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血の味はしない

「……ほら、上手く行ったじゃないか。ええ?」


 散々考えて、俺なりに覚悟を決めて挑んだ食事会を結局覚悟ガンギマリ千登世のパワープレイ(俺の都合は考えないものとする)によって、まぁなんとか終え、千登世に手を取られたままロータリーに止められたセダンの前まで歩いていると、一姫さんにそう声を掛けられる。


 それみたことか、とでも言いたげな一姫さんに恨めし気な顔を返すが、普段無表情な狐面はとても満足げに笑っている気がした。


「言いたいことは色々あるけれど、一姫のおかげで覚悟が決まったわ」

「それはもう、ソレを見ればわかりますとも」


 未だ繋がれたままの手を見ながら一姫さんはうんうんと頷く。


「どうだ?郁真?うちの子は可愛いだろう?」

「……ソウデスネ」


 可愛いか?と聞かれれば、そりゃ可愛いでしょうとも。

 千登世ほどガンギマっては無いが、俺だってそれなりに覚悟を決めて今日この場に臨んだわけだし。

 問題は俺が予想していた展開よりもはるかに早く色々と決められてしまった事である、ただでさえ昨日の伊万里の事もあるし、伊万里に何と伝えようかと痛む頭を抑えてため息が漏れてしまう。


 俺の事をからかって満足した一姫さんが車に乗り込んだので、俺達もドアを開け車に乗り込んだ。

 無論助手席に乗ろうとした俺は、繋いだ手を離すつもりはない千登世に引かれ後部座席に並んで座らせられる。


 一姫さんの運転で少しずつ流れる景色を見ながら俺は口を開く。


「千登世、俺はそんな立派な人間じゃないぞ」

「そうね、郁真は直ぐ逃げるし」

「一小市民ですから」


「背も高くねえし、金もない」

「お金は私が持ってるわ、身長は……そうね、今後に期待ということにしておいてあげるわ」


 余計なお世話だ。

 俺の小さな抵抗なんて、もう今の千登世には効かないのだろう。きっとこれ以上俺が何か言っても千登世の気持ちは変わらないし、女の子二人にここまで言われて逃げるなんて許されるわけもないのだ。


「いまさら郁真が何と言おうと、私の気持ちは変わらないわ」

「……後悔してもしらねぇぞ」

「そこまで見る目が曇っているつもりは無いのだけれど」

「曇ってるよ、俺が良い。なんて言うやつは」

「恋は盲目といわれるものね」

「おぉそうだ。是非とも眼科に行くことをお勧めする」

「残念、病院に行くつもりは無いわ。この魔法が解けたら、私死んでしまうもの」


 ――あぁクソ……やっぱり可愛いな。


 もう誤魔化すのは辞めにしよう。


 俺はこの不器用で負けず嫌いな、少し力が強くて、傍若無人な少女の事が好きなのだ。

 これはきっと心臓が早鐘を打つような気持ちじゃなく、傍に居たいだとか、言葉や仕草一つで心が温まるようなそんな恋心だ。


 そんな俺の内心は千登世にはバレているのだろうか、俺の顔を覗き込むようにして、その少し勝気な瞳をキラキラと光らせる。


「郁真もちゃんと言葉にしてくれたら嬉しいのだけど……」

「……降参。あんまりいじめないでくれ」

「つまらないの」


 何だか恥ずかしくなってきてしまった俺は誤魔化すように頬杖をついて外に目をむけた。


「逃げたな」

「そうね」


 ルームミラー越しに掛けられる一姫さんの言葉に千登世も同意を示しているが、俺はもうこれ以上は何も言いませんのポーズを取り続ける事しかできなかった。



 ◇


「一姫、ここで良いわ。少し郁真と話して歩きたいから」

「わかった」

「帰りは連絡するわ」


 千登世はそう言って俺の家から歩いて十分ほどのところで一姫さんに車を停めさせる。


「いくわよ」

「……はいはい」

「えっちなことするなよー」


 俺は千登世に手を引かれ車から降りる。馬鹿なことを言っている一姫さんは無視だ。

 よっぽど俺と千登世がくっつきそうなのが嬉しいのか、いくらかキャラが崩壊している気がする。


 そんなことを考えていると、くいと腕を引っ張られるので大人しく着いて行く。


「……嫌ならいいのよ?」


 てくてくと完全に日が落ちた街灯が照らす夜道を歩きながら千登世はそんな事を言う。

 ここで「何が?」なんて言うほど無粋でもない。


「んー……まぁ。嫌、じゃあ、ねえなぁ」

「そう」

「……その、これからどうする?」


「どうする?」というのは勿論えっちなことではなく関係がどう変わるのかへの確認だ。俺の言葉を聞いて目をぱちくりと瞬かせた千登世は吹き出す。


「……あなたがそれを言うのね!」

「いや、すまん。なんせ経験がないもんで」

「好きにしたらいいのよ。これからも私は気持ちを隠すつもりは無いから」


 千登世はからからと笑うが、情けないことに主導権を渡されても困ってしまう。


「郁真なりに覚悟を決めたから、今日来てくれたんでしょう?」

「昨日まで来るつもりなかったけどな」

「薄情なのね」

「逃げるなって言われちゃったしな」


 あの小悪魔な後輩を思い浮かべながら口にすると、少し手のひらがキュッと潰された。


「大儀ね」

「そ」


 千登世は何を考えているのかは分からないが、少し考え込んでいる。


「……お爺様は、ああ言っていたけれど、私は許さないから」

「えぇそりゃあ分かりますとも」

「結構」


 そう言って千登世は満足げに頷くと同時に右手が解放される。

 はて……?と久々に開放された右手にほんの少し寂しさを覚えながら首を傾げていると、千登世は淀みなく繰り出していた自身の足を止めたので、俺も釣られて足を止める。


「止めてもいいわよ」


 千登世はそう言って俺の頬に手のひらを添える。

 頬に当てられた千登世の手のひらは、ずっと手を繋いでいたせいか外を歩いていたとは思えないほどずっと熱かった。


 頬を真っ赤に染めて少しずつ千登世は顔を近づけてくる。

 千登世が言ったようにエレベーターの時とは違い、こんなのは俺が少し顔を逸らすだけで重ならない。きっとこれは彼女なりの確認なんだろう。


 俺が顔を逸らせばそういう事。


「付き合ってください」なんて恥ずかしい言葉を言えず、行為をもって好意を確かめようとしているのだ。


 ――わざわざこんな遠回りをしなくても、二人して真っ赤な顔を向かい合わせて、近づく顔を逸らそうともしないのが答えだろうに


「……ちょっとまて」


 俺の言葉を聞いて、千登世は泣きそうな顔になって、俺の頬から熱が離れた。

 自分の顔を見られたくないのか千登世はふいと顔を背ける。少しでも目を離したらどこかに逃げて行ってしまいそうな気がした。


 俺は自分が今からする事の恥ずかしさから目を逸らしながら千登世の肩に手を添えて俺の方を向かせる。

 体こそこちらを向いたが、未だ千登世の顔はそっぽを向いたままだ。


「千登世一度しか言わねえぞ」


 俺がそう言うと、千登世の背けられた顔が少しずつ俺の方へと戻ってくる。


「俺は、お前が好きだよ」


 断られたと勘違いした千登世の潤んだ瞳が僅かに見開かれる。

 あぁ恥ずかしい、でもここまで来て逃げるのは多分もっと恥ずかしい。


 どれほど沈黙が流れたのだろう。


 俺は目を合わせたまま黙ったままの状況に堪えかねて口を開く。


「……嫌か?」


答えなんて分かり切っていた。

俺みたいな逃げてばかりの小心者とは彼女は違うのだから。


「…………私も、郁真が好きよ……私たち、両想いね」

「だな」



 二回目は、血の味はしなかった。







次、最後です。

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