一人や二人じゃあ無いんだよなぁ
伊万里のライブの仕事の翌日、俺は昨日気が付く前に眠りに落ちていたことで、朝起きて仕事用のスーツがしわしわになっているのが目に入り、絶望的な気持ちになりながら押し入れからアイロンを取り出した。
せっせ、せっせとくちゃくちゃのスーツにアイロンを当てながら改めて昨日の伊万里のライブで感じたこれまで感じた感動とは毛色の違う感動は、日をまたいだにもかかわらず健在であった。
今日は日曜日ということもあって学校もないし、さすがに帰りの車の中で疲れた様子だった俺を気遣ってか、伊万里の仕事も休みだし、千登世嬢との契約では基本的には日曜日は休みの事が多く今日も例に漏れず休みで会った。
「ふんふーん、良しこんなもんか」
昨日のライブで聞いた伊万里の曲を下手糞な鼻歌でカバーしながらアイロンを当て終わり、やっとくちゃくちゃだったスーツもパリッと何処に着て言っても恥ずかしくないと思えるほどきれいにアイロンを当てることが出来た。
「そろそろ行くか」
アイロンも当て終わり、別に疎かにしているわけではないが、仕事を始めるまでとは比べ物にならないほどすることの少なくなった勉強をこれまでの遅れを少しでも取り戻すように集中してしていると、どれほど時間が経っただろうかと、静かにカチカチと時を刻む壁掛け時計に目を向けると午後三時ほどで今日が完全な休日だと分かった時から決めていた母さんの見舞いに行く時間になっていた。
俺は開いていた参考書や教科書を学校指定の鞄にしまって、適当な服に着替える。
「母さんの見舞いも今日が最後かなぁ」
何時だか千登世嬢に買ってもらった服に袖を通しながら、当初母さんが入院した時からは色々と変わった状況に感慨深く独り言ちる。
母さんもお医者さんも言っていたように、そろそろ母さんの退院まで一週間を切っており、一週間に一度ほど度々病院には顔を出していたが、恐らく今日見舞いに行けば次母さんに会う時はこの家でだろう。
「とりあえず、梨買って……花とかは退院の時でいいか」
家を出る準備を済ませ、見舞いに何をもっていこうかと考えるが、正直母さんは梨さえ持っていけば喜んでくれる節があるので非常に見舞い甲斐がない人なのを思い出して、とりあえず、家を出てからの目的地は果物屋に決めて俺は家を出た。
◇
「お、いっくん!今日は休み?」
俺が病室の扉をノックしてから中に入ると、もうすっかり元通りの元気そうな母さんが出迎えてくれた。
「そうそう、二人とも今日は休みで良いってさ」
「二人ってこの前言ってた、アイドルの子~?」
「そう、昨日とかその子のライブ行って来てさ、初めてああいうの行ったけど凄かったよ」
「へぇ~お母さんが退院したら連れてってもらおうかなぁ」
一応母さんは千登世嬢の事は話だけは俺が話しているのもあって知っているが、伊万里の事はそこまで知らないようでぽややんとした様子で言うが、実際昨日ライブを目の当たりにしたこともあってあそこまで凄いアイドルである伊万里に気軽に母さんの分の席頂戴と言って席を取れるかは分からなかった。
「……一応聞いてみるわ」
「いえい!やった~」
「それより、元気そうでよかった」
「うん。お医者さんももう完全元通りって言ってくれてるし」
「もしよければ母さんの退院の時皆呼ぼうか?」
「えぇ!?いいの~?呼んで呼んで!」
そろそろ退院が近づいていることもあって、元々千登世嬢にも普段言われていた母さんの退院の時は言いなさいという言葉を思い出して、母さんに言って見ると母さんはとても嬉しそうにぱぁっと顔を綻ばせていた。
「まぁ、皆って言っても今のところは千登世嬢ぐらいしか来るのは確約取れてないけどね」
「それでもだよ~、声優の子もアイドルの子も呼んで!」
「うん。声はかけてみる」
実際、棗さんも伊万里も勿論千登世嬢もそうだが、皆のおかげで今俺が何とかボディーガードの仕事を続けられているし、そのおかげで借金を返しつつ無事に生活出来ているので、内心なんだかんだ言いつつ感謝しているので、千登世嬢の言うように母さんの退院に皆を呼ぶのはやぶさかではない。
まぁ、棗さんは予定さえ空いていれば来てくれるだろうし、伊万里も何となく快諾してくれる気がする。
「三人も女の子がいれば、いっくんの事好きな子もいるんじゃない~?」
「……ないだろ」
本格的に母さんが不穏な言葉を言う物だから、一瞬考えてみるが、直ぐにあり得ないと一蹴する。
「でも~?いっくんも仕事頑張ってるし、お母さんも退院できるし、後はいっくんに彼女の一人や二人出来てくれれば安心なんだけど……」
「一人や二人って……彼女が二人以上出来たら色々不味いだろ」
「愛があればいいんじゃなーい?」
「怖い事言うなよ……」
母さん自身父親と恋愛がらみで良い事が無かったと言っているのにも関わらず、彼女の一人や二人と怖い事を言う母さんに少し呆れてしまう。
「でも、お母さん娘欲しいなぁ」
「いずれな、まぁ仮に彼女が出来たとしても仕事関係の三人ではないだろうけど」
三人とそんな関係になりそうもないのもあって、最低限の抵抗をして俺は来る前に青果店で買ってきた梨を剥いて母さんに差し出す。
「あ、梨有難うね」
「うん。取り敢えず退院の時は少なくとも千登世嬢は来てくれると思う」
「おっけ~、出来ればお母さんにもいっくんの仕事相手の子に会わせてね?」
「呼んではみるけど、そんなに期待しないでね」
梨をぱくつきながら言う母さんは、完全に三人に会う気満々のようだが、そういえば千登世嬢と伊万里が非常に仲が悪かったことを思い出して、さてどうしようかと思ったものの、一旦未来の自分が考えてくれるだろうと千登世嬢と伊万里の事は頭から追いやった。
◇
いつものように母さんと話しているうちに、そろそろ窓ガラスから見える空も青色から橙色に変わり始め、気づけば長い事話していたことに気が付いた。
「……じゃあそろそろいい時間だから、俺は帰るけど」
「うん。またお母さんが退院の時にね」
既に梨の乗っていない紙皿を持ってきたビニール袋に入れて、軽く母さんに挨拶をしてから俺は病室を後にした。
フォロワー100人行ったら何かするすると言い続けて、未だに100人を超えない私のTwitterを良ければフォローしてください。
大した呟きもしてなく、基本的にはアオカミ、苦学生の更新告知ばかりですがお願いします。
ユーザー名
白熊獣
TwitterID
@shirokumakemono




