何それ……何それ、何それ
「ふぅ~美味しかったぁ」
太っちゃうから……というじゃあなんでこの店に?と言いたくなる伊万里からの言葉でテーブルに並んだパンケーキの七割方を食べさせられた俺は満足そうにしている伊万里を見ながら釈然としない気持ちを抱えていた。
「食べきれないならもう少し小さいパンケーキにすればいいだろ。甘いの嫌いじゃないけど流石にきつかったんだけど」
「まあまあ、いいじゃあないか。私は先輩と一緒にパンケーキを食べられて満足、先輩は私と一緒に食べさせあいっこして満足。WINWINでしょ?」
そう、こともあろうにこの目の前で満足気にしている伊万里は先輩が食べさせてくれないと食べれないとか言って周りに沢山の客がいるのにも関わらずまるでバカップルがするようにパンケーキを食べさせっこさせやがったのだ。
俺は生来の貧乏性から残すわけにも行かないし、何かと頑固な伊万里は何を言っても聞かないのはこれまでの付き合いでさんざん分かっていたので結局周りの客や店員に見守られながら伊万里にあ~んをさせられる羽目になった。
無論俺も伊万里にあ~んされたが、これ以上思い出すと羞恥心が再燃してしまいそうなので心のうちに仕舞い込む。
「何がWINWINじゃ……。まあいい、それで?今日はこれで終わりか?」
この店に入ってからもなんだかんだ話したりパンケーキをを食べたりとしていたせいで既に時刻は昼を過ぎており、正直先ほどの気恥ずかしさもあってさっさと家に帰ってふて寝したい所だったが伊万里はまだまだ満足できないようでにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「いやいや、天下の伊万里ちゃんがこんなことで満足するわけないでしょうに!まだまだ先輩としたいことが一杯あるんだから」
「……あ、そう。さっき見たいな事はやらせないでくれよ」
「それは、どうだろうね?」
「頼むって、これ以上は精神的にキツイ」
別に伊万里とああいった事をするのは別に嫌じゃあないし、俺だって腐っても普通の男子高校生なわけで一般的にも自分的にも伊万里ほどの美少女と食べさせあいっこをすることになるなんて少し前の自分であれば妄想もほどほどにしとけよと言われること間違いなしのこの状況だが、如何せん周りの目がキツイ。
伊万里が変装しているからと言って、有んな典型的なバカップルみたいなことを公衆の面前ですればそれなりに注目を浴びるし、サングラスとマスクぐらいじゃ隠し切れない伊万里のオーラもあって注目度もひとしおなのだ。
小動物ハートの俺には少し……いやだいぶ精神に来る。
「む~でも、先輩はさ、こんぐらいしないと私のこと意識してくれないでしょ?」
伊万里は俺の言葉を聞いてむくれながら検討違いの事を言う。
「意識してないわけないだろ……お前自分がこれまで何してきたか分かってんのかよ」
「え、なんかしたっけ?この前の夜の事?」
マジでこいつ……
何も分かっていない伊万里はキョトンとしているが、まず鏡を見ろと言いたくなってしまう。
思いなおせば最初こそ千登世とはベクトルが違うとは言え、異能のような物を持っていて恐怖心の方が勝っていたが、少し付き合えば普通の中学生のような一面があるのも知ったし、アイドルとしての覚悟や信念があるのも知った。
それに加えて今は、その伊万里の言葉を信じるならば目の前で顎に手を当てて首を傾げているこの日本中が応援していると言っても過言では無い大儀伊万里という少女は俺のことが好きらしいということまで面と向かって理解させられている。
「……それもだけど、はぁ、無理なんだよ」
そう、無理なのだ。
意識せざるを得ない。
「え!何々?何が無理なの?私の事?」
照れくささもあって意識せずに漏れた言葉に伊万里は少し焦った様子で顔を寄せてくる。
これ以上顔が近づくとマスクがあるとは言え色々と不味い状況になるのでぐいぐいと詰め寄ってくる伊万里の肩を掴んで距離を離す。
「その、なんだ?意識はしてる。ただ伊万里の距離の詰め方が早すぎてテンパってるんだよ」
「……へぇ!なんだ先輩もちゃんと私の事見てくれてるんだ……へぇ」
伊万里は自分で言った言葉が少し照れ臭かったのかマスクの上からでも分かるぐらい頬を赤らめた。
その顔を赤らめる伊万里にはあの時の夜のような妖艶さは無く年相応に照れている様に見える。
「ああ、そうだよ!アイドルの伊万里も目の前にいる伊万里もちゃんと見てるって!」
いつも意地の悪い笑みを浮かべてこちらを揶揄ってくる伊万里が、何というか年相応に照れているのを目の当たりにして俺は自分でも言うつもりもない言葉がなぜかつらつらと漏れてしまう。
テンパってこぼした言葉を聞いた伊万里はただでさえ赤かった顔をさらに赤くして湯気が出ている気すらしてくる。
「か、揶揄ってるの?」
いつもはきはきと話す伊万里では考えられないほど、その言葉はか細かった。
テンパってこぼした言葉とは言え、本心ではあるのでどこか期待したような視線を向けてくる伊万里にここで誤魔化すのは男らしくない気がした。
「……本心だよ、揶揄ってなんかない」
正直恥ずかしすぎて俺もきっと顔が真っ赤になっているはずだ。
「何それ……何それ、何それ」
ぽそぽそと同じ言葉を繰り返している伊万里が足をパタつかせるせいで机の下で俺の脛が何度か蹴飛ばされる。
きっと二人して、顔を真っ赤にしている俺たちは傍から見ればえらく滑稽だろう。
「……もう、きょうはかえる」
「あ、ちょっ」
気恥ずかしくて黙り込んでいると、一足先に復活?した伊万里はガタッと大きな音を立てながら立ち上がり、ふらふらと何処か熱に浮かされたような足取りで店を出て行ってしまう。
余りにも急すぎて、伊万里を引き留めることも出来ずに、俺は一人ピンクの空間に残される。
正直自分もおかしくなっているのは自覚していたので、これ以上今の俺が伊万里と顔を突き合わせなくてよくなると少しばかり安心している自分がいた。
「はぁ……やらかした」
一人ピンクな空間に残され、つい独り言ちるが俺の言葉に反応してくれる人は居なかった。




