やっぱり携帯アピールしたくなっちゃうよね
「お、何?郁真携帯ついに買ったんか?」
各々で談笑をしているせいで騒々しい朝の教室で俺が別に連絡する人も千登世嬢以外には居ないし、使い方も分からないからただの時計と化している携帯の電源を付けたり消したりしてさりげなく周りにアピールをしていると、俺の手元にある携帯に気が付いた隣の席の武智君がそう話しかけてきてくれた。
――ついにきちまったか……この時がよぉ。
俺はにやにやとしそうな表情がでないよう出来るだけ平静を保って返事をする。
「やっぱりわかっちゃう?」
「分かるも何もそんなに見せびらかしてたらな」
見せびらかしていたつもりは無いのだが、武智君には俺が携帯を見せびらかしている様に見えたようだった。
「いやな、最近バイト初めてそれ関係で買ってもらったんだよ」
「えー何それ羨ましいな、どんなバイトだよ?それ最新機種だろ?」
俺は武智君の言葉で初めてこの携帯が最新機種ということを知って驚いてしまう。
「え、なに?コレ結構いい奴なん?」
「良い奴も何も、15万ぐらいするんじゃないか?」
「じゅっ!?……マジか」
「……知らないで使ってたんか」
俺は知らない間にあの千登世嬢に15万の貸しが出来ていることに恐怖を感じてしまう。
「仕事関係の人が買ってきてくれたから、値段は知らなかった……」
「……お、おう。それはそれで凄いな。まぁいいや、さすがにLINEぐらいは入れてるだろ?連絡先交換しようぜ!ほらこれQR」
武智君が目にも止まらぬ手さばきで何やら携帯にQRコードを表示して俺に見せてきた。
「IDじゃないのか?」
「まぁIDでもいいけどめんどく無いか?」
武智君は首をかしげて「そうだろ?」とでも言いたげな様子だが、俺はIDでの連絡先の交換方法しか知らないのでQRコードを見せられたところでどうすれば良いのか分からずに困惑してしまう
「あ、ひょっとしてQRのスキャンの仕方分からん?」
「……実は」
俺が正直にそう言うと、武智君はにや~と面白い物でも見るように笑いながら言った。
「おいおい、なんだよ主席様にも分からなことが有るなんてな、かわいいとこあるじゃん。ちょっと貸してみ?」
「おう」
武智君に言われた通り携帯を手渡すと、武智君は思いのほか優しく初心者の俺にも分かるように「これを、こうして、ほら」とQRコードの読み取りの仕方を教えてくれた。
「お~これで連絡先が二つになった」
「あはは、俺は郁真に勉強は教えてもらってばかりだから、俺が教えるってなると照れるな……」
連絡先の交換を済ませて二つに増えた連絡先を俺が眺めて居ると武智君がポリポリと頭を掻いて少し恥ずかしそうにしていた。
「いやいや、有難いよ、俺って本当にこれが携帯持つの初めてだからさ、今度俺のノート見せてあげるよ」
「マジか!?やったぜ!郁真のノートがあればテスト十点アップは固いぜ」
「え、何々?郁真君に携帯の使い方教えたらノート見せてくれるの?」
「マジ?ちょっと俺も見せてもらいたいから、なんか教えるぞ」
「私も~」
俺と武智君の話している内容を盗み聞かれていたのか何人かのクラスメイトが俺たちの席の周りに集まってきた。
その輪は少しずつ大きくなっていって結局クラスにいたほとんどの生徒と連絡先を交換して、今度ノートを見せることになってしまった。
◇
「と、言うことが有ったんですよ」
その後は特に何もなく、放課後になったので昨日千登世嬢が言っていた通り校門に停まっていたセダンに乗り込んで、一緒に後部座席に座っている千登世嬢に自慢げにLINEの友達欄の数字を自信満々に見せつけていると、それまで大人しく俺の話を聞いていた千登世嬢が無言でLINEの友達欄の数を見せつけてきた。
その人数は俺の約三倍と言ったところで、その数字を見てしまうと俺のクラスの皆達の力が足りなかったように思えてしまった。
「まだまだね。携帯初日にしては頑張ったとは思うけれど」
「どこで張り合ってきてるんですか……」
「……私、何事でも負けるのって嫌いなの」
それは知ってると千登世嬢に言えるわけもなく、俺は大人しく肩を落とした。
「そういえば今日、なんで鷺森さんの家に行くことになったんですか?」
「……まぁ、そろそろ教えてもいいかしらね。それと、私の事を鷺森って呼ぶの止めて頂戴」
千登世嬢は俺が鷺森と呼ぶのが気に入らないのか嫌そうな顔をしながらそう言った。
俺は雇い主である千登世嬢にそう言われては大人しく言うことを聞くことしかできないので、もともと頭の中で呼んでいた千登世嬢という呼び名を提案することにした。
「それじゃあ、千登世嬢で」
「……まぁ、鷺森よりはマシね。それと敬語もやめなさい鬱陶しいわ」
「……分かった。これでいいか?」
二つ目の千登世嬢からの命令に従って俺は敬語を使うことを辞めることになった。
千登世嬢は俺の敬語を使わない言葉に満足したのか「ふん」と一つ鼻息だけで返事をした。
「今日家に郁真を呼んだのは最低限壁としての役割を果たすための教育をするためよ」
「……千登世嬢が教育とか言うと滅茶苦茶怖いんだが」
「そんなに怖がるような事じゃないわ、ただ私のボディーガードに必要最低限の護身術を習うだけよ」
「因みに必要最低限ってどの程度だ?」
俺がそう聞くと、千登世嬢は少し悩むように指を顎に添えて考え込んでから口を開いた。
「そうね……敵対組織に雇われた輩ぐらいなら一対多でも軽くあしらうぐらいかしら?」
「ちょっと待て。俺は喧嘩はしたことないから良く分からないが、普通に考えて一対多って勝てるもんなのか?戦いは数だぞ」
「それを何とかするのよ。……何?郁真は私の壁になるのだからそれぐらい出来るようになるでしょう?」
「いやぁ、無理だろぉ。俺さっきも言ったけど喧嘩とかしたことないぞ」
「もし最低限の戦闘能力が付いたら、給料も上げるわ」
「……よ~し、頑張るかぁ」
「なんだか私、郁真の扱いが分かってきた気がするわ……本当にお金に困ってるのね、なんだか切ないわ」
「でも、痛いのはヤダなぁ」
「それぐらいは我慢しなさい。男の子でしょう?」
「男の子でも痛いのには変わりないんだよなぁ」
俺のくるくる回る手のひらの様子を見て、千登世嬢は呆れたようにため息をついていた。
俺と千登世嬢がそんな話をしていると俺たちの乗るセダンが立派な日本式の邸宅の前で停車した。
どうやら本日の目的地に到着したようだ。
千登世嬢が慣れた様子で車から降りてスタスタと邸宅の玄関に繋がる石畳を歩いて行ってしまったので、俺は置いて行かれないように、鞄を肩にかけて千登世嬢の後を追った。