孫氏曰く
「あぁ~もうっ!!」
私はそう一人で普段仕事をしている時にも出したことのないような情けない声を出しながらこれまで睨めっこしていた携帯を枕の隣に叩きつけて髪の毛が乱れるのも気にせず枕に顔を勢いよく埋めて声にならない呻き声を上げる。
私がこんなに困っているのは他でもない、数日前に先輩こと飯田郁真という諸悪の根源とランチに行った時からだ。
そもそも、ここまで他人に情緒を乱されているのは自分でも柄じゃないとは思うが、あの人はいっつも私が揶揄ったり誘惑したところでそっけない態度をとるくせにあの日は変に真っすぐ私の目を見つめて真面目な様子で言ったのだ。
「私の事なんてほんとは興味ないくせに……」
そんな一人事を漏らすぐらいには今の私はテンパっている。
いやいや興味?良いからそう言うの!そもそも、一応人気アイドルやらせてもらっているからして?あんな冴えない普通の高校生の先輩に私が心を乱されているってなんの冗談?
イケメン俳優だったり、有名アイドルにだって連絡先を聞かれているわけで、ちょっと真剣に見つめられながら言葉を掛けられただけでこうなるってのはおかしな話だ。多分。
まあ?イケメン俳優や有名アイドルとは言っても普通に私と比べたら何歳も年上なのでどんなロリコンだよと馬鹿にはしていたが。
だからと言って歳の近いだけで最初は棗さんの事件で上手い事やった人が居るってことでただの好奇心でお願いした、必要もない護衛なんて物にこうして一喜一憂させられている私ってどうなの?
「……いま、何してるんだろ」
何て内心思いつつも叩きつけた携帯を手に取って、青白く光る液晶画面に映る飯田郁真という文字をなぞりながら、そんな独り言を漏らす程度には手遅れなのも自覚せざるをえない。
この、今をときめく最強アイドルであるこの私からのありがたい連絡にすら、一言二言でほぼ単語しか返ってこないメッセージ履歴を見て多少のイラつきを感じながらもニマニマと頬が緩む。
実際、あの日からあまり連絡も返せていないし、今何してる?なんて聞くのもそこまで可笑しな話じゃあないんじゃないかと誰に言い訳しているかも分からないような事がポンポンと脳内に浮かんでくる。
けれど、今何してる?なんて平日の夜に連絡するなんて、まるで私が先輩の事が大好きみたいじゃないかと心のどこかで言う自分がいる。
とは言え、あの人はどうせ自分から連絡しない限り仕事以外で自主的に私に連絡をしてくれたことなんて一度もないし、自分からするべきだろうか?いや、でも、どうせ私からの仕事の依頼がないってことは鷺森に付きっ切りだろうし、夜に急に私から連絡したからってウザがられるだろうか?
「ぅ~~」
先輩の連絡先の画面を見つめながら、うだうだと考えていたが何かが邪魔して人差し指が動かない情けなさに、こんなはずじゃないのにといいたくなる。
ばたばたとベッドの上でバタ足をしながら完全な逆恨みのような感情を先輩に向ける。
「そもそも、こんなに可愛い私がいるのに、鷺森なんかばっかり大事にしてる先輩もどうかと思うんです」
飯田郁真という文字の羅列にそんな恨み言を漏らしたところで誰も居ない部屋で私に返事をしてくれる人は居らず余計に腹が立つ。
「最初だって、私みたいなのを怖がりもしない人が居た!なんてぬか喜びさせるし……」
「キラキラした顔でアイドルの私を見てたくせに、どんなに誘惑しても釣られないし、絶対鷺森なんかより私のが良いはずなのに……」
何だか愚痴っているうちにだんだん腹が立ってきた。
あの先輩のぶすっとした表情を少しでも私LOVEな感じに出来たらどれほど心地よいだろうかと、伊万里の方がなんて聞けたらきっと私は変になるんだろう。
「いや!大好きかよ!」
余りにも思考が取っ散らかっているせいでつい自分で自分にツッコんでしまった。
けれど、どれだけお茶らけて見せようとしても、初めて先輩と話してからずうっと私の頭の中には飯田郁真という憎き男が居座っているのも本当だった。
最初は好奇心だったが……最初に異性として意識したのは何時からだっただろうか、あのライブで勘弁してくれと言っているようなゆるっとした笑みを見た時だろうか?いや、きっと今思えば最初出会ったときから少しは意識していたかもしれない。
ここまで私の心を乱しておいて、あの先輩が何食わぬ顔をして鷺森とくっつくところを想像するだけで腸が煮えくり返る。
私が、私を、私じゃ
少し考えただけで黒い思考が滲む。
「いやいや柄じゃないって、うん。私は何時でも可愛くいなきゃ」
なんの得にもならない妄想を頭を振って頭から追い出す。
先輩は誰のものでもないし、最終的に私の物になればいいと思うし、今ここで自分勝手な妄想とは言え先輩が誰かとなんて妄想するのは精神衛生上良くない。
どうせ鷺森みたいなのは不器用すぎて結局気持ちを伝えきれなくて、なあなあのまま関係が進んで、先輩が大学とかで忙しくなったらあんまり会えなくなって、疎遠になるタイプだ。
なんだかんだ優しくて束縛なんて出来なくて、私みたいなジメジメした執着まみれの女に横から奪われる定めの子だ。
「……じゃないとやってらんないって」
どんな恋愛模様だろうとも先に出会った方が結ばれるなんてことになったら、恋愛は何て陳腐なのだろうと厭世家にだってなってやろう。
とはいえ先輩は妙に鷺森に恩を感じてる節があるし、悔しいが私の事なんてよく揶揄ってくる超絶可愛い宇宙的美少女ぐらいにしか思っていないはずだ。
「結局、先に行動した方がいいって偉い人も言ってたしね」
うだうだと考えては居たものの、結局結論に至ってしまえば簡単な事だ、私はずっと眺めていた連絡先に一文だけ送って、相手からの返信なんて待たず少しでも可愛いと思ってもらえるようにと準備に勤しむのだ。
好きな人にはいつでも可愛いと思われたい。なんて当たり前の事を叶える為に。




