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お休みなさい

 一姫さんが風呂場に入っていくのを見届けてから俺は、これからの事を改めて考えていた。


 今も母さんとわちゃわちゃと話している千登世は少し色々とありすぎたせいか、ちょっと役に立ちそうにも無いし、頼みの綱の一姫さんもいまいち要領を得ない事を言っているし、千登世にも一姫さんにも「何とかする」と言った手前少しは役に立ちそうな案を今の内に出しておくべきだろう。


 簡単に状況を整理するために、今の時点で分かっている事を脳内に連ねてみる。


 まず、事の発端は千登世が父親から食事会に誘われたことだ。

 その食事会に一姫さんから聞いた限り、父親とお爺さんからの多少の打算が含まれた人物の紹介が付随している事。

 まあ、千登世の家柄を鑑みるとソレ自体は()()ことでもないのだろう。


 ただ、多少の打算が含まれているとは言え、一姫さんやこれまでの千登世の口ぶり的に千登世の父親も強制的に二人をくっつけようとしているわけでは無く、千登世本人が一度断れば簡単に済む話だとは思う。


 問題は千登世本人の気性と父親との関係性的になあなあで受け入れてしまいそうな気がすると言う事。


 そして、大好きな父親との食事会を前にして、普通の女の子に比べれば圧倒的にしっかりとしている千登世とはいえまだ中学生であることを思うとしょうがない事ではあるが、どうすれば良いのか分からなくなって今こうして俺の家に転がり込んできているという事だ。


 いや、改めてどうすっかね……


 俺は脳内で整理したところで明らかに俺の身に余る問題に、つい頭を抱えてしまいそうになる。


 今日一姫さんにさんざん言われた俺が食事会に顔を出すという案もいまいちどんな効果があるのか分からないし、俺自身そこまで顔を突っ込むと当事者の一人になってしまいそうで、気軽に「ほじゃ行きますわ」とも言えない。というか言いたくない。


 一先ずの目標としては、千登世が父親との食事会に顔を出し、父親から紹介される人にやんわりとそのつもりは無いと言ってくれればいい話だと思うのだが……


 それが出来るようならここまで困っていない訳で。


 幾ら考えたところで、妙案が出るわけもなく堂々巡りする思考に幾ばくかのストレスを感じ、つい、カツカツ爪が机にあたり音を立てる。


「空いたぞ」

「……あぁ、はい……っぷ」

「笑うな」


 結局なんのためにもならなかった思考は風呂に入っていたはずの一姫さんの声で遮られた。

 俺は一姫さんに声を掛けられたことで、思ったよりも思考の海に溺れていて時間が過ぎる速さに驚くと共に、自分で渡したパジャマを見事?に着こなしている一姫さんが余りにも普段のスーツ姿との違いに噴出してしまった。


 仮面こそすれ、野生の獣もかくやといった一姫さんの体を俺には非常に見覚えのあるグレーのスウェットで隠した少し不機嫌そうな一姫さんは十分に俺の笑いのツボを刺激していた。


 とはいえ、釘を刺されているのにも関わらずクスクスと笑っていると一姫さんが直接的に攻撃してきそうなので大人しく口を噤んで出来るだけ一姫さんを視界に入れないように目を逸らしながら俺も風呂場に向かうために腰を上げる。


「あら、一姫意外と似合っているわね?」

「……やめてください」

「はい!はい!お母さんも似合ってると思いま~す」


「……」


 話していた二人も俺が立ち上がった事で一姫さんに気が付いたのか少し茶化すように言う物だから、一姫さんが、不満を口に出す事は無いが極めて釈然としない様子で口を噤んでいるのが分かってしまって、また吹き出しそうになってしまう口を手のひらで抑えながら風呂場のドアを開けた。


 俺も好き好んでカリカリしている獣にちょっかいを出す趣味は無いのだ。


 まあその後は適当に風呂に入って、俺が風呂場から出てきた時には完全に寝る準備が完成していた。


 布団の配置は先ほど話を付けた通り、俺の寝る場所である掛布団が敷かれた一角と、母さんと千登世が寝る普通の布団、一姫さん用の申し訳程度の座布団が置かれただけのTHE応急処置だ。


「それじゃあ皆明日も早いしお休み~」


 まあ文句を言うつもりも無いし、俺と千登世は学校、母さんと一姫さんは仕事と、無為に時間を使うのも憚られるので皆がそそくさと自分に割り振られた場所で体を休める。

 母さんの掛け声で部屋の電気が消されて真っ暗になった部屋で俺はやっと今日が終わると安堵した。


 突如として舞い込んできた千登世と厄介ごとのせいで休みのはずなのにやけに疲れた。


 目を瞑っても千登世から持ち込まれた問題がちらついて直ぐには眠れず、カーテンと窓の隙間から差し込む月明かりをぼんやりと眺めていると、母さんの寝息が聞こえてきた。


 散々千登世に絡んでおいて、いち早く寝る辺り自分勝手というか、奔放というか……


「……ねえ、郁真。起きてる?」


 母さんに内心呆れていると、かすかな身じろぎの音と共に千登世が小さな声で話しかけてきた。


「起きてるぞ」

「郁真は、私が結婚したら困る?」


 背を向けたままの俺に返ってきた千登世の少し震えた声を聴いて、あぁなんだ理解はしてるんだ……と何処か他人事のように思った。


「……まぁ正直、そんな困らないだろうなぁ」

「最低」


 千登世は少し笑って言う。

 仮に父親から紹介された人と千登世が結婚するということになっても、千登世はまだ15歳だし、最速でも三年は婚約ということになるだろうし、三年も経てばきっとかなりの貯金も出来ているだろうから、大学の学費等で困ることも無いので実際問題そこまで困らないのが正直な俺の気持ちだった。


「郁真って最初から変よね」

「それを言ったら、その変な俺の事を雇った千登世も変だろ」

「ふふっ。それもそうね」


 今考えてみたら、実際俺と千登世の出会い方でこうして珍奇な関係が続いているのはどんな確率だと言いたくなる。


「食事会、どうすれば良いのかしらね」

「……どうすれば良いんだろうな」


 どうすれば良いのかなんて俺も分からないし、分かってたらここまで困っていない。

 結局千登世に聞かれたことにはっきりとした答えを返すことも出来ずに、会話が途切れる。


「その郁真は、私の事……」

「おう」


「……っぁ。明日も早いし寝るわ、お休みなさい」

「……おう、お休み」


 会話が途切れたまま、いくらか経ちぽそりと呟いて言葉に詰まった千登世に相槌を打つが、その相槌に千登世から続きの言葉が返ってくることは無く、吐息交じりの声にならない声を漏らしてから何かを誤魔化すようにただ一言そう言った。


 きっとこれ以上千登世から何か声が掛かることも無いだろうし、軽く寝返りを打って時計が刻む音を聞きながら、食事会の事を考えているうちにどんどんと意識が薄れ、眠りに落ちた。


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