竜虎相まみえる?+ウサギ
「はぁ……はぁ、ん、どうよ!」
その後二時間ほど言葉通り伊万里の独壇場であるライブをそれこそ、舞台裏には座る用の椅子が置いてあるのにも関わらず、二人とも一度も座る事なく気が付けばライブは終わっていた。
俺らが伊万里がステージから降りるのを見届けてから控室に向かって、控室の扉を開くと、俺達よりも先に控室に戻っていた伊万里は度々MCを挟んでいたとはいえ、ほぼ二時間踊りながら歌っていたこともあって、荒げた息を整えながらそう言った。
「正直、甘く見てた」
「……私の物になる気は?」
「もし、この仕事をしてなければ、別に構わないと思うほどには」
「それじゃあ意味ないじゃん~」
「千登世嬢のこともあるしな」
相変わらず、同じことを聞いてくる伊万里に正直に思ったことを答えると、伊万里は少しつまらなそうに頬を膨らませていた。
「鷺森……か」
伊万里は俺の言った言葉を反芻するようにぼそりと千登世嬢の名前を呟く。
「なんだよ?千登世嬢がどうかしたのか?」
「いや、なんだかんだ先輩にとって鷺森の存在は大きいんだなって思って」
「言うほどかね?」
「ま、先輩がそう言ってるうちには、私にも勝機ありってことで」
伊万里はまるで俺が、千登世嬢の事が好きと言わんばかりに何やら不穏な言葉を口にしているが、俺としては人として千登世嬢が好きなのは否定しないが、まるで伊万里が男女の仲として好いているかのように言うのでどこか釈然としない。
「今日でだいぶ先輩と仲を深めれたし、学校で鷺森にちょっかいでもかけようかな……これもあるし」
「あんまり、千登世嬢に突っかからないでくれよ?八つ当たりされるのは俺なんだから」
「ん~でも、鷺森が怒ってるの可愛いんだよねぇ」
ライブが始まる前に撮った写真の事を言いたいのか携帯をひらひらと手の内で煽りながら言う伊万里に俺は伊万里にちょっかい基、煽られた千登世嬢の矛先が俺に向くのが容易に想像出来てしまって、なだめるように俺が言ったところで伊万里にはまるで効果が無かった。
「ちょっかい掛けるぐらいなら、千登世嬢と仲良くしてやってくれよ……」
「別に私だって鷺森が良いなら仲良くするのはやぶさかではないんだよ?」
仲良くに言葉通り以外の意が込められている気がしないでもないが、素直に伊万里の言うことを信じるのであれば、別に伊万里は千登世嬢の事を特別嫌っているわけでもないらしい。
ただ、改めて千登世嬢と伊万里が二人並んでいるところを想像してみると、どうしても竜と虎が並んでいるイメージしか湧かず、無理に二人を突き合わせるのもなんだかなぁと思ってしまった。
棗さんはって?ウサギとかじゃないか?
「ま、程々に仲良くしてくれ、仕事相手の二人の仲が悪いのもあれだしな」
「程々に、ね」
伊万里はなぜか神妙な顔をしながら、頬に手を当てて言った。
俺はそんな伊万里を見て、嫌な予感がしないでもないが今になってそんなことを言っても仕方ないだろう。
「そう言えば、この後握手会だろ?なんか準備した方が良い事とか有るか?」
「ん?別に特にないと思うけど?だよね石見?」
「あぁ。飯田君はただ伊万里の後ろで見ていてくれればいいぞ」
「了解です」
「それじゃあ私も握手会の為に一旦シャワー浴びてくるね。……このままだと汗くさいし」
握手会の為に俺が準備することは特にないようで、伊万里がそう言った事で俺たちは一旦控室から出て、伊万里の準備が終わるのを待つこととなった。
◇
「よしっ!行きますか~」
俺と石見さんが控室の前で、適当に雑談をして伊万里を待っているとシャワー上がりだとみればすぐわかるほど頬を上気させた伊万里が戻ってきた。
「まぁ、時間も丁度いいな」
石見さんは腕時計に視線を向けて言う。
「それじゃあ飯田君、後は頼むな」
「了解です」
石見さんは俺の肩に手をポンと置いて言い、俺もやっと今日の仕事も本番に差し掛かった事を理解して改めて気を引き締めた。
◇
「伊万里ちゃん!これからも応援してるね!」
「うん!しーちゃんもいつも来てくれてありがとうね」
「そろそろです」
「伊万里ちゃんまたね~」
「またねー」
握手会が始まってから後ろでファンと交流する伊万里を見ながら、俺が思ったことは今現在伊万里と握手をしながら話していた女性もそうだが、思ったよりも伊万里のファンの女性比率が高いという事だった。
後、伊万里が初見の人はしょうがないとしても何度もライブに来ているファンの名前をほとんど覚えていることを素直に凄いなと感心していた。
「大儀さん今の方で前半の部終わりです、この後十分ほど休憩の後、後半に入りますが大丈夫ですか?」
「はい大丈夫です~」
これまでファンの皆さんの先導や時間を伝えてくれていた大柄な男性のスタッフさんが伝えてくれたおかげで結構長いこと握手会をしていた気がするが、まだ前半に過ぎない事を俺は知った。
一人当たり数十秒の握手ではあるがそれが数千人の規模になるとこうも時間が掛かるのかと驚いてしまう。
「伊万里、いつも握手会ってこんな時間かかるもんか?」
「今日は、箱が大きいからいつもより多いね」
「筋肉痛とかなりそうだな……」
「あはは、なるかも」
まあ石見さんが言っていたように、今のところは握手会が進むのを伊万里の後ろで見ているだけで別に危険なわけでもないので、休憩中も軽口を叩くぐらいの余裕はあった。
「そういや、思ったより女性が多いな」
「まあ実際6対4ぐらいだとは思うけどね」
6対4と聞いて俺のイメージではアイドルはほとんどが男性ファンだと思っていたが伊万里に限ってはそういう事もないらしい。
◇
結局その後後半に突入しても石見さんが言っていたように別に危険なことは起こらずただ後ろでファンと嬉しそうに交流する伊万里を見ていただけで今日の仕事は気が付けば後は車に乗って帰るだけとなっていた。
そもそも、ファンの方々はライブ会場に入るときにも、手荷物検査は済ませているし、一応握手の前にスタッフさんからボディチェックを受けているので、万一にも棗さんの時のような事にはならない事は知っていたが、それでも気を張らないわけには行かなかったので行きと同じように帰りの車に乗りこんだ俺は完全に疲れ切っていた。
「疲れたね~」
「そうっすね」
同じようにと言ったものの、行きとは違う点が一つありそれは今俺に話しかけてくる伊万里の存在だった。
今俺は実質強制的に伊万里に言われるがまま後部座席に伊万里と二人並んで座っている。
別に二人並んで座るのは問題はないが、俺が寝ようとすれば直ぐに伊万里がちょっかいを掛けて起こしてくるので行きの様に寝たいがそうもいかず、伊万里の相手をする羽目となる。
「なぁ、疲れてるなら、寝ないか?」
「えぇ~それじゃあつまらないじゃん」
一応隣に座る伊万里に提案をしてみるも直ぐにそう返されてしまった。
「先輩と仲良くなれたことだし、今度は普通に遊びにいこっか?」
「まあ機会があれば」
「……伊万里、あんまり飯田君を困らせるなよ」
「……はーい」
機会があればと言ったものの、別に悪くないかなと思っている自分がいることに少し驚いてしまった。
昨日までであればそんなことは思わなかったはずだが、伊万里の言う通り、今日だけでだいぶ打ち解けたと思う。
それに、もうそんなに伊万里の事も怖くないし、千登世嬢と同じように案外慣れるものなのかもしれない。
結局俺の提案はそのまま流されてしまって、家に着くまで伊万里に話しかけられて行きのように寝ることは出来ず、家に帰ってきた俺はそのまま布団に倒れ込んで、気が付けば眠りに付いていた。




