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やっぱり犬はワンと鳴く。

いつぶりでしょう、約三年せっかくたくさんの人に応援してくださっている恵まれた身の上の癖に更新できず申し訳ありませんでした。

 ここまでエレベーターに乗るという事に恐怖を覚えた人類は人類史俺か、初めてエレベーターに乗ることになった人ぐらいじゃ無いだろうか。


 さながら目の前の目の前の鈍い銀色の扉は地獄の門だ。

 これに乗り込んだら最後、逃げることは出来ず千登世の……いやグレーな稼業の上の人、もう一個上の人の前に立たねばいけんのだ。


 ――嫌だなぁ……でもなぁ……一姫さんに頼まれちゃったしなぁ


 隣の灰色のお姫様はというと、俺の胸の中を知ってか知らずか綺麗にセットされた髪の毛をクルクルと人差し指で巻き取りながら口を開く。


 あぁ!いけませんお嬢様!綺麗な御髪がドリルヘアになってしまいますわっ!


 やけくそでお茶らけても、地獄門の上の数字は少しずつ俺らの階へと近づいてくるのだが。


「……ねえ?そういえば聞いていなかったわ」

「はいはい、なんでしょう?お嬢様」

「その、棗と……ま、大儀もね。郁真はさ嫌々言いつつも助けたじゃない?……なんで今日来てくれたの?私もあの子たちと一緒?」


 何とも答えずらい。

 千登世の表情は伺えないが、別に愉快な表情はしてないだろう。だって俺も愉快な顔してないもん。


「……まぁなんつうか、二人のはいっちゃ悪いけど仕事だったしな」

「また、身も蓋も無いわね」

「ま、事実だしな。別に今だって帰って良いなら帰るけど?……仕事じゃねえし」

「ダメよ。ぜったいにだめ」


 伊万里の事、千登世の事情、一姫さんに頼まれたから、別に理由を付けろって言われたら直ぐに幾らでも浮かんでくるけど、誤魔化し無しでと言われたら「彼女から逃げるのは、なんだかダメな気がした」としか言えない。

 ここまで足を突っ込むと決めて突っ込んでいるくせにこんな迂遠な言い方しかできないのが飯田郁真クオリティとも言える。


 千登世は巻き取っていた髪の毛から手を離し、俺の左手にそっと触れる。

 じわと皮膚と皮膚が触れ、熱を持つ。そのままくっと腕を引かれ千登世と目が合う。


「……仕事じゃないのに、来てくれるのね」

「あー、ま。そうだな」

「…………私の事好き?」

「嫌いじゃねーな」

「ずるい言い方。じゃあ私は郁真の特別?」

「太客だしな」

「ふふ、仕事じゃないのに来てくれるのに?」


 いやまあね、それ言われたら困るけど。

 伊万里の事もあるし勉強こそできるが、これ以上おれの小さな脳みそを圧迫しないでいただきたい。


「逃げんなって誰かに言われちゃったしな」

「……大儀ね」

「まぁ」

「ほんと嫌な女」


 千登世は伊万里の名前を出して、嫌な顔をしながらキッと睨みつけられて「そう言ってやるな」と言おうとしていたのに怖くて口を開けなかった。


「聞いたわ」

「ん」


 千登世の言葉には主語は無かったけれど、さすがの俺にも()を聞いたかなんてのは分かり切っている。

 少しばかり千登世の手に力が入るのを感じる。空いていた千登世の右手でネクタイをぐいと引かれ首元に苦しさを感じるがそのまま千登世の額と俺の額がぶつかる。


 ――ゴンッ


 なんて可愛らしくない音が響いて、俺と千登世の顔の距離なんてあってないような物になる。

 千登世が口を開く際に生じる微かな水音すら大きく聞こえるそんな距離だった。


「郁真。貴方は私の物よ、他の女の事考えないの」

「……わかったよ」


 じんじんと痛む額と言葉通り目と鼻の先の距離にある千登世の整った顔に、俺は身を引こうとするも千登世の力に俺が勝てるわけない。


 それが例え普通の女子中学生と変わらない力しか籠っていないとしても、だ。


「……ねぇ?キスしてもいい?」


 千登世はそう言って返事はいらねえ、とでも言うように乱暴に唇を重ねる。

 あんまりにも乱暴に唇を奪われ、勢いそのままに千登世の歯と俺の歯がカツと音を立てて当たり、下唇から血の味がした。


 どれほどそうしていただろうか、エレベーターの到着を知らせる甲高い音を聞いて、千登世はぱっと手を放して距離を取った。


「ここまで私にさせといて尻尾まくったら……殺すわ」

「……ワン」


 ツカツカと足早にエレベーターに乗り込む千登世の耳はそれはもう真っ赤に染まっていた。


 さて逃げるのはナシだ。


 血の味を味わいながら千登世に置いて行かれないよう、後に続く。


 きっと後ろを歩く俺の耳も千登世と同じ色なのだろう。





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