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何度でも言うとも

 父親との食事会をすっぽかしたことが少し応えているのか、心細さを感じているようで普段よりも弱った様子の千登世に呼ばれ、家の外で話していた俺と一姫さんが部屋の中に戻ってからも、引き続き来週の金曜日に変わった問題の食事会に着いて千登世と色々と話しては見るものの、たかが少しばかり勉強のできる程度の俺では直ぐに問題の解決になるような回答を用意することは出来なかった。


「やっぱりさ、俺達だけで話してても解決できるわけないって」

「……それもそうだけど、棗の時だって郁真が何とかしてあげたんでしょう?コレもどうにかして頂戴」

「そんなこと言ったってよぉ」


 千登世はむすっとした様子で俺の顔を覗き込んでくるが、何と言われようと解決策がポンポンと出るほど、今の状況は余りにも俺の手に余るわけで。


 期待を込めた千登世の目線から逃れるように俺は目を逸らしてポリポリと頭を掻きながら、助けを求めるように一姫さんに目線を向けてみるも、顔を逸らされた。

 さっき外で話していた時の饒舌さは嘘のように完全に一姫さんは傍観者に徹するようだ。


「ただいま~」


 役に立たない一姫さんに恨みを込めた目線を送っていると、ただでさえ厄介なこの状況をさらに混乱させる人物の声が玄関から聞こえてくる。


「いっくん誰か遊びに来てるの~?ひょっとしてお母さん邪魔しちゃってる感じ?」


 仕事終わりに買い物をしてきたのか、ガサガサとビニール袋の音を立てながら玄関に置いてある千登世と一姫さんの靴に気が付いた母さんは玄関にある靴が二人の物だとは分からなかったようで余計なお世話だ!と言いたくなる言葉を発しながら居間に向かってくる。


「……その、お母さん一時間ぐらい外にいたほうが良いかしら?」


 母さんは居間に顔を覗かせて俺と千登世がちゃぶ台を挟んで座っている様子を見て、わざとらしく手に持ったビニール袋をドサッと音を立てて落とし、半ば揶揄うように首を傾げながら言った。


「お邪魔してます……ただ、その余計なお世話と言いますか」

「母さん……恥ずかしいから、あんまりふざけないで」

「なによ~もう!二人してつまらないの」

「いや、結構ふざけてる暇ない感じなんだよ……とりあえず説明するから座ってくれ」

「はいはい分かりましたよ~」


 母さんのおふざけに少し気まずそうに千登世は苦笑いを浮かべながら軽く母さんに挨拶を返していたので、俺も身内の恥をこれ以上晒すまい、といつの間にか連絡先を交換しているほどのお気に入りの千登世が家に居ることで幾らかテンションの上がった母さんを宥めながら取り敢えず座布団に座らせることにした。


 ◇


「結構大事だった……」

「だから言ったろ」


 どうにか母さんを座らせてから、軽く今ここに千登世と一姫さんがいる事の説明を済ませると、母さんはぽっかりと空いた口を隠すように手のひらを口に当てた。


「まあ、そういうわけで千登世が取り合えず今日泊めて欲しいってよ」

「良いよ!」

「……早えな」


 何となく分かっていたことではあるが即答で承諾されてしまう。


「その、出来るだけご迷惑をお掛けしないようにしますので」

「いいよ~そんなにかしこまらないで!ああでも、二人の分のご飯無いなぁ、もう買い物してきちゃったし……出前でも頼む?」


 この人はどこまで千登世を甘やかすつもりなのか、今まで育ててもらって「割高だから」と片手で数えられるほどの回数しか頼んだことのない出前を取ると言い出す。


「割高なんじゃないのかよ?」

「いいのいいの!ほら、千登世ちゃんが初めて家に来てくれたんだし」


 俺のほんのちょっとの抵抗は直ぐに流されてしまって、母さんは千登世と楽しそうに話ながら携帯で出前を頼める店を探しながらああでもないこうでもないと探し始めてしまって俺はため息が漏れてしまった。


「案外似てないな」

「さいですか……」


 お前は幾つだ、と千登世ときゃいきゃい言いながらデリバリーを頼んでいる母さんを見て肩を落としていると一姫さんがいつの間にか隣に立って話しかけてきた。


 そう言えば退院の日は送迎こそしてくれたが、一姫さんは母さんと直接話してはいなかった。

 現状の説明の際に軽く一姫さんも母さんと話していたが、その時の会話と千登世と話している母さんを見ながら普段の俺と比べてあまり似ていない事に違和感を感じたのだろうか?


「ただ、沙月さんが来てくれたおかげで幾らか千登世も明るい顔になった」

「……あの人、愛嬌だけで世渡りしてる節ありますからね」

「それで言ったらある意味似ているのかもな、郁真も上手い事やっているし」

「さいで」


 相変わらず二人だと変に饒舌だな。


「どうだ?金曜千登世に着いて行く気が湧いたか?」

「それ、さっき断りましたよね?」

「実際それが一番いいはずだ」

「……他人が家庭事情にしゃしゃり出て何ができると?」

「お前は千登世にとって他人か?」

「そうでしょうとも」


 何度一姫さんに言われようと、千登世と父親の間に俺がしゃしゃり出るつもりは無いし、仮にそれをしたところでただ事態をややこしくするだけで何かできる気は無い。

 むしろどうしてここまで一姫さんが一緒に行けと俺に言うのだろう。


「……まあ、いい。ただ私は何度でも言うぞ?お前が行けばきっと丸く収まる」

「何度でも言いますが、僕は行きませんよ。何もできないので」


 俺に出来る事なんて、適当な案を出す事ぐらいだろう。

 無論、今千登世が置かれている状況が仮に伊万里が当事者であるのなら、それは嫌だと軽く切り捨てるだけの簡単な話なのだ。


 その簡単な話を千登世が出来るのか、というのが問題なだけだ。


 一姫さんは俺の表情をジッと仮面越しに覗き込んで、呆れたようにため息を漏らして半ば定位置になっている部屋の隅に戻っていった。


「いっくん、お寿司だよ!」

「寿司になったんだ」


 いまいち一姫さんが何を考えてここまで俺に一緒に行けと言い続けるのかは分からないが、取り敢えず相談が終わったのか、母さんは俺の肩を掴んでグラグラと揺らしてくるので取り敢えず一姫さんとの話は置いておくことにする。



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