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逃げるのか?

 千登世が突如として家に泊まりに来て厄介ごとを持ち込むなんてイベントは有ったが、同じ部屋で夜を明かして次の日には千登世も幾らか落ち着いたのかいつもの様子で学校へと家を後にしてからは、仮初かもしれないが平和な時間が過ぎて言った。


「マジでどうしよう」


 平和?嘘です。

 結局木曜日になった所で役に立ちそうな作戦なんてものは一つも思い浮かばず、何一つ案が浮かばないまま木曜日の朝を迎えたことを知った時の俺の絶望感と言ったら……


 とはいえ思い浮かばないものはしょうがないし、学校が終わってから一人部屋の中で考えているうちに、壁に掛かった時計を見ると八時を回った時だった。


 どれだけ考えたところで結局千登世が流されてしまう光景がありありと浮かんでしまって、ここまで自分が役立たずだと思わされることは無かった。

 かと言って一姫さんの言う通りに千登世の食事会に着いて行くのも、「何しに来たんだ?死ね」みたいになりそうで怖いし……

 そもそも、当事者になるのは嫌だった。


「やだやだやだ!こーわーいー」


 実際案が一つも出せていない時点で、今俺に出来そうなことは一姫さんの言う通りに千登世に着いて行くしかない事は確定していて、その現実から目を逸らすように子供がダダをこねるみたいに情けない声を上げながら地団太を踏んでいると、携帯が震えた。


 連絡してきたのは、ランチに一緒に行ってから連絡を取っていなかった伊万里だった。


 携帯の画面表示されていたのは、これまで伊万里が俺を呼び出していた時と同じような文章と家から徒歩数分の位置にある公園の位置情報が添付されているだけの簡素なものだった。


 わざわざご丁寧にここに来いと言わんばかりの位置情報に果たし状かな?なんて思ってしまう。

 それなりに夜も深まった八時半、余り人が居ない公園。気に食わない人間を呼び出して囲むには絶好のコンディションだ。


 正直呼び出されて行って見たらムキムキの男たちに囲まれるなんてことにはなりはしないだろうと思ってはいるが、時間的にじゃあ行くかと瞬間的にはならない。


「今日じゃなきゃダメか?……っと」


 正直、明日に控える千登世の一大イベントを前に何の案も出せていない俺が伊万里と公園で楽しく話すってのも何だかなあと思ってしまったので返信した俺のメッセージは少し待ってみたところで既読はつかなかった。


「黙って来いってことかよ……」


 偶々携帯を見れていない事を考慮して電話を掛けてみたところで、繋がらない。

 これで放っておいてずっと待ってたのに……なんて事になったら申し訳ないし、別に公園もそこまで遠いわけでもないので、その辺に転がっていたパーカーを羽織って外に繰り出すことにする。


 ◇


 とてちてとてちてと夜道を歩くこと数分、伊万里に指定されていた公園にたどり着いた。

 軽く公園内を見渡してみると、真っ暗な公園の中でポツンと光を放つ自販機の前にあるベンチが何個か並んだ広間のようなところの一つのベンチに見覚えのある少女を見つけた。


「……なんだよ」

「あは、やっぱり来てくれた」


 伊万里の隣に腰を下ろして、そう声を掛けると、上着のポケットに手を入れて俯いていた伊万里は待ち人が来たことに気が付いたのか顔を上げてそう言った。


「やっぱりも何も、連絡だけして俺からの連絡はガン無視してるじゃん」

「だって先輩、話したら適当な理由付けて来てくれないでしょ?」


 伊万里は揶揄うように言う。

 まあ実際今この状況で 外に出るつもりも無かったから、伊万里と連絡が付いたいたらなんだかんだと理由を付けて断っていたと思うので完全に図星だった。


「そんなわけないだろ……で?どうしたんだよ急に」


 そんなわけある。

 適当に誤魔化したところで伊万里にはお見通しなのか、白けた視線が痛い。


「……いや、ほら私って先輩の事好きじゃん?」

「おーそうだな…………はい?」


 幻聴だろうか、伊万里が俺の事を好きといった気がする。

 あ~~っとOK多分揶揄ってるんだ。

 うん。


「LIKEとかじゃなくてLOVEじゃん?だから会いたいなぁって思って」


 LOVEじゃん?じゃあないよ。


「ちょ、ちょっと待て」

「……あに?」


 伊万里は俺に言葉を遮られたせいで少し不機嫌そうに、俺の瞳を覗き込んでくる。

 一先ず伊万里の言葉を止めることが出来たので、たった今言われた言葉を飲み込む為に目の前の自販機で適当な缶コーヒーを買って、もう一度伊万里の隣に腰を下ろす。


「……その?なんだ?……マジ?」


 カシュッという音を聞いてから一度コーヒーを口に含んでから再度確認するように、伊万里の方を向いて聞く。


「マジ」

「いつから?」

「……わかんない」

「えーっと、マジ?」

「マジだって」


 やけに唇が渇く。

 口に含んだコーヒーを飲み込んだところでこの状況が呑み込めるわけがなく、ただでさえ千登世の件があるのにこれ以上訳の分からんことにするなよ!と内心誰かに悪態をつく。


「へ、へ~ん?」


 とんでもなく情けない声が出た。


「いや?」

「……嫌、とかじゃ、ないんだけど」


 嫌とかじゃなくただ、お前の告白はこれで良いのか?と目の前の伊万里に言いたい。


「じゃあ、迷惑?」

「……そういうんじゃないけど」

「でも、先輩にとって迷惑とか関係ないよね?好きなんだもん」


 伊万里はそう言って俺の小指に小指を絡めてじっとりとした視線で顔を覗き込んでくる。


「……それとも、鷺森が良いの?私より?」


 鷺森と口にする事がよっぽど伊万里にとって許せないのか鷺森と口にすると同時に俺の小指が伊万里の手のひらに巻き込まれて痛みを知らせてくる。

 千登世だったら、折れてたな……じゃ、なくて、今はそんな事を考えている暇はない。


「なんでそうなるんだよ?これは俺と伊万里の話で、千登世は関係ないだろ」

「なら、良いんだけど」


 俺はやっと解放された小指を撫でながら、なんだかもじもじとしている伊万里を見て、どうしてこいつらは厄介ごとを持ってくるんだと、思わずには言われなかった。


 ただでさえ、千登世の食事会の話が明日に迫っている状況で、伊万里が俺の事を好き?どうすればいい、誰か教えて欲しい。


 とはいえ、おかしな告白だと笑って誤魔化すのは不誠実だし、はっきりと答えを出してあげるべきだ。と俺の心の中の誰かが言う。

 きっとそう言う関係にはなれない、と。


「その、な?今伊万里とそういう関係になるのは出来ない。ごめん」

「……っなんで?私の事嫌?」

「嫌とかじゃない。ただ今ちょっと色々立て込んでて、そういう事は考えられないていうか」

「……」


 言った。言ってしまった。

 女の子として、なんてのは今さっき初めて考えたことだけど、人として伊万里の事が嫌いなんてことは無いしむしろ好ましく思っているけど、今これを言うのは嫌だし、良くない事だと流石の俺も分かる。


 どうやってもなあなあで済ますことは出来ないし、結局こう返すしかできない。


 千登世の件で頭がパンクしかかっているのに、急に伝えられた伊万里の恋心に向き合えていないのは百も承知だ。


 だからずるいと思いつつも「今」と言った。


「……そっか」


 俺の返事を聞いてから、ずっと黙っていた伊万里は前髪を人差し指でとかしながら俯く。


「おう」


 俺は伊万里になんて言葉を掛ければいいのか分からず、ぶっきらぼうな相槌を打つことしかできない。


「~~っふう。すっきりしたっ。じゃあまた、先輩が落ち着いたらアタックかけることにするか~」


 伊万里が余りにもずっと俯いているので、何を言うのかと気まずさと不安を感じながら待っていると、伸びをしてから変に清々しい様子で、これまでの雰囲気が嘘のように明るく言った。


「……ふはっ!そうだな、そうしてくれ」


 俺は、その伊万里のあまりの変貌にキョトンとしてしまうが、やっと理解が追い付いてからつい笑ってしまった。


「先輩のお墨付きも貰えたし、今日はもう帰ろうかな」

「送るか?」

「良いって」


 ペタペタとサンダルの音を立てて離れていく伊万里の後ろ姿を見ていると、伊万里がピタと足を止めて俺の方に振り向く。


「……また、お仕事頼んでも良い?」

「おう、でもほどほどにしてくれよ」

「うんっ」


 俺の返事に満足したのか伊万里はそのまま公園から出て、見えなくなった。


 俺は伊万里が見えなくなったのを確認してから、手に持ったコーヒーを飲み干して自販機の隣に置かれたゴミ箱に缶を叩きこんで小さな舌打ちを漏らして公園を後にした。


 気のせいかもしれないけれど、私は勇気を出したのに、お前は今さら何を怖がっているんだ情けない!と言われている気がして、俺は結局ソレ一つしかないくせに逃げていたことから逃げることが出来なくなった。


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