくしたように言った
「まぁそれは良いとして、早く準備しなさい!」
「分かったよ……」
最近になって俺に対する千登世嬢や一姫さんの扱いの雑さに慣れてきている自分が恐ろしい。千登世嬢は俺に言いたいことを言い終わったからか、居間の方へと歩いて行ってしまった。
◇
「千登世嬢~?準備出来たぞ~」
俺は準備と言われてもただ袴から学校の制服に着替えるだけなので大した時間もかからずに千登世嬢が待つ居間に入って千登世嬢を呼ぶ。
千登世嬢は何やら携帯をいじりながら、いつものようにお茶を飲んでいた。
「早かったのね?」
千登世嬢は居間の入り口に立つ俺に気が付いて顔を上げた。
「まぁ、制服に着替えるだけだからな」
「そういえば、郁真って制服以外の服とか持ってるの?制服以外の格好見たことないけど」
千登世嬢は俺のいつもの格好を思い出しているのか首をかしげていた。
俺は千登世嬢に言われ、自分の家のタンスに入っている服装を思い出す。
「……そう言えば、ほとんど服持ってないな。たまにお隣の中沢さんが要らなくなった服くれてるのがあるぐらいだな」
「中沢さんって確か、売れないバンドマンよね?」
中沢さんが売れていないのは確かだが、そうはっきり言われるとなんだか中沢さんが可哀そうになってくる。
「中沢さん、歌は上手いんですけどねぇ……」
「あら、そうなの?少し気になるわね。郁真の家には行ったことなかったし、今度行って見ようかしら」
「俺の家なんて大した物ないですよ?狭いし」
「気になるじゃない?自分の護衛がどんな家で育ったのか」
「まぁ今度な」
「そうね。今日は郁真の服でも買いに行こうかしら。自分の護衛が制服しか着るものがないと言うのも主人としては許せないわ」
何処で気合が入ったのか、千登世嬢はやる気に満ち溢れた表情でそう言った。
とりあえず俺と千登世嬢は車で数十分のショッピングモールに運転手さんが運転するいつものセダンで向かうことになった。
◇
「よし。それじゃあ男性ものの服屋さんに行きましょうか」
「はいよ」
千登世嬢ははショッピングモールの入り口で本日の目的である俺の服を買うためにショッピングモール内の地図を眺めにずんずんと進んでいってしまった。
俺は先を進んでいく千登世嬢に置いて行かれない様に返事をしながら後ろをついていく。
「とりあえずここに行って見ましょうか」
「まぁ、どこでもお供するよ、一応護衛なわけだし」
千登世嬢は地図に記載されている一つの男性服の店を指さして言った。
どんな服が良いとか、この店が、とかは全く分からないので俺は千登世嬢の言う通りについていくが、このショッピングモールが結構大きいと言うこともありちらほらと火神守学園の制服を着た生徒が目に入り知り合いにあるんじゃないかと少し警戒してしまう。
「そういえば、郁真っていつもはどんな服を着ているの?」
俺達が目的の店に向かって歩いていると千登世嬢が不意にそう聞いてきた。
「うーん。特にこれと言った好みは無いんだが、強いて言うならシンプルなのが良いな」
「へぇ。そうなのね……」
「それがどうかしたのか?」
俺がなぜそんなことを聞いてきたのか不思議に思い、聞き返すと、千登世嬢は少し言いずらそうにしながら口を開いた。
「……そう言えば、服を買うとは言ってけど、私、男性ものの服の流行りとか分からないのよね」
「まぁ、良いんじゃないか?別に俺も滅茶苦茶お洒落したいわけでもないし。普通に着れればいいよ」
「そう?ならいいのだけれど……」
俺の返事を聞いていくらかは安心した様子の千登世嬢だがまだなにか気になるのかぶつぶつと呟きながら歩いて行く。
俺は集中し始めた千登世嬢が転んだりしないように周りに気を配りながら隣を付いていった。
「千登世嬢?ここじゃないか?」
思考の海に入ってしまった千登世嬢をサポートしながら俺たちが歩いていると、恐らく目的の店に到着した。
店の中には俺と同じぐらいの歳の男や少し上ぐらいの男が各々服を選んでいた。
――結構混んでるな……
「……あら?もう着いたのね」
俺が店の中を覗き込んでそんなことを思っていると、思考を辞めた千登世嬢が不思議そうにそう言った。
確かに周りの事なんか気にして居られないほどに集中しているようだったが、そんなに俺の服選びって迷うことか?
「とりあえず入りましょうか?」
「そうだな」
俺達は店の中に入って服を選ぶことにした。
「これとか良いんじゃないの?」
千登世嬢は店の中をきょろきょろと見渡して目ぼしい物を見つけたのか俺の体に合わせるように一枚のシャツを広げながらこちらを見つめてくる。
「良いんじゃないか?これからの季節で使えそうだし」
「そうよね!」
どんなに頑張った所で俺には今時のお洒落なんて分からないので機能性で判断することにした。
千登世嬢は俺の反応を見てまるで「私の判断は間違ってなかったわ!」と言った様子で先ほど広げていたシャツを買い物かごに入れた。
「これはどう?」
「裾もぴったりでいいんじゃないか?無難な黒だし」
「そうよね!」
千登世嬢はそれからも俺に一応確認は取ってくれるが、楽しそうに俺の服を選んでくれる千登世嬢を見て否定するのも憚られてしまって大体どんな服でも好意的に反応しているとそれらすべてを買い物かごに入れていくので会計がえらいことになるんじゃないかと恐怖しか感じない。
――まぁ、こんなことで感じる恐怖ならまだましか……
「こんなものかしらね、郁真!会計に行くわよ!」
未だに痛む右腕をさすりながらそんなことを思っていると千登世嬢は満足したのか足早にレジの方へと歩いて行ってしまう。
俺は山盛りの買い物かごがどれほどの値段になるのか非常に怖いが大人しく千登世嬢の後を追った。
「これで郁真を外に出しても恥ずかしくないわね!」
「それは良いけど……本当に買ってもらってよかったのか?」
俺は満足げな千登世嬢に会計の時から何度も確認していることを繰り返し聞く。
そう、結局会計は4万ほどだったのだが、それを千登世嬢が払ってくれたのだ。無論買ってもらったのは嬉しいが、こうも俺に優しくしてくれる千登世嬢なんてほとんどなかったので困惑してしまう。
「良いのよ。右腕怪我させちゃったもの」
「いや、これは修行中の怪我だからそんなに気にしなくていいぞ?」
「良いのよ!大人しく奢られておきなさいな」
結局会計の時と同じように言いくるめられてしまった。
「……まぁ。それじゃあお言葉に甘えるよ。有難う」
「ふん!最初からそうしておけば良いのよ」
千登世嬢は何が恥ずかしかったのかほんのりと頬を赤くして俺にその顔を見られまいとずんずんと進んでいってしまう。
「あ、ちょっと!荷物ぐらい持つから!」
俺は急いで先を進む千登世嬢に追いつくために小走りになって服が入った紙袋を左手で奪い取る。
「……有難う」
「いや一応俺だって男だからな。女の子に荷物は持たせられん。次は何処に行くんだ?」
何故か似合わないほどしおらしくなってしまった千登世嬢のせいで、調子が狂う。
出来るだけ不自然にならないように話題を変えることにする。
「特に決めてないわ。適当に見て回りましょう」
「了解」
それから俺と千登世嬢はショッピングモールを見て回った。様々な小物を売っている雑貨屋や本屋など普通の学生がショッピングモールで遊ぶように一姫さんとの修行の日々を思うととても平和でほのぼのとした時間だった。
◇
「はぁ……歩き回ってるだけでも結構疲れるもんだな」
俺はトイレから出てそんなことを呟いた。
ショッピングモール内を歩き回っているうちに少し催したので一旦千登世嬢と別れたが、千登世嬢は大丈夫だろうか……
俺はなぜか不安になってしまって千登世嬢が待つフードコートに足早で向かった。
「嫌よ」
「ちょっとだけだって、一緒に遊ぼうよ」
「嫌よ」
「なぁなぁ。嫌と言わずにさ」
「嫌よ」
「まずい……危険だ、男が」
俺の不安が的中し、見た目だけで言えばとても可愛らしい千登世嬢は古典的なナンパに絡まれていた。
ナンパ野郎がしつこく食い下がるたびに少しずつ千登世嬢の機嫌が悪くなっていくのが遠目でも分かり、ナンパ野郎の命を守るために間に入る。
「あの、辞めた方が良いですよ?ナンパとか、危ないですって」
「はぁ?急に入ってきてなんだよ!」
「いやマジで、危ないから!死にますよ?」
「あら、郁真。あなたが遅いせいで絡まれてしまったわ。この人鬱陶しいから殴ってもいいかしら?」
「良い訳ないでしょ!死んじゃいますって!ほら、こっち来て」
千登世嬢の腕を掴み、ナンパ野郎を殴らないよう俺の体の後ろに隠す
「そもそもさー何なのお前?その子の知り合い?」
ナンパ野郎は俺の後ろに隠れてしまった千登世嬢からターゲットを外したのか、俺に喧嘩腰で詰め寄ってくる。
「知り合いって言うか、護衛みたいなもんだ。怪我したくなかったら大人しくどっかに行ってくれ!頼む!目の前で人死にを見たくないんだ!」
「はぁ!?なんで俺が死ぬ前提なんだよ?頭おかしいんじゃないか、お前」
「……それでもいいから!早く、ほらどっか行けって、千登世嬢の堪忍袋の緒が切れる前に!」
「……ねぇ、郁真?なんか私に失礼じゃない?」
「ちょっと、千登世嬢は大人しくしててください、お願いします」
「ふん、何よ……」
一先ず千登世嬢は不満げだが爆発することもなさそうだ
「……チッ。分かったよ」
フードコートの中ということもあり、何やら揉めている俺たちに視線が集まっているのにナンパ野郎が気が付いたのか舌打ちをして離れて言った。
ナンパ野郎が見えなくなって安心のため息をついて千登世嬢に話しかける。
「ふう~……千登世嬢、相手が危ないからナンパされないでくれよ!」
「相変わらず失礼なのは良いとして、色々と理不尽じゃないかしら?」
「これでよくわかりましたよ!護衛って言うのは、千登世嬢に絡みに来る男の身を守る為ですね!?」
「ねぇ郁真?」
「……はい?」
「歯を食いしばりなさい」
「え……?ヴォフッ……」
千登世嬢は怒り心頭の様子で、俺に腹パンをしてきた。
死ぬほどでもない威力なのでそれなりに手加減はしてくれていたようだが滅茶苦茶痛い事には変わりない
「貴方は私の護衛よ。反省なさい」
「……はい」
「まぁいいわ。そろそろ帰りましょうか」
「もう、千登世嬢は用事大丈夫ですか?」
「もともと郁真の服を買うのが今日の目的だったしね」
「千登世嬢が大丈夫なら帰りますか」
「そうね」
俺達はそう言って運転手さんが待つ駐車場へと向かった。
――あーお腹痛いよぉ