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意味が分かりません、誰か助けてください。

大儀伊万里、本領発揮。

「どうだった?」


 石見さんと別れ、控室に戻ると、既に一足先に控室に戻ってきていた大儀さんがしたり顔でそう話しかけてきた。


「どうも何も、小さすぎてよく見えなかったです。……ただ、ちゃんとアイドルしてるんだなぁとは」

「まぁアイドルですから」


 実際石見さんと見ていた場所からは大儀さんはモニター越しでもなければ顔の表情なんて見れもしなかったが、綺麗と評するべきな大儀さんの容姿とは打って変わって流れていた音楽はキャッチ―な曲調が多くそれも相まって「アイドル」をしていると思った。


 大儀さんは俺の返事を聞いて満足したのか、座っている椅子の上でパタパタと足をばたつかせて嬉しそうにしていた。


 これまでの仕事では今みたいにたまに獲物を見定めるような行動をとることを除けば、親しみやすい大儀さんしか見てきていなかったので、先ほどみたいに別世界の人間に思えた人が今こうして年相応に喜んでいるのを見ると何故か安心した。


「本番はもっとすごいから」

「それは楽しみです」

「今度は舞台袖で見てね?」


 大儀さんは膝の上で手を組んで俺を見上げながら言う。

 ジッと何もかも見透かしているような大きな瞳で射抜かれると相変わらず心臓に悪い。


 とは言え、さすがに俺もいい加減この大儀さんの不意に見せるのか見せているのか分からないコレにも慣れてきたのもの有って、お茶らけた返事を返すぐらいの余裕はあった。


「高いんじゃあないですか?」

「それが今ならタダなんだよね」

「むしろ俺が給料もらってますしね」


「それもそうだね、しかも今日はいつもの三割増しで」

「そうですね、助かります」

「よきにはからえ~」


 俺がお茶らけた返事を返したからか、大儀さんもいつにもましてふざけた様子で言う。


「それにしても郁真君は面白いよね」


 大儀さんは今まで二人でふざけたやり取りをしていたことが嘘のように、ただ幼子が昆虫に残酷なことをするときのような、純粋な興味を覗かせる瞳で俺の事を射抜きながら、妙に神妙な様子で言う。


「それはどういう意味で?」


 ()()もまた、大儀さんと付き合う内に、良く目にする表情だった。

 この表情に関しては、何度受けても居心地の悪さを感じずにはいられず、未だに慣れそうにも無かった。

 そんな事を言っても仕方がないので、出来るだけ平坦な口調で聞き返す。


「いやね、学校でさ、鷺森千登世に私の郁真にちょっかい掛けるんじゃないわよなんて言われてさ」


 千登世嬢は何やってんだか……

 確かに、千登世嬢から大儀さんと同じ学校に通っているとは聞いていたし、特別千登世嬢が大儀さんの事を敵視しているのも知っていたが、まさか嫌っていたはずの大儀さんに自ら突っかかるとは。


「確かに郁真君が他の人の護衛も聞いてはいたけど、それがまさか鷺森とはね」

「……まぁ縁がありまして」


 うんうんと頷きながら言葉を紡ぐ大儀さんが果たして何を言いたいの分からない。


「そういえば私と同じようなのと会ったことが有るって言ってたし、それも鷺森の事だよね?」

「そうですね」


 どうやら千登世嬢が怪力を持っているのは大儀さんも知っていたのか、いつだか俺の言った言葉が腑に落ちたのか、大儀さんは一人で頷いている。


「自分で言うのもなんだけど、郁真君って女難?」

「本当に自分で言うのもなんですね。……まぁそうじゃないと言ったら嘘かもですが」

「だよね?」


 少し考えるように顎に手を当てた、何か面白い事を思いついたのか、大儀さんはにんまりと笑みを張り付けて口を開いた。


「良い事思いついた」


「郁真君さ、私の物になりなよ。鷺森って暴力的じゃない?私の方が良くない?」


 何をいわれるのかと身構えていると、大儀さんの口から放たれたのはそんな言葉だった。

 大儀さんの脳内で何がどうなってそんな考えに至ったのか一から聞きたいところだが、さすがに縁も恩も無くはない千登世嬢の事をそんな風に暴力的の一言で済まされると流石に反論の一つは返したくなる。


 暴力的なのは否定しようがないが。


「……まず、俺は俺の物ですし、千登世嬢もあれで案外良いところあるんで」

「へぇ……千登世嬢って呼んでるんだ?私は大儀さんなのに?」


 何がそんなに癪に障るのか、大儀さんは肘置きのパイプをカツリと爪で叩く。

 千登世嬢が大儀さんを嫌っている様に、大儀さんもまた千登世嬢を嫌っているのかもしれない。

 千登世嬢が言うにはそこまで話したことも無いみたいだし、二人して何がそんなに気に食わないのかと聞きたくなるがそんなことを聞けるような雰囲気でもなかった。


 それこそいつか思った同族嫌悪なのだろうか。


「それじゃあ、伊万里さんで」

「伊万里」


 流石に、このままでは今の大儀さんは逃がしてはくれないだろうし、取り敢えず下の名前にさん付けで呼んでみたが、大儀さんは全く満足していないようで有無は言わさぬ様子で、呼び捨てを要求してくる。

 こうして大儀さんの大きな瞳でねめつけられると俺の小動物ハートが逆らうなとアラームを鳴らす。


「……伊万里」

「あは、なんか照れるね」


 観念して大儀さんの望むように伊万里と呼ぶとポッと頬を赤らめて大儀さんはこめかみを軽く掻いた。


「因みに、鷺森にはなんて呼ばれてるの?」

「郁真、ですけど」


 そこまで千登世嬢の事が気になるのか、大儀さんは再度俺が千登世嬢と何と呼び合っているのかと聞いてくる。


「ふ~ん?それじゃあどうしよっかな……郁真先輩?どう良くない?」

「お任せします」

「あ、それと敬語も違うかな?」

「……任せるよ」

「うん。良い感じ」


 怖いよ……


 大儀さんにここまで詰められると俺は逆らうことも出来ずに、大人しく大儀さんの言う通りに敬語と呼び名を改めることになった。


「まだ本番まで時間あるし、写真撮ろうよ。先輩の携帯かして?」


 そう言って大儀さんは手のひらを広げて、俺の携帯を要求してくる。

 なんでまた本番まで時間があるから、写真を撮ることになるのかは分からないけど、例によって逆らうわけにも行かないので俺は大人しく携帯を大儀さんに差し出した。


「ありがと!」

「俺、カメラのアプリとか入れてないぞ」

「いーよいーよ、ほら、こっちきて」


 せめてもの抵抗としてノーマルのカメラしかないと言って見るも、大儀さんほどの美少女に対しては全く効果は無く、俺は大儀さんに手を引かれてまるで恋人同士が写真を撮るかのような距離感で写真に収められた。


「これLINで送っておいて?」

「良いけど、だったら最初から伊万里の携帯で撮ればよかったんじゃ」

「いいからいいから」


 訳も分からぬまま、取り敢えず大儀さんの言う通りに写真を送った。


「お、きたよ~……これをこうしてっと、どう?」


 そう言って大儀さんは携帯を少しいじってから俺に見えるようにこちらに向けた。

 そうして俺に見せつけるようにして向けられた大儀さんの携帯の待ち受け画面が先ほど撮られた写真になっていた。


「……それ、まずいんじゃ」

「そう?変えないけど」


 大儀さんは俺の心配をよそに、待ち受け画面の変わった携帯をまるで大切な物を慈しむように胸に抱いていた。


 流石に、あの写真を待ち受けにするのは厄介ごとの種にしかならない気がして、辞めさせたいのはやまやまだが、これほどまでに嬉しそうにしている大儀さんが素直に辞めてくれる未来が一ミリも見えない。


 千登世嬢の名前が大儀さんから出てから、何が何だか分からないままとんとん拍子で進んでいく話に流石に混乱してきて、俺の脳内はショート寸前だった。


 今ばかりは勉強こそできる自分の脳みそが役立たずな化石に思えた。


「とりあえず私の物になるのは保留ってことにして、多分そろそろお客さんの入場始まってるから、それ見に行かない?」

「保留にするなよ、まぁ見に行くのはいいけどさ」


 不穏な言葉を聞きながら、この混乱した脳内を落ち着かせるためにも大儀さんの言う通り一旦外に出るのは俺にとっても有難かった。

 完全にロックオンされてしまったことを、先ほどから一度たりとも俺から視線を外さない大儀さんに、今までとはどこか質の違う恐怖を感じながら俺は大儀さんの後ろをついて控室を後にした。




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