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俺ぁ逃げるぜ!一目散にな!

お久しぶりです。


パソコンを使って文字を打つということを久しくしていなかったような気がします。

お待たせしました、最後までお付き合いいただければと。



「郁真……?郁真っ!」


 あの衝撃の出来事から一日経ってあの後どうやって家まで戻ったのか、いつの間にか眠っていたのかなんて分からず、ソファーに座った俺の耳元に顔を近づけて顔を覗き込んでいる千登世からの声で現実に引き戻される。


「……あ、ああ。どうした?」

「どうしたも何も何度も私、話しかけていたんだけど」


 現実に戻ったとは言え、いつの間に千登世の家に来ていたのかと飛び飛びの記憶に俺は直ぐに返事を返すことが出来なかった。


 千登世は俺の返事が気に入らないのか顔を歪めてこちらを見ていた。


「そりゃすまん、いや、ちょっとな」

「本当に大丈夫?」

「……ん、大丈夫。というか、まあ」

「大丈夫じゃないみたいね」


 未だに歯切れの悪い俺の顔を覗き込んで千登世は少し呆れたようにため息をつく。


「いや、大丈夫だよ」


 俺は頭を振って未だ頭の端にへばりついた昨日の出来事を追い出そうとしても頭を振ったことでもう痛むはずもない耳がずきりと痛んでアレを完全に振り払うことが出来ない事を悟ってしまう。


「……休みにする?別にボディーガード何て口だけだし」

「それ、千登世が言って良いのかよ」

「良いのよ別に……」


 きっと俺も千登世もここ最近どころかきっと最初から思っていたことをなんてことも無いように千登世が言う物だから少し俺も意識が現実に戻ってくる。


 正直千登世の仕事は俺にとっても千登世にとっても持て余しているのは分かっていた。

 実際千登世はボディーガード何て必要としないほどの力を持っているし、なおかつ直近で千登世が何か危険を感じるような出来事何て無かった。


 拗ねたように唇をちょんと尖らす千登世を眺めながら、俺は頭を掻く。


「やるよ、話相手にしかなってなくても、一応ボディーガードだしな」

「……その話し相手にすらなっていないから、休みにするって言ったのだけど」

「あぁはい。そりゃ全面的に俺が悪い」


 全くのド正論に耳が痛い。


「昨日大儀の日でしょ?あいつになんか言われたの?」


 基本的に人間関係はポンコツの癖にこういう時ばっかりやけに鋭くて嫌になる。

 何か言われたどころか何かされてる。

 ただ、昨日の出来事をそのまま千登世に説明する意味も、必要もないし何よりも後が怖いので俺は曖昧な笑みを浮かべるしかない。


「チッ……」

「お行儀が悪いぞ」

「うるさい、黙れ」

「こわ」


 俺の浮かべた曖昧な笑みで大体伊万里が悪いのだろうと当たりを付けたのか千登世は不機嫌さを分かりやすく俺に伝えてくれる。


 無論俺の茶化しにも短く鋭い言葉を返してくる。


「だから大体アイツが悪いのよね、郁真関係って」

「それは向こうも思ってそうだけどな」

「どういう意味よ」


 言葉通りの意味です。お姉さま……


 あの痛いので俺の二の腕つまむの止めてください


「……まあそれはさておき、千登世は気にしなくていいから」

「郁真は私の護衛なのだと私は思っているけれど?」


 二の腕を千切れるぐらいつまんでくる千登世の指を一本ずつほどきながら俺がそう言うと千登世はふてくされたように半目でこちらを睨んでくる。


「そりゃ、雇われてるが……それとこれとは話が違うというか。そもそも今俺は伊万里にも雇われてるしな」


 知り合った順番、過ごした時間こそ違うが雇い主としての二人に別に優劣を付けているわけでもないし、そもそも、昨日のアレは千登世は関係ない。

 関わらせるべきではないというのはいくら経験の少ない俺にだってわかる。


 伊万里のアレはこれまで何度も受けてきたからかいではなく、きっと本心なのだとあの時の伊万里の顔を思い出せば。


 人の恋路を何とやらじゃあないが、ただでさえ相性の悪い二人をわざわざ危険と分かっていて混ぜる俺でもない。


「そんなわけで、千登世は気にしなくていいから。俺と伊万里の話だし」

「……気に食わないわ」

「そんな顔したって無理なもんは無理」

「チッ」

「お行儀が悪い」

「うるさい、黙れ」


 先ほどの焼き直しのように機嫌の悪そうな千登世とどうにかしようとすると多大な労力がかかるのはこれまでの付き合いでさんざん分かっていたのでスルーしながら俺はふと無意識に耳たぶに指を運んでいた。


 そこからは痛みを感じるわけもなく、ただ生暖かさを感じるのみだったが、確かにジクジクと嫌な感じがして


「はあ……」


 ため息で全てこの面倒なモノすべてが無かったことになればいいのにと思わずにはいられなかった。


 ◇


 何時までもうだうだとしているわけにも行かないので最低限いつものように振舞いながらたまに千登世から振られる話題に受け答えをしているとそろそろいつも帰る時間になっていた。


「そろそろ帰るわ。てか相変わらずここ最近は千果は一姫さんとなんかやってんのな」

「聞いても聞いても秘密秘密でなんだかやるせないのよね」


 千果が家に居るのであれば必ず一度はちょっかいを掛けに来るので今日はそれがなかったこともあって、顔を見ない一姫さんと一緒に何かしているのであろうと思って言ったが予想通りのようだ。


「まあ一姫さんが一緒なら悪い事にはならんだろうし、千果も千果なりに色々考えてるんだろ、頭いいし」

「郁真だって頭いいじゃない」

「俺は勉強ができる。な?千果は頭が良いんだよ、完全に別もん」

「確かに、あの子は頭いいわね」

「な」


「玄関まで送るわ」

「……あいよ」


 千果についての話をしながら学校の荷物を纏め終わり立ち上がると珍しく千登世が開いていたノートパソコンを閉じて言う。


 物珍しさこそあれど、ここで「送んじゃねえ!」なんて言うほど狂っている性格ではないし、軽くやけに殊勝な千登世に首を傾げながらも特に何も言わずに俺はそのまま玄関に向かう。


 パタパタと後ろをついてくるスリッパの音を聞きながら俺は靴を履き替えて後ろを振り向くのとスリッパの音が止まるのはほぼ同時だった。


「郁真は私の護衛よね?」

「……じゃなきゃここに居ねえよ」

「もし、大儀と私どちらかしか助けられないとしたら、私を守ってくれる?」


 なんの話だよ……


 答えは沈黙なんてふざけれるような雰囲気でもないし、軽く考えてみるも伊万里も千登世もどうにかされるイメージが一ミリも湧かなくて少し笑ってしまう。


「何笑ってるのよ」

「ふ、いや悪い馬鹿にしてるわけじゃあないんだよ」


 俺が笑うことであからさまに機嫌を悪くする千登世にこのままだと殴られてしまいそうなのでひらひらと胸の前で手のひらを振ってごまかす。


「……ま、そうだな。俺が死なない程度に頑張って二人とも助けるよ。それでどっちかが助からなかったら、まあ恨んでくれ。運が悪かったってな」

「貴方、最低ね」


 正直自分で口にしててもそう思う。

 ただ、ここでお前を助けるよ。なんて白々しい言葉が吐けないのが俺で、二人のどちらかを選べるほどの甲斐性も無く。

 どっちつかずな玉虫色の答えこそが俺の本音だった。

 しかし、きっと不機嫌になるだろうなと覚悟しながらも言った答えだったが、千登世は言葉とは裏腹にどこか安心したようにゆると笑っていた。


「千登世こそ何が有ったのか知らないけど、おセンチもほどほどにしとけよ。一姫さんとかに相談しろって」

「そこで俺にって言わないところ嫌いだわ」

「そりゃ、すまん」


 俺も人の事を言える立場じゃあないが、どうも千登世は母さんの退院祝いの辺りからぼんやりとしていることが増えたしいつまでも、もやもやが晴れない事に対するイラつきを俺のことを雑に詰って憂さを晴らしている節があった。

 それが悪い事だとは思わないし、実際俺も仕事をしている感じが無いのでそのぐらいは別に良い。


 きっとこの問答もその一環なのは分かる。


「まあいいや俺は帰るけど、伊万里と自分比べんの止めろよなそれ良くない癖になってるぞ。俺は俺だし、千登世は千登世だし。勿論伊万里は伊万里ってのは分かるだろ」

「……」


 顔をそむける千登世に呆れのため息が漏れてしまいそうになる。

 ただ千登世の横顔がどこか寂しそうに見えて、それはここ最近見飽きた表情だったのでため息を飲み込んで後ろを振り向かないまま玄関の扉に手を掛ける。


「死なない程度なら俺はお前の味方をしてやる、そもそもそれが仕事だしな。ただ俺の命の危険がある場合は見捨てて逃げるから」

「……クズ、人でなし」


 ぶつぶつと背後から浴びせられる罵声を聞き流しながら、俺は肩越しに手を振って玄関の扉を閉めた。





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