いつの間に
つかつかと居間まで足を運んだ千登世はきょろきょろと部屋の中を見渡すが。首を半周させるだけで俺の家はとても簡単に全貌を拝むことが出来る。
別にそのことに劣等感なんて物は持ち合わせても無いし、この家で女で一つ体を壊すまでひたむきに俺を育ててくれた母さんに対しては感謝しかない。
ただ、この部屋なんて一室しかない我が家に比べて何倍という規模の家に一姫さんを除けば、千果が来るまでは血のつながった人は居らず、一人で過ごしてきた千登世にはどのように見えるのかと思うと、少し居心地が悪かった。
「狭いわね」
勝手に居心地の悪さを感じていた俺が何と言おうかと言葉を選んでいると、千登世はいまいち心情の察することのできない表情を浮かべて呟いた。
「良いだろ別に」
「……貶してるわけじゃないわ、ただ……」
千登世はこれまでの表情とは裏腹にどこか羨ましいものを見るように目を細めて、口の中でもごもごと舌を転がしている。
「沙月さんと郁真がここで生活してるんだなあって思ったのよ」
千登世にしてはしおらしい感想ではあるものの、ここ最近の千登世の様子がどうにも可笑しいのはこの今現在の状況が証明しているので、別にその感想もこの狭い家がここ最近可笑しい千登世の琴線に触れたのだろう。
「てか、千登世なんで俺の母さんの名前知ってるんだよ?退院の時母さん自分の名前言ってたっけ?」
「あら?言って無かったかしら?あの時沙月さんと連絡先交換して、それから偶に連絡とってるのよ」
いつの間に、何やってるんだよ母さん……
サラリと俺にとってはそれなりに衝撃的なことを千登世は告白したが、きっと母さんが無理やり千登世と連絡先を交換したに違いない。
母さんは良くも悪くも無神経というか遠慮がないところがあるので、いつの間にか千登世と連絡先を交換していても別に不思議ではない。
ただ、恐ろしいのは千登世が母さんと連絡を取り合っているということだ。
「因みに、どんな話するんだよ」
「ん?郁真がちゃんと仕事してるのかとか、普通に世間話とかよ。それ以外に何かある?」
「なんで急に早口なんだよ」
「……うるさいわね、黙りなさい」
「へいへい」
何か誤魔化すように早口でペラペラと言葉を連ねる千登世を訝しみながらも、いちどぴしゃりとラインを定めた千登世がこれ以上話すことも無いだろうし、俺はため息を漏らしてから押し入れにしまってある座布団を千登世と一姫さんの分二つを引っ張りだして適当にちゃぶ台の周りに並べる。
「その、なんだ取り敢えず座れ。そんでなんで家に来たのか説明してくれ」
「そうね、一応迷惑をかけるわけだし」
「郁真私の分は要らないぞ」
「はいな」
流石の千登世も訳も分からないまま、飯田家に転がり込もうとは思っていないようで、思いのほか素直に俺の言った通り説明をしてくれるようで、妙に様になった様子で座布団に腰を下ろす。
そう言えばコイツ裏の家系ではあるもののご令嬢だったな、なんていつもはソファーに座っている姿しか見たことが無かったのでこうして和風の座布団に腰を下ろす事すら絵になることに幾ばくの感心を覚えた。
「話してもいいかしら?」
一姫さんは座らないようなので、並べた座布団の内一枚を押し入れに押し込んでいる俺にそう千登世が話かけてくる。
「茶ぐらいださせろよ」
「あら、郁真にしては珍しく殊勝な心掛けね」
千登世は先ほどとは違い、どこか揶揄うように目を細めて言う。
「はいはいそうですね。……一姫さんは要ります?」
「私の分は気にするな」
「うす」
「……てか、千果は?」
「千果は私の知り合いの所に預けてきた。郁真の家に三人で押しかけたら流石に迷惑だと思ってな」
そう言えばこの二人が家に来ているということは、千果が一人になっているのではないかと思い聞いてみると一姫さんがそう教えてくれた。
まあ確かに母さんと二人でも狭いか狭くないかと聞かれると狭いと断言できる我が家で、千登世と一姫さんの二人に加えて千果もとなると非常に困った事になっていたのは想像に難くない。
そんな筋が通ったようで、あれほど千果を可愛がっている千登世が千果を連れていない事に多少の違和感を覚えながらも、取り敢えず千果の事は一先ず置いておいて俺の分と千登世の分で二人分のお茶を入れるために台所にむかった。




