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気まずいのは俺もだ

 今日俺は伊万里の日ということもあり、なぜか駅前に仕事着ではなく普段着で来るようにと言いつけられ、いつだか千登世に買って貰った小ぎれいな服装で駅前のベンチに座っていると、マスクとサングラスで完全に変装した伊万里に後ろから抱き着かれた。


「先~輩!」

「びっくりするから辞めろよ」

「良いじゃないの~うりうり」


 伊万里は俺の言葉なんか知ったこっちゃないと言わんばかりに胸を俺の背中に押し付けてくる。

 背中に感じる確かな柔らかさと人肌の温かみに少し赤くなった顔を伊万里に感づかれないように背けながら背中に凭れている伊万里を引きはがす。


「そんで?今日は何でわざわざ普段着で呼ばれたんだ?」

「ん~?ほら先輩のスーツ姿も良いけど、あれだとデートって感じがしないじゃん?」

「デートって大丈夫なのか?アイドルだろ」

「一応変装してるもん」


 そう言って伊万里は口元を隠しているマスクを軽くつまんでいるが、正直どんなに変装したところでオーラのような物が滲み出ていて今も周りの人に少し見られているのが何となく職業柄というか小動物柄分かってしまって、いまいち安心できない。


「本当に大丈夫なのかよ……」

「最悪バレたらファンの皆に許してもらうし」

「それでいいのか、アイドル」


 まるでなんてことの無いように軽い調子で言う伊万里に少し呆れてしまう。


「そもそも、別にウチの事務所は恋愛禁止とかでもないしね」

「……それなら良いのか?」

「そうそう!先輩はあんまり気にしなくていいのっ」


 伊万里はカラッと笑って俺の手を引く。


「お、おいどこ行くんだよ」

「良い所!」


 ぐいぐいと伊万里に手を引かれて俺はたたらを踏みながらも前を行く伊万里に置いて行かれないようについていく。


 前を進む伊万里からはあの時の妖艶さは感じられずただ、一緒に俺と遊ぶのが面白いと思っているのか言葉は悪いかもしれないが少し幼稚だがはつらつとした雰囲気を感じた。


 ◇


「良い所ってここか?」


 伊万里に連れられて俺は妙にファンシーでまるで千果の部屋みたいなピンクピンクしている店の一席で居心地の悪さを感じながら言うと伊万里は凄く楽しそうににんまりと口角を吊り上げながら俺の顔を見ている。


「そうだよ?可愛いでしょ?」

「可愛いのかもしれんが、居づらいな」

「まあまあそう言わずに、ここ結構今時の女の子に人気なんだから」


 伊万里はそう言うがお洒落なカフェならいざ知らずこのピンクな空間が今時の女子に人気というのはいまいち首を傾げざるをなかった。


「まあいいけど、それでここで何するんだ?」

「ん~それはお楽しみ。……すいませーんこれと、これお願いします」


 このピンクな空間で何をさせられるのか気が気じゃないが伊万里はメニューを開きながら店員さんに声を掛けたので一先ずは注文が来るまでは楽しみに待つことにする。


「先輩はあれからどう?鷺森との関係に変化あった?」


 恐らく注文の品が来るまでの暇つぶしの雑談なのだろうが、今の俺にとっては何とも答えずらい質問を投げかけてくる。


「……ん、まあ別に、普通」

「あはは、何それ反抗期の子みたい」

「うるさいな……俺にも色々あるの」

「色々って?()()()みたいな?」


 伊万里はわざとらしく俺の耳元に顔を寄せて言葉通りあの時のように囁き声で言う。


 俺はそれこそあの時の夜を思い出してしまって顔が少し赤らむ。


「あんまりからかわないでくれ」


 顔を背けようとするも伊万里は俺のアゴを軽く両手で挟んで逃がしてくれない。


「にひ、揶揄ってなんか無いよぉ?それに私は嬉しいよ、意識してくれてるんだもんね?」


 伊万里はそう言いながら顎に当てていた手をずらして俺の頬を撫でる。


「マジで今時の中学生はこういうのどこで勉強してんだよ……マセすぎだろ」

「中学生っていっても、先輩と一個しか変わらないし~。それに……まあこれはいっか」


 悔し交じりに俺がそう吐き捨てるも伊万里には全くと言って効果は無かったようで、相変わらずの飄々とした態度を崩すことは出来なかった。


「あの~すいません、今大丈夫ですかね……」


 俺達がそんな風に話しているといつの間にか店員さんがトレイの上に見た限り大きめのパンケーキのような物とストローが二つ刺さったドリンクを乗せ気まずそうに俺たち二人の事を見ながら話しかけてきた。


 実際傍から見れば今の俺たちは非常にアンモラルな距離感をしているし店員さんが気まずそうに話しかけてくるのも納得だった。


「……すいません」

「わあ、有難うございます~」


 俺は咄嗟に謝罪が出てしまったが、伊万里はまるで気にしていないようで、店員さんがおずおずとテーブルに置いてくれたパンケーキを前にキラキラとした目で嬉しそうにしていた。


 俺はテーブルに品を置き終わって軽くお辞儀をして離れていく店員さんを何となく目で追いながら横目でテーブルの上に置かれた店構えと同じファンシーなパンケーキを一生懸命携帯で撮っている伊万里を見てため息が漏れてしまった。


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