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きっと今は君が世界で一番可愛い

「壮観だな」

「でしょ?それ全部私のファンなんだよ?私の物になりたくなった?」


 外というわけではないが、外に並ぶ観客が一望できるところに来て、外に並ぶ大勢の観客を見て俺はそんな感想を漏らした。

 物販を済ませたのか、大儀さんの名前の書かれたタオルや、大儀さんのアイドルとしてのイメージカラーである紺色でデザインの施されたTシャツを着ている観客を一望して、その全員が何かしらに紺色を身に纏っている姿を見ると大儀さんが正しくアイドル(偶像)なのだと再認識する。


「なりませんって」

「けち」


 俺が一人で感動している間にも、大儀さんが恐ろしい事を言っていたので、きちんと拒否すると大儀さんはわざとらしく唇を尖らせていた。


「まぁでも、ライブ本番の私を見たら、先輩も自分から私の物になりたくなってるから」

「本当にそうなってたら、喜んでなりますよ」

「言ったね?言質とったぞー」


 いい加減大儀さんがしつこいのであしらうように言った言葉に大儀さんは嬉しそうに「言質、言質」と言いながらぴょこぴょこ飛び跳ねている。

 完全に口は災いの元を体現している気がしないでもないが、いまさら放った言葉を翻すわけにもいかない。


「うん。皆を見るのは満足した」

「もういいのか?」

「あとで会えるしね」


 そう言う大儀さんは先ほどまで俺の言葉を聞いて喜んでいたのが嘘のようにアイドルの顔をしていた。

 相変わらず、くるくると変わるアイドルとしての大儀さんの顔と普段の大儀さんの顔にどちらが本当の大儀さんなのか分からなくなりそうだ。


 大儀さんは言葉通り、観客を見るのには満足したのかスタスタと控室の方に戻っていくので俺も後を追った。


 本番まで後一時間。


 ◇


「本番まで集中したいから先輩は石見のほう行ってても良いよ?多分見ててもつまらないし」


 控室の前に着いて、ドアノブに手を掛けながら大儀さんがそう言った。


「……邪魔じゃなければ居てもいいか?本番前のアイドルなんてそうそう見れるもんじゃないだろ?」


 これはまごうことなき本心だった。

 日本一と言っても過言ではないアイドルの本番前を近くで見れるの何て、どんなにお金を積んでもそうないだろうし、何より今日一日付いて回ってアイドルとしての大儀さんに少し興味が湧いていたからだ。


 俺の言葉を聞いて大儀さんは少し考えた後小さく頷いてくれた。


「えっと……その後……それで……」


 もはや定位置の様になっている椅子に座りながら、もごもごと呟きながら段取りの最終確認をしている大儀さんを見ながら出来るだけ集中の邪魔をしないように気配を薄めて眺めていると、棗さんの時にも少し思ったが自分の何かを売って商売をしている人特有の普通の仕事をしている人とは少し違った雰囲気を大儀さんが集中しているからか色濃く感じる。


 別に普通に仕事をしている人が悪いとは一ミリも思わないが、どうしても普通とは乖離したこの雰囲気に気圧されると共に、どこか普通の人は知りえない部分を見ているのだと少しばかり優越感を感じてしまう。


「楽しい?」

「……楽しいというか、興味深い」

「ふ~ん」


 大儀さんは振りを確認しながら黙って眺めている俺に話しかけてくる。

 俺が正直に答えると、そこまで興味なさそうに空返事を返してまた振りの確認に戻った。


「邪魔ならすぐ出てく」

「いいよ、見てて。案外見られてるのも悪くないし」


「見られているのも悪くない」の言葉の真意は分からないが、邪魔ではないというのであれば有難く眺めさせてもらうことにする。


 どれだけの間、何度も振りの確認や段取りの確認を繰り返す大儀さんを眺めていただろうか、扉の向こうからノックと共に掛けられた「そろそろ」というスタッフさんの言葉で、俺と大儀さんは何と言おうか、この形容しがたい空間に終わりが来たことを知る。


「あのね、先輩」

「おう」


 そろそろ行こうかと椅子から少し腰を浮かせると、不意に大儀さんが俺を呼び止めた。


「いつか言ったけど、私はその日その日が人生史上一番可愛い自分って自信があるんだよね」

「言ってたな」


 確かに、聞いたことのある言葉だ。


「でもそれって、アイドルの私も、普通の中学生の私も纏めてで」


「多分、アイドルの私はライブをするたびに可愛いを更新してる」


「中学生の私は昨日より今日が可愛いけど、アイドルの私はきっと前回のライブが一番可愛い」


 大儀さんは自ら口にした言葉を自己暗示の様に自分に言い聞かせているのか、俺の返事を待たずに次々に言葉を連ねていく。

 俺はそんな大儀さんの邪魔をせずに静かに頷いて次の言葉を待つ。なぜだかここで口をはさむべきではないと思ったからだ。


「今日が多分世界で一番可愛いアイドルの私」


「だから……」


「目、離さないでね。なんたって今日の私は世界で一番可愛いアイドルなんだから、ねっ!」


 大儀さんはそう締めくくってぴょんと少し高めのジャンプをしてから、ある種の自己暗示を終え気合を入れるようにパン!と音がたつほどの勢いで両手で自分の頬を挟んだ。


「ど?私の物になりたくなった?」


 大儀さんは気合を入れ終わってまたいつもの大儀さんの様に揶揄うように俺の事を上目遣いで覗き込んでその白魚のような指で俺の顎をクイともたげ、言った。


「不覚にも、悪くないと思った自分がいる」


 あんまりにも真剣にアイドルをしているからか、それともただ見栄を張っているただの中学生に見えてしまったからか、はたまた一番可愛いアイドルだと自信だけではなく事実が裏付けとして今大儀さんを形作っていることを知っているからか、俺がいくら考えてもこれと言った答えは出ないが、今の大儀さんの何かが俺の琴線を想像できないほどにくすぐった。


「さっすが私!あともう一押し頑張りますかっ」

「おう、頑張れ。特等席で見させてもらうからな」


 そのまま大儀さんはハイタッチを乞うように両の手を頭上に掲げたので、俺も手のひらを軽く合わせた。


 俺達のハイタッチは気合の入りようとは裏腹に「ぺちり」と間抜けな音を立てて、それがあんまりに場違いな音だったので二人してくすりと笑ってしまった。


 今この時は、伊万里の事を怖いとなんて思わず、ただ、純粋に伊万里のファンになりそうな俺がいた。



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