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猫かぶりがお上手

「そういえば、お布団二人分しかないけど、どうする~?」


 母さんの言葉通り、適当に話していると三十分程度でそれなりの量の寿司が家に届けられ、大半は千登世がいることでテンションのあがった母さんのせいで非常ににぎやかな夕飯を済ませた俺達は母さんの一言で新たな問題に直面した。


 まあ最悪俺は掛布団でも敷いて、母さんと千登世が二人で寝ればいいが、一姫さんに至っては一般的な女性と比べてもかなり大柄だし、普段俺が寝ている布団と母さんの布団を隣合わせにしたとしても三人で寝るのは厳しいだろう。


「私は座って寝るので沙月さんは千登世と一緒に寝てください」


 そう考えていると、一姫さんが願ったりかなったりの提案をしてくれたので俺も一姫さんに続く。


「俺も掛布団一枚もらえればそれで寝る、もうそんなに寒くないし」

「……もしあれだったら、一姫に買ってきてもらいますけど」

「いや普通に今日の為だけに布団買うのはもったいないだろ」

「まあそうだよね~」


 千登世は少し申し訳なさそうに言うが、どうせ二人が帰ったら家は母さんと二人しかいないのだし、そこまでするのも勿体ない気がする。なんだかんだ節制家の母さんも同意のようで結局千登世と母さん、座って一姫さん、俺は掛布団ということで話は落ち着いた。


 なんだかんだ夕食等でいつの間にか時間が遅くなっていたのでせかせかと布団を用意する母さんを手伝おうとしたときにふと思ったことが有った。


「てか、寝るのはそれでいいとして、千登世と一姫さん風呂は?」

「……あ」

「忘れてたのかよ……」


 千登世は今初めて気が付いたようで、はっとした様子で一言だけ漏らす。


「まあ、俺も母さんもまだ入って無いし、これから沸かすわ。母さん二人にパジャマ貸してあげて」

「良いけど~千登世ちゃんは良いとしても、一姫さんはお母さんのじゃ丈がね~」

「……私の事は構わないでください、このままで大丈夫ですので」

「でもスーツしわになっちゃうよ~いっくんが貸してあげなよ」

「俺は良いけどさ……ねえ?」

「……やむを得ん」


 別に貸すのは良いが、男の普段きているパジャマを貸すというのはなあ、と思ったがこの状況で一姫さんも嫌と言いずらいのか俺は一姫さんと何ともいえない微妙な表情で視線を送り合っていると、一姫さんは一言発してから頷く。


「それじゃあ取り敢えず、千登世ちゃんは私と一緒に入ろ~、その次一姫さんで、いっくんは最後~」

「二人で入れるほど家の風呂でかくないだろ」

「まあ細かい事はいいじゃんね~。ね?千登世ちゃんは嫌?」

「い、嫌じゃないです」

「ほら~」


「はいはい、お好きにどうぞ」


 したり顔でこちらを見てくる母さんの相手をするのが面倒くさいのもあるが、母さんを前にするといつもの調子が出ないのか、借りてきた猫のようにおとなしい千登世に何とも言えない感情を得ながら、取り敢えず風呂を沸かすために俺は浴室に向かった。


 ◇


 風呂が沸いたことを知らせる音楽が流れ、先ほどまで大人しかった母さんがバッと音を立てて立ち上がり言う。


「それじゃあ、お母さんと千登世ちゃんはお風呂に入ります!いっくん覗いちゃだめだよ~」

「覗かねえよ」


 母さんの質の悪い冗談に多少イラつきながら俺がしっしっと手のひらを振ると、母さんは千登世の手を引いて風呂場へと向かって行った。


「覗くなよ」


 二人の姿が見えなくなったことで安心して肩を落としていると、首元に金属の冷たさを感じると同時に一姫さんにドスの効いた声で脅される。


「しませんて、出来るはずもない」

「するなら、それ相応の手順を踏めよ」


 そう言って一姫さんはナイフのようなものを懐に収める。それ相応の手順とは、と聞きたくなるがどうせ藪蛇になるので辞めておこう。

 母さんが居なくなってから直ぐこれだ、主従二人揃って猫かぶりの上手い事。


「というか、そもそも気になってたんですけど、なんで今日俺の家に来たんですか?ほら棗さんとかも居るのに」

「千登世は余り雀宮に迷惑を掛けたくないらしい」

「飯田への迷惑は良いのね……」

「迷惑を掛けれるほど信頼されているという事だろう」

「友達じゃなくて仕事相手に迷惑をかけるのも何だかなぁですが」

「はあ……」

「なぜにため息」


 一姫さんは俺に対する呆れを大いに含んだため息を漏らして俺から離れていく。


「お前がそんなんだから、私は困るんだ」

「だったらはっきり言えばいいでしょうに、千登世みたいにぼかして言われても分からないですよ」

「言えたら言っている、だから困っているんだ」


 むすっとした様子の一姫さんに言われ、少し考えてみるも答えは分からない。

 首を傾げている俺を見て一姫さんは呆れたようにため息を漏らす。


「はあ……」

「なんなんですか、本当に……」


 やけに一姫さんは、俺を千登世と一緒に行動させたがっているのは流石の俺でも分かるが、それをしたところで意味があるのかと聞かれると俺には分からない。


 協力すると言った手前、出来るだけ協力するつもりではあるが、どうしようも無くなった場合はやけに自信のある一姫さんの言う提案に乗るのはやぶさかではないが。


 それは本当に最後の手段にしたい。


 家族間の話に他人が土足で踏み入って上手くいく気がしないのもあるが、俺が間に入ることで必然的に当事者の一人にさせられるのが怖いのだ。


 正直千登世はもう怖くないが、鷺森は怖いし、それと関わるのも正直言えば嫌だ。


 かと言って千登世の為にそこまでする覚悟がないのも申し訳ないと思ってしまう。


「何とかなるようにしますよ、俺が鷺森と直接関わらなくても良いように」

「またそれか……私としてはさっさと覚悟を決めて欲しいのだが」


 一姫さんはやや釈然としない様子だが、多少は納得してくれたのか取り敢えずは俺に任してくれるようだ。


「そもそも一姫さんは千登世の手助けはしないんですか?」

「……見守るだけだ、私は」

「さいですか」


 一姫さんはいつものスタンスを崩すつもりは無いみたいだ。


「とにかく、どうにかできないか考えて入るので、一姫さんのは最後の手段ってことで」

「ああ、分かった。千登世を頼むぞ」

「出来るだけのことはしますよ」


「一姫さん~!そろそろいいよ~!」


 丁度一姫さんとの話がひと段落着くと同時に浴室の方から母さんの声が聞こえてくる。


「ですって」

「ああ」


 一姫さんにまだあんまり着ていない比較的新しいパジャマを渡すと、一姫さんは風呂場の方へと歩いて行った。



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