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はぁ……寒。

「あ、先輩!おはよう~寒いねぇ」


 俺と千登世が病院の駐車場に駐車された車から降りると、既に伊万里が付いていて、もこもことしたダウンジャケットに顔を埋めながら鼻の頭を赤くした伊万里に話しかけられた。


 確かにそろそろ12月に入ろうとしていることもあって、かなり肌寒いので、俺も千登世もコートを羽織っているが、今さっき車から降りたばかりなので、そこまで寒さを感じることは無い。


「おはよう。……てか伊万里結構待ってた感じか?」

「あはは、ちょっとはやく着きすぎちゃった」


 ここまで鼻を赤くして寒そうにしている、伊万里を見て心配になって言った言葉だったが、明らかにちょっとどころの寒がりかたではないような気がする。


「なんか悪いな」

「良いって良いって」


 伊万里は深くポケットに差し込んでいた手のひらを出してプラプラと顔の前で振るが、指の先まで赤くなっていた。


「って、鷺森なんで花束持ってんのさ?」

「……いいでしょ別に」

「ふ~ん?ずるいなぁ」


 伊万里は俺と話している間も我関せずの様子でそっぽを向いていた千登世の持つ花束に気が付いたのか、少し眉をしかめながら言う。


 千登世も千登世で伊万里に聞かれた事に返事を返すのも億劫なのかそっぽを向いたまま、ぼそりと呟く。


 相変わらず仲悪いな……


 とは言え、言い争いにならないだけマシになったともいえるか。


「鷺森がそういう事するなら、私だって何か買ってきたのに!先輩そう言うの要らないって言ってたじゃん!」


 そんな事を内心思っていると、伊万里の矛先が俺に向いていた。

 確かに朝伊万里と連絡した時にはそう言ったが、俺だって千登世が花束を買うなんて予想してなかったんだよ。


「ま、まあ。俺としては伊万里が寒い中待ってくれてた方が嬉しいよ」

「……む、許す」


 妙に張り合いたがる二人にこれ以上張り合う要素を渡すわけにも行かないので、ぐいと顔を寄せて俺に言い募る伊万里を宥めるように俺が言うと、伊万里は直ぐに勢いを萎ませて言った。


「まぁ?花束買っちゃうとかあざとすぎるし?い~やらしい~んだ」

「……何が言いたいわけ?」

「別にぃ?」


「喧嘩すんなよ……」


 言い争いにならないようになっただけマシか……なんて思った矢先に、伊万里がわざとらしく千登世にも聞こえるように言った言葉は流石に千登世も無視できない言葉だったのか、千登世は眉をしかめて、いつもよりも低い声で威嚇するように伊万里を睨みつけている。


 バチバチと視線で攻撃し合っているのではと錯覚しそうになる二人の間に体をねじ込ませて、両方を宥めていると、一台のタクシーが駐車場の中に入ってきて、停車したタクシーの中から棗さんが少し慌てた様子で降りてきた。


「ほら、千登世、棗さん来たぞ」


 パタパタとこちらに向かって小走りで向かってくる棗さんを顎で示しながら、千登世に言うと一先ず伊万里とガンの飛ばしあいをするのを中断して、千登世は棗さんの方へと歩いて行く。


「千登世?」

「あ~良いから良いから」


 千登世が棗さんの方へと行ったので、ひと段落かと思いきや、俺の言った言葉を聞いた伊万里が俺の二の腕をつまみながら言う。


 正直説明するのも面倒臭いので、ぎゅうと握りこまれてちゃんと痛みを知らせてくる二の腕のつまむ伊万里の手のひらをほぐしながら千登世と挨拶を交わす棗さんを眺めていると、棗さんがこちらに向かってきた。


「郁真さん!遅れてすいません……この後の仕事の打ち合わせとかがあって……」

「いやいや、こちらこそ忙しいのに、すいません」

「そんなことないです!郁真さんにはお世話になりっぱなしだから……」


 ぎゅっと可愛らしい手袋をはめた手を胸の前で組んで棗さんは言った。


 最近は伊万里という圧倒的顔面偏差値の高い人間と仕事をしていたこともあって、感覚が麻痺しているような気がするが、こうしている棗さんを見るとやっぱり棗さんは可愛らしい。


 何より、声優としての才能が突出している事を差し置けば、別に特殊な能力があるわけでもなく性格も優しいし、話していて怖くないのが良い。


「「……」」


 俺が棗さんと話してそんなことを思っていると、千登世と伊万里からシラーっとした視線が送られてくる。


 伊万里、二の腕つまむな、痛い。


「……そ、それじゃあそろそろ行きますか」

「は、はい!」


 何だか変な雰囲気になってしまったので、これ以上棗さんの時間を使うのも申し訳ないし、雰囲気を切り替えるためにもわざとらしく明るく俺がそう言うと、返事をしてくれたのは目の前の棗さんだけだった。


 ◇


「あら、あらあら!皆可愛い~」


 母さんの病室に入った俺達を出迎えたのは既にこれまでの病衣とは違い、普段着に着替えを済ませた母さんのそんな嬉しそうな言葉だった。

 駐車場での雰囲気は何だったのかと、母さんのぽややんとした雰囲気にため息が漏れてしまう。


 三人も俺の母さんがこんなテンションの人だとは思っていなかったのか面食らっているようだ。


「……母さん、皆戸惑ってるって。もう、退院できるの?」

「そうね~、さっきお医者さんとも話して、色々手続きは終わってるから後は家に帰るだけね」

「あ、そうなんだ」


 面喰ってしまっている三人は一旦置いておいて母さんに聞くと、どうやら色々とやらなければならない事は済ませた後のようで、後は家に帰るだけのようだ。


「あ、あの、これ退院祝いです」


 俺が母さんと話している間に、三人の中で一番早く元に戻った千登世がこれまでずっと手に持っていた花束を母さんに渡した。

 流石の千登世も少しは緊張しているのか、少しつっかえていた。


「有難う~!凄い可愛い、嬉しいわ。……えっと」

「鷺森 千登世です」

「まあ、貴方が千登世ちゃん?いっくんからお話は聞いてるよ~」


 母さんが千登世から渡された花束を抱きしめて言うと、千登世はぎぎっと首を回して俺の事を見てくる。

 見られたところで、別に変なことを言っているわけでもないので、軽く首を振ると多少は安心したのか千登世は視線を母さんに戻した。


「その、郁真にはいつもお世話になっております」

「えぇ~!?いつもいっくんがこんなに可愛い千登世ちゃん、お世話しちゃってるの?」


 そう言って母さんは俺の方を見てくる。

 自分の母親に言うのもなんだが、馬鹿なんだろうか。


「なわけないだろ言葉の綾だ」

「な~んだ」


 なんで、残念そうにするんだろうか。


「そっちの二人は?」

「大儀伊万里です!お義母さんよろしくこれからよろしくお願いします!」

「えと、雀宮棗です、郁真さんにはとてもお世話になりました」


 母さんの次の矛先は千登世の少し後ろで立ち尽くしていた二人に向いたようだ。

 伊万里のお母さんのイントネーションが気になるが、きっと気のせいだろう。


「や~ん!皆可愛すぎ!」

「わっ」

「あう」

「……っ」


 母さんは本当に今まで入院していたのか、と聞きたくなるほど素早い動きで三人を抱きしめる。

 母さんが三人まとめて抱きしめているので、千登世と伊万里の事が気になるがさすがの二人もこの状態で母さんに何か言うわけにも行かずされるがままになっていた。


 母さんは三人を抱きしめたまま、三人の耳元で俺には聞こえないような声量でささやくと、千登世と棗さんの顔が真っ赤に染まった。

 伊万里は顔を赤く染めてこそいないが何やら不穏な笑みを浮かべている。


「おい、何言ったんだよ?」

「ん~いっくんには秘密!」


 流石に三人にちらちらと見られていると気になるので、母さんに聞いてみるも、答える気は無いようだ。


「あ、そう……棗さんこの後仕事だからそろそろ出ようぜ」

「そうなの?」

「あ、はい」


 このまま三人に抱き着いたままの母さんは俺が何も言わなければこのまま無限に時間が過ぎそうだったが、棗さんの返事を聞いて母さんは三人を解放した。


「……三人とも今日は私の為に有難う~」

「ほら行こうぜ」


 このまま病室で、五人で話すわけにも行かないだろうし、俺たちは外に出ることにする。


 ◇


 病院から外に出て、伊万里と棗さんに絡んでいる母さんを眺めていると、一足先に解放された千登世が話しかけてきた。


「……何というか、意外ね」

「似てないだろ」

「ふふ、そうね」


 千登世は手のひらで口を隠してクスクスと笑う。


「でも、なんだか郁真のお母さんって感じがするわ」

「まぁそりゃ俺の母さんだからな」

「よかったわね、退院出来て」

「そうだな」


 千登世は何処か遠い目で、未だに二人に絡む母さんを見ながらぽつりと呟いた。

 俺の方からは横顔しか見えないが、寒さからほんのり痛みを伴う風が千登世の髪を揺らしている。

 コートに顔を埋めながら俺には千登世の横顔がなんだか寂しそうにしている様に見えてしょうがなかった。


 今思えば、千登世の祖父は鬼頭さんから話は聞いて入るが、俺は会ったことは無いし、千登世の家に来たなんて話も聞いたことは無い。

 両親なんて話に聞いたことも無い。


 それなりに複雑な家庭なんだろうなと、さすがの俺にも分かる。


 だからと言って、俺が口出しするのも違う気がする。誰だって他人に自分の家の事をとやかく言われたくはないだろうし、千登世の性格を考えたら余計にだ。

 俺が何か千登世に言うわけでもなく、無言の時間が俺と千登世の間に流れる。


「呼んでんぞ」


 シンと、俺と千登世が二人で無言でいると、母さんがこちらに手招きをしていたので、俺は千登世の肩を肘で突いて千登世に向かってぴょんぴょんと跳ねながら手招きしている母さんを顎で指す。


 多少の気まずさを感じていたので今は母さんの能天気さに感謝だ。


 千登世も母さんに気が付いたのか、ゆるく笑顔を浮かべて母さんの方へと歩いて行くが、二、三歩歩いてから俺の方へと振り返って捨て台詞のように言った。


「……ずるいわ」


 その千登世の言葉が、何を指して言っているのか候補が多すぎて俺には分からない。


「何がだよ」

「ふんっ」


 結局千登世は答えを教えてくれるわけもなく、つんと顔を背けて鼻で息を吐いてから、母さんの方へと歩いて行く。


「はぁ……寒。今年は初雪いつになるかな」


 肌寒さにぴりぴりと痛む鼻の頭を掻いて、何となくそんな呟きが漏れてしまった。




これで、二章は完結になります。

次章は本作の最終章になります、なんだかんだと恋愛要素の少なかった本作でしたが、そろそろ恋愛したいですね。


最終章これからの郁真君の行く末が気になる!という方、千登世、棗、伊万里のこれからが気になる!という方、ブックマーク登録、感想、下部の★1~★5の評価等々していただけると、非常に執筆の励みになります。


後数十話で終わる予定ではありますが、これからも私の拙作「苦学生」にお付き合いの程よろしくお願い申し上げます。



by白熊獣

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