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そこんトコロよろしくぅ

三章こと、最終章の導入です。

これから最終回までお付き合いください。

 母さんも無事退院出来て、これまで長い事家に帰った所で一人だったのが二人に戻り、相変わらず学校が終われば千登世の家に行ったり、伊万里に呼び出されて自分磨きに付き合わされたりと、まぁ概ねこれまで通りの日常に戻り俺はいつものように千登世の家で今のソファーに座りながらノートパソコンをカタカタと叩いている千登世を横目に見ながら千果の相手をしていた。


「郁真さぁ~最近なんか千果の相手の仕方雑じゃない?」


 千登世家のヒエラルキーの中では最底辺の俺が千果におままごとに誘われて断れるはずもなく、大人しく付き合っていると千果が呆れたように顔を白けさせてそう言った。


 俺としては一生懸命千果のおままごとに付き合っているつもりなのでそう言われると少しムッとしてしまう。


「俺の犬の演技の何が不満なんだよ」


 こちとら本気で犬になってんだぞ!


「いや、千果思うんだけど、最近の郁真はやる気が足りないと思うの、だって大体犬ってワンって鳴かないじゃない?」

「犬はワンだろ!」

「わふ、とかへっへっとかじゃない?」

「い~や、ワンだね」


 なんだ?反抗期にしては早すぎないか?

 犬はワンだし、猫はニャーだろうに。

 そもそも、千果が一人で楽しんでるところに、俺の犬がいることで何が起こるかと聞かれても明確に答えは出ないのだけど。


「ちとねえどう思う?最近郁真たるんでない?」


 千果は俺と話していても埒があかないと思ったのか、くだらない言いあいをしている俺達を眺めている千登世に助けを求めるように言う。


 千登世は千果に話しかけられてこれまで目を向けていたノートパソコンから一度手を放して少し考えてから口を開く。


「そうね……確かに犬ってワンって鳴くかしら?」

「おいおい、千登世頼むぜ?中学生にもなって犬の鳴き声がワンじゃないとか言うつもりかよ?」


 千果に言われるまま、実にくだらない疑問を思い浮かべている千登世に呆れてしまう。

 犬はワンだろうに。


「まぁ、それはどうでもいいけれど、確かに最近郁真はたるんでる気がしないでもないわね。一姫の訓練もひと段落着いてるのもあるけれど、お母さまも退院してこれまでの必死さが無いような気がするわ」


 犬の話をしていたはずが急に普通に怒られ始めた。


「そうか?これまで通りだろ」

「葛西の方でも新しい仕事もないみたいだし、そろそろ郁真も考えないとね」

「……考えるって何を?」

「これからの事」


 やけに神妙な顔の千登世に、これからと言われても、俺はてっきりこのまま大体千登世の家に足を運んでたまに伊万里に呼ばれて、と日々が過ぎていくものだと思っていた。


「は、これからってなんかあんのか?」

「郁真には無いかもしれないわね」

「俺にないなら、これからも何もないじゃんかよ」

「……そうかしら……そうね」


 やけに歯に物が挟まったかのように言葉を濁して、いまいち要領を得ない千登世にどうした?と聞きたい。

 千登世はそれだけ言って満足したのか直ぐにノートパソコンに目を戻してまたキーボードをたたき始めたので俺のもやもやよとした気持ちをどうすれば良いのだろうと千果に目をやってみるも千果は呆れたように肩を竦めて首を振るのみであった。


 二人は結局何も俺に言うことは無く、良く分からないまま俺は再度千果に肩を叩かれて犬に戻った。


 ……わふ。


 ◇


「ってことが有ってさ」

「ふ~ん?鷺森がねぇ」

「変だと思わねぇ?」

「変だねぇ」


 愚痴というわけでもないが、世間話の次いでに昨日の出来事を俺は伊万里に呼び出されたこともあって隣でエステを受けながら伊万里に話してみると、伊万里は興味無さげにしていた。


「なぁ?伊万里はどう思うよ?」

「えぇ~私は鷺森の事は良く分からないからなぁ……そんなことより、先輩。あんまり私以外の女の子の話は聞きたくないなぁ」


 伊万里はジトとこちらを見ながら、つまらなそうに言う。

 千登世も勿論だが伊万里のこともいまいち良く分からなかった、最近は呼び出されたところで仕事は関係なく今みたいに一緒に自分磨きをしている事の方が多く、その間にも世間話や、伊万里の学校での出来事を聞いたりとまるで千登世と同じようにただの話相手になっている気がした。


「そんなこと言うなって、俺が相談できるの伊万里と、あと棗さんぐらいなんだし。……てか棗さんの方が千登世の相談するのに良いか」

「……また、違う女の話」

「違う女の話って……棗さんには伊万里も会ったことあるだろ?」


 伊万里は俺が棗さんの話を出したせいか、むすっと頬を膨らませて拗ねたように呟いている。


「あるけどさぁ~。……ま、あの子は取り敢えず良いけど」

「良いけどってなんだよ」

「さあね~」


 ぽそりと伊万里の呟いた言葉に俺が反応するが伊万里ははぐらかすようにそっぽを向いてやけに上手い口笛を吹く。


「まあ?先輩が、伊万里ちゃん大好き!好き好き、結婚して!って言うなら鷺森についてちょっと調べてあげるけど?」

「いや、別に伊万里に調べて欲しくて、言ったわけじゃないから良いんだよ。ただ、変だよなぁって」

「何さ、つまんないの」


 馬鹿げた提案をしてきた伊万里を無視しながら俺が言うと、伊万里はつまらなそうに言う。


 別に千登世が言いたくなったら自分から教えてくれるだろうし、別に今俺に言われていないということはまぁそう言う事だろう。


「とはいえ、千登世が言うように俺もそろそろ考えないとな~」

「考えるって何を?」

「いやほら、母さんも退院したし、そろそろこの仕事も控え目にして勉強に力入れんと」

「は!?先輩この仕事やめちゃうの?」


 何の気なしに言った言葉だったが伊万里にとっては一大事だったのか、ガバっと体を起こして俺に詰め寄ってくる。


 伊万里が急に体を起こしたせいで、これまで施術してくれていたエステティシャンさんがビクッと肩を跳ね上げていた。


「いや、まあ。そもそも母さんが入院している間のつもりだったし……結構楽しいからなんだかんだ続けてきたけど」

「いやいや、ダメだよ!辞めちゃあさ!私が困る!」

「落ち着けって、別に今すぐに辞めるって訳でも無いぞ?取り敢えず週三ぐらいに減らそうかなって、結構勉強遅れ始めてるし」

「やだやだやだやだ」


 俺に言われて体こそ元に戻したものの、伊万里は子供のように足をばたつかせて駄々をこねる。


「やだっていわれてもなぁ、いい大学行くためにも勉強しないと」

「先輩が大学に行かなくても私が養ってあげるから!」

「余計なお世話じゃ」


 魅力的か否かで言われれば正直多少は魅力的な言葉ではある。

 伊万里は慣れてしまえば小悪魔が過ぎるところもまあ可愛いと言えるし、容姿なんて言わずもがなだ。


 けれど俺の人生設計として隣で駄々をこねる少女のヒモになるという選択肢を選ぶのは無しである。


 エステティシャンさんの視線も痛いしな。


「誰かのヒモになるつもりは無い。伊万里だからとかは関係なしにな」

「じゃあ、共働きでいっか。最悪私は引退して子供の世話すれば良いし」

「おい、なんで結婚する前提なんだよ」

「え、しないの?こんなに可愛いのに?」

「伊万里が可愛かろうが、関係ない。そもそも俺達そんな関係でもないだろうに」

「私は良いよ?」


「……まあそれはさておき、そんなこんなで何時からとかは決めてないけど仕事減らすから」


 伊万里の本気か分からない言葉を聞こえないふりをして、話を戻す。


「ぶ~。私が2?」

「1だな。さすがに千登世に長い事お世話になってるし」

「ええ~。まあしょうがないかぁ、じゃあ今度から一日一日を大事にしないとね?」

「まあ、そうなるなぁ」


 伊万里の妙に聞き分けの良さも慣れた。さんざん俺を振り回す癖に本当にどうしようも無い事だと見抜いたらすぐに俺を尊重してくれるところは流石と言わざるを得ない。


 伊万里もあまりこの話を続けるつもりもないのか、学校でこんなことが有っただの、仕事で嫌なことが有っただのとそんな話を交わしているとエステの時間は終わっていた。


 ◇


 今日の自分磨きもすべて終わり、タクシーに伊万里と二人並んで揺られていると、母さんの待つ家が見えてきた。


「あ、ここで大丈夫です」


 俺がタクシーの運転手さんにそう伝えると、ゆっくりと路肩に車は停まり、ドアがゆっくりと開く。


「え、良いよ別に」

「お菓子でも食え」


 毎度のことだが、俺がタクシー代を伊万里の手に握らせるも、伊万里はそのまま俺に押し返してくるがそれを受け取るつもりもない。


「先輩、私がお菓子とか食べないの知ってるでしょ?」

「知ってるけど?それが?」

「い~り~ま~せ~ん」


 伊万里はそう言ってぐいぐいと俺の胸に金を押し付けてくる。


「俺もいらねえよ」


 受け取るつもりのない事を示すために両の手を挙げながら首を振る。


「……それじゃあ意地悪な先輩にこれを」


 かたくなに金を受け取らない俺に対して伊万里はピコンと何か閃いたかのように目を一瞬見開いてぐいと俺の胸元を引っ張り俺の耳元に顔を寄せる。


「……なんだよ」


 直ぐ横にある伊万里の顔に一瞬困惑するが辛うじて一言だけ口に出来た。


「ん~?なんだろうねぇ?」


 耳元で囁く伊万里の髪の毛から香る少し甘い香りがやけに鼻をくすぐる。

 直ぐとなりで意地の悪い笑みを浮かべる伊万里はゆっくりと俺の耳に口を近づけて、余りの近さに耳朶のかかる生暖かい吐息に自分の耳が火を噴いたように熱を持つのが分かった。


「……ぁむ」


 微かな水音と共に俺の耳に痛みが走る、一瞬何が起こったのか分からなかったが、どうやら伊万里は俺の耳に噛み付いたみたいだ。

 俺はぎりと思いのほかしっかりと歯を立てられて痛みから目を瞑ってしまった。


「……っつ」

「いひ、かーわい」


 耳から口を離した伊万里は俺の痛がる様子を見て満足したように、先ほどまで立てていたのであろう犬歯をわざと見えるように笑う。

 俺は耳を抑えながら状況が呑み込めないまま呆然として伊万里に目を向ける。


「さっき言った事、意外と本気なんでそこんトコロよろしくぅ」


 伊万里はしてやったりと満足そうに笑って俺の耳を指さしてそう言ってタクシーの席に戻り、運転手さんに伝えたのか車は路肩から離れてタクシーはどんどんと小さくなって行った。


「は……?」


 タクシーも離れて一人残された俺は街灯に照らされながら呆然として間抜けな言葉にもなっていない何かが口から零れ落ちた。


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