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きっと間違ってない。

 

「粗茶ですが」

「お構いなく。……そうね、何から話そうかしら」


 家には鷺森家にあるようなコーヒーを淹れる道具もインスタントコーヒーすらないので湯飲みに適当なお茶を淹れてちゃぶ台に急須と一緒にお盆に乗せながら、そんなテンプレートな言葉を言った。

 千登世も別に、わざわざ「コーヒーを淹れなさいよ!」というほど理不尽でもないので、目の前に置かれた湯飲みに口を付け唇を湿らしてから話を切り出した。


「郁真、貴方も何となく家の事は鬼頭から知らされているでしょう?」

「まあ、な」


 確かに千登世の護衛をする事になるときに、簡単な説明は受けていたし、携帯を手に入れてからは暇なときに何となく調べて鷺森という名がどれほど大きい物なのかはそれなりに理解していた。

 けれど、千登世と関わるにつれて家が鷺森というだけで、千登世自身にはそこまで意味も無く嫌悪するほどの事は無いというのも理解していた。


 ただ、鷺森と呼ばれることすら嫌悪している節がある千登世が、わざわざ家に来た理由という所に鷺森の名を出したということで、どうにも不穏なモノを感じてしまう。


「お爺様や、お父様が……」

「ちょっと待て、それは俺が聞いていい話なのか?」


 千登世が言ったお爺様、お父様という言葉に普段であれば千登世の割に可愛らしい呼び方をしてるんだな、なんて茶化すところだが、なんだかんだ理知的な千登世が連絡も無しに家に押しかけているというこの状況下で、かの鷺森の王であるお爺様、その補佐をしているお父様の話が出た時点で、きな臭さが限界突破していた。


 これ以上聞いてしまうと逃げられない気がして無理やりにでも千登世の言葉を遮るしかなかった。


「そんなに心配しなくてもいいわ。別に私は鷺森が所属している界隈は嫌っているけれど、お爺様やお父様を嫌っているわけでは無いもの。……そもそもあの家で一人でいるのも二人が私が鷺森周辺と関わりたくないってことを汲んでくれているからよ」


 これまで千登世と関わってきてここまで、プライベートなことを千登世の口から聞くのは初めてで本当に今回の事が千登世のいつも隠しているナニカに触れているのだと勘繰ってしまう。


「ならいいけど、荒事にはならないってことで良いか?」

「そうね」


 取り敢えずは千登世から言質が取れたことで少しは緊張の糸が緩む。

 緊張からか、唇の皮が引きつるのを感じ俺も湯飲みに口を付けて取り敢えず一呼吸置くことにする。


「さっきの話に戻るけれど、私は最初から鷺森の一員になる気は無いのよ。それは二人にも言っているし、それもあってあの家に住んでるのよ」


 きっと千登世の言う、鷺森というのは鷺森家というわけでは無く、鷺森に連なる所謂ヤの付く関係の仕事の事だろう。

 千登世が言うにはお爺様やお父様の事は嫌っているわけでは無く、別に仲が悪いわけでは無いのだろう。


 ここにきて明らかになる千登世の家族との関係を整理しながらそう思う。


「それで?」

「……元からおいおい鷺森家からは離れるつもりだったのよ、別に家から出たところで一生二人に会えない訳でもないのだし」


 千登世の表情を見るに今の言葉が薄っすらと本題に触れているようだが、いまいち要領を得ない。

 それが敢えてぼかしているのか、単純に俺の察しが悪いのかは分からないが、とにかく千登世は鷺森家から出るつもりなのだと言った。


「それで少し前から、お父様から連絡が来ていて、今度知り合いと一緒に食事でもどうかって」


 何故かすごく嫌そうな顔を浮かべながら千登世は言う。


「おう、いいじゃねえの?あんまり父親とも会えてないんだろ?」


 千登世が何で父親と飯に行くことにそこまで嫌悪感を抱いているのかは分からないが、俺が護衛を初めてから千登世が父親と会っているのは見たことも無いし、連絡を取っているのも初耳だ。

 勿論俺が知らないうちに会っていても不思議ではないが、あからさまなまでにここ最近様子の可笑しい千登世を見てきたので、きっと今回が初めてなのだろう。


「……はあ。郁真って勉強はできる癖に色々と残念だったことを忘れていたわ」


 千登世は呆れた様子で、凝り固まった眉間をため息と共にほぐしながら言う。


「……別に父親と仲が悪くないなら飯に行くのは良い事じゃないのかよ」

「別に私だってお父様とご飯に行くのは嫌じゃないけれど、私はお父様が()()()()と一緒にどうかって聞いてきたって言ったのよ?」


 知り合いとという所をわざわざ分かりやすいぐらいに強調して言われたことで、千登世はその父親の知り合いが気に食わないということまでは分かるが、どうにも思い当たらない。


「そのなんだ?よくわからねえけど、嫌なら行かなきゃいいんじゃないのか?」

「それは……駄目よ、お父様の顔を潰すことになるじゃない」

「……それもそうか。てかそもそも、その食事会はいつなんだ?それが分からん限りどうしようも無くないか?」


「……今日の……十九時」


 俺の言葉を聞いて千登世は悪戯をして怒られる前の犬のように顔を逸らしながらギリギリ聞き取れるぐらいの、か細い声で言った。


 まず、千登世の口から今日と漏れた時点で俺はバッと音がなるほど首を時計に向けて時間を確認する。


「――父親の顔潰してるじゃねえか」


 時計を確認すると既に十八時半を超えてそろそろ四十分に差し掛かっており、どこで食事をするのかは知らないが、少なくとも今から用意をして一姫さんに送ってもらったところで、とても間に合うような時間ではないだろう。


 ここで初めて、千果が一姫さんの知り合いに預けられた訳と、千登世が家に荷物を持って急に押しかけてきた意味が分かってきた。

 きっと千登世自身色々と考えすぎて自分でもよく分からないままに家に逃げて来たのだろう。


「……うるさい!うるさい……うるさい、郁真何とかしてよぉ」


 まるで子供のようにダダをこねる千登世という想像したことすらない状況に、ぎょっとしながらもそう言えば千登世も中学生だったな、と何処か安心している自分がいた。

 父親の事だったり、良く分からないままの父親の知り合いとやらだの色々と原因はあるだろうが、半泣きでちゃぶ台に顔を埋める千登世の姿に先ほどまでのいつも通りの姿は強がりで、実は結構限界だったのだろう。


 それでもこの目の前でぐずついている少女に今まで助けられ続けてきた身としては、形ばかりの護衛だろうが関係なしに、どうにかして力になりたいと思うのは、きっと間違った事ではないだろう。


 問題は、俺が千登世の説明だけではこの件のすべてを察すことが出来ていないという事と、もうすでに時間がないということだ。


「取り敢えず、千登世は父親に今日は具合が悪くてってまた後日にしてもらえ、バックレるのは流石にまずいだろ?」

「……うん」


 俺がそう言うと千登世はちゃぶ台に埋めていた顔を少しだけ上げて、のろのろと携帯を取り出して父親に連絡を送り始めた。


「……さてと。一姫さん?ちょっとマジでさっきの説明だと理解できてないので、俺にも分かるように教えてください」


 携帯に集中し始めた千登世を横目に腰を上げ、ずっと千登世の後ろで控えていた一姫さんに手招きをするとすぐに一姫さんは俺の方へと来てくれたので、取り敢えず小声で今回の件の全容を俺にも分かるように説明をしてもらうように頼むと一姫さんは肩を落として俺を見下ろしながら言った。


「……お前は頼りになるのかならないのか、良く分からないな……」

「いや、これに関しては俺だけが悪いだけじゃあないでしょうに、千登世も変にぼかすから分かりずらいんですよ」

「はあ……まあいい、取り敢えず教えてやるから……」



 一姫さんはそう言って、玄関の扉を親指で刺しながら歩いて行くので俺はそれに着いていく。

 わざわざ千登世がぼかして説明したということは俺に知られたくないような事なのだろうが、俺も理解できないまま首を突っ込んで滅茶苦茶にしたいわけでは無いので、一姫さんと二人きりで詳しい話を聞くのは願ったり叶ったりではあった。

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