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一月の成果と組手とプロテクターと小さな優しさと

 

「あの、こんなに重装備だと、逆に動きづらくないですか?」


 俺は結局道場に連れ戻され、目の前で何やらストレッチをしている千登世嬢を見ながら、一姫さんにもはや鎧と言っても差し支えないほどのプロテクターを装着されていた。


 一姫さんの傍らにはまだ各部位のプロテクターが複数残されているが、もうすでに関節は動かしにくい。


「死にたいなら、今の状態でも良いぞ」

「……ちゃんと付けましょっか、やっぱりプロテクターは大事ですよね、うん。」


 俺の目を見てお面越しでも分かるほどの真剣な様子で言う一姫さんを見て、俺は大人しく全身を硬質の樹脂や、固いスポンジのようなプロテクターを装着されていく。


「そろそろいいかしら?」


 待ちかねたのか、ストレッチを終えた千登世嬢が急かすように話しかけてくる。


「生命にかかわることなんだぞ!?きちんと着けさせろよ!?」

「……何よ、そんなに怯えなくてもいいじゃないの」


 千登世嬢はぷんぷん!とでも効果音が付いたようにわざとらしく拗ねて見せるが、全く可愛くない。

 むしろ普通に怖い。これまでさんざん生身の俺をボコボコにしてきた一姫さんの装甲面に対する真剣な様子がより恐怖心を煽ってくるのだ。


「お嬢、良いぞ。ちゃんとグローブ付けたか?」

「勿論」


 プロテクターの最後のパーツを装着し終わった一姫さんが千登世嬢にそう声を掛けると、千登世嬢は先ほど俺がプロテクターを一姫さんに着せられているときに、少しでもリスクを減らすために両手にはめていた綿が大量に詰まった大きいグローブをボフボフと感触を確認するように拳を突き合わせていた。


「待ちくたびれたわ。……じゃあやりましょうか?」

「……あぁ、死にたくないよぉ」


 明らかに戦闘モードで目が据わっている千登世嬢から発せられる雰囲気に泣きそうになる


「合図は一姫に任せるわ」

「……ねぇ、辞めません?死んじゃいますって」


「始め!」


 俺の泣き言なんて全く考慮してくれない一姫さんは組手の開始の合図を上げた。


「シッ……!」


 合図が一姫さんから上がった瞬間千登世嬢は電光石火の速さで一直線に突きを俺の顔面目掛けて繰り出してくる。


 千登世嬢の突きは一姫さんよりは動きの起りが分かりやすためか、辛うじて目で追うことが出来た。

 俺が一姫さんに教えられている徒手格闘術はSPやボディーガードの方が使う、相手の動きに対するカウンターからの武装解除、拘束までに重きを置いている物なのでこうして先に仕掛けてくるのは有難い。


 俺は一姫さんとの訓練を思い出しながら、コマ送りの様に俺の顔面に近づいてくる千登世嬢の腕と交差するように自身の右腕を前に出し、千登世嬢の拳を逸らして関節を極め、拘束まで持っていこうとする。


 ただ一姫さんとの訓練の時と違うことがある。それは、千登世嬢が規格外の怪力ということと、俺に対して一ミリも手加減をしてくれていないと言うことだ。


 ミシッ……


 俺が千登世嬢の拳を逸らすために前に出した腕からプロテクターを貫通して体の内側から嫌な音が聞こえるのと同時に、千登世嬢は俺の腕と交差した時に怪力によりグローブを突き破って素手になっている拳を振りぬき、前に出された腕ごと俺を吹き飛ばした。


 ――いや、逸らすとか関係ないじゃん、普通にトラックとの衝突じゃん。


 俺はくるくるときりもみ回転をしながら宙を飛び、走馬灯のようにそんなことを思いながら意識を飛ばした。


 ――――――――――――――――


「……いや、死ぬが!」

「あ、気が付きましたか?」


 俺が意識を取り戻してそう叫ぶと、既に部屋着に着替え終わって、畳の上でお茶を飲んでいる千登世嬢がそう言った。


「一姫さん!習ったこと全く意味なかったんですけど!?普通にそのまま吹き飛ばされましたけど!?」

「……郁真。これが理不尽と言うモノだ。いい経験になっただろ?」

「ええ!車と事故した時のね!」


 俺はプロテクターが外され、少し身軽になっている上半身を起こしながら一姫さんに詰め寄る。


「まぁ、受け流そうとした所までは良かったぞ。あれは普通の人間だったら普通に関節まで持ち込めていただろうからな」

「……あら、失礼ね。まるで私が普通の人間じゃないみたいじゃない?」


 一応一姫さんは先ほどのフィードバックをしてくれるが、一姫さんの言葉が気に入らなかったのか千登世嬢はむすっとしている。


「……お嬢。普通の人間は自分の力だけでグローブを突き破れないし、人間一人を腕力だけで力を外側に流されながら吹き飛ばせない」

「しょうがないじゃない、郁真の構えが思いのほか堂に入っていたから興が乗ったのよ」


 ――あのね、千登世嬢……あなたの興が乗ったせいで俺は死にかけてるんだよ?


 俺が一姫さんと話している千登世嬢に心の中で悪態をついていると、組手の時に出ていたアドレナリンの効果が切れたのか、右腕が尋常じゃない痛みを訴えてくる。


「……あの、お二人さん?楽しくお話してるところ申し訳ないんだけどね……右腕めっちゃ痛い。」

「……そう言えば郁真がお嬢の拳を絡めとろうとしていた時に嫌な音がしていたな。折れてるんじゃないか?」

「いや、折れてはいないと思うわよ?感触的に。最悪ヒビぐらいじゃないかしら?」

「まぁ、お嬢が言うなら、そうなんだろう。郁真、今日の訓練はこれで終わりにするから、病院に行ってこい」

「治療費は私が持つわ。領収書をきちんと貰ってきなさいな」


 骨にひびが入るって相当な大事件な気がするが、あまりにも軽い二人の返答に実はひびって大したことないんじゃないかな……と思ってしまう。


 結局その後俺は尋常じゃない腕の痛みを堪えながら、病院に行くこととなった。


 ◇


 飯田郁真『病院で診て貰ったら重度の打撲だってよ』

 鷺森千登世『そう。案外きちんと受け流してたのね、一月で成長したわね郁真』

 飯田郁真『とりあえず一か月は安静にしろってさ』

 鷺森千登世『そう。一姫にも伝えておくわ。あと、これからも放課後は家で右腕に負担が少ない訓練は続けるからそのつもりで』


「いや、マジで鬼かよ……」


 俺は病院から家に帰って千登世嬢に右腕の症状をこの一か月でそれなりに慣れたLINEで報告をしていた。


 飯田郁真『最低でも二週間は体も動かしちゃ駄目みたいなんだけど……』

 鷺森千登世『あら、そうなの?それならしょうがないわね……それなら訓練は一旦置いておいて、私の用事に付き合ってもらうわ』

 飯田郁真『それぐらいならいいけど』

 鷺森千登世『それじゃあ、また連絡するわ』


 飯田郁真『了解』


「はぁ~、こんなんで無事に生きていけるんだろうか……」


 俺は千登世嬢に返信を返して布団に寝転がり、パンパンに腫れあがって、青どころかどす黒い痣になっている右腕を眺めながらそう呟いた。


 ――ピコン


 布団に寝転がったはいいが時間を経るにつれて痛みが酷くなっていく右腕のせいで、眠るに眠れずにいると、不意に携帯が通知音を鳴らした。


「こんな時間に誰だろう……?千登世嬢との会話はさっき一段落着いたし、クラスの人かな?」


 俺がそんなことをひとりでに呟きながら、枕元に置いていた携帯の電源を付けて通知音の主を確認すると、まさかの千登世嬢だった。


 鷺森千登世『……あと、今日は悪かったわね。もう少し手加減するべきだったわ……。一月で私の突きを少しとはいえ受け流されるなんて思わなかったわ。打撲がきちんと治るまでは貴方に無理は言わないからしっかり養生して頂戴。このLINEに返信は要らないわ、ゆっくりとお休みなさい』


「……なんだよ少しは可愛いところあるじゃんか」


 俺は千登世嬢から初めて優しさを感じて、妙な気分になってしまった。

 未だに右腕にズキズキと痛みを感じるが、これも千登世嬢の護衛の仕事の為の修行での負傷だと思えば心も落ち着いてきて、思いのほか早く眠ることが出来た。


 俺は自分自身、知らないうちに武術を習うことが楽しくなってきているのかもしれない。

 勿論痛いのは大嫌いだが。






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[気になる点] お母さん、大丈夫? 借金返済とか、いくつか気になる。
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