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そんなことないのかもしれない

長いです

 結局俺はその後大儀さんに連れられるままに、大儀さんの言う自分磨きに付き合わされていた。

 エステでは個室での施術だったので、特に俺と大儀さんの間で会話が交わされることも無く、俺の顔がテカテカのツルツルになった事以外には何事も起こらなかったので、一安心していたが次の目的地はどう考えても一人ずつなんてやりようも無いヨガだ。


「本当にこの後も俺ついて行かないといけないですか?」

「勿論。ほら、郁真君は護衛なんだからさ」

「それはそうですけど……」


 エステを終え、つぎの目的地に向かうためにタクシーに乗り込んだ俺は、せめてもの抵抗と言わんばかりに何度目かもわからない確認をしてみたものの、帰ってきた返事は何度も聞いたもので、大儀さんはどうしたって俺を連れまわしたいらしい。


 ニコニコと何が楽しいのか、未だに直視が出来ない整った顔面に笑みを浮かべながらタクシーの運転手に目的地を伝える大儀さんを横目に俺は一人ため息をついた。


 ◇


 ヨガと言う物を初めて経験したが、ヨガをするために薄着に着替えた大儀さんと隣り合ってインストラクターさんの言う通りに体を動かしていく中で、どうしても隣の大儀さんが目を引いてしまう体勢になることが有りまともに集中できなかった。


 それこそ一から説明すると大変に長くなってしまうので、ただひたすらにエロかったとだけ感想を残そう。


 形式上とは言え護衛のはずの俺がそんな明らかに仕事とは関係ない感想を残すなと言われても仕方ないだろう、絶世の美少女と言っても良い千登世嬢と並べても負けるどころか大儀さんは素知らぬ顔で勝利を収めるだろうし、それに大儀さんの魔性が加われば圧勝である。


 そんな美少女が集中した真面目な表情をしながら、ヨガ初心者の俺からしたらただの色っぽいポーズをしているのだ。


 分かるだろ?


「……次は、キックボクシングでしたっけ?」

「そうだね、あれでしょ?郁真君も強いんでしょ?」


 エステの時とは明らかに精神的に疲労した俺が言うと、大儀さんはさも当然と言わんばかりに言った。


「まぁ……所謂スポーツ的に強いと言って良いのかは分からないですけど」

「へぇ~やっぱり。ジムに着いたら、郁真君のかっこいい所見せてね?」


 俺の多少後ろ向きな肯定ともいえる返事を聞いて大儀さんは興味深々の様子で大きく頷いてからコテンと首を傾げながら覗き込んでそう言った。


 大儀さんは今みたいに不意に本人にその意志はないとは思うが、ひどく誘惑するような仕草や声音を使ってくる。

 これが、故意なのかは分からないけれども、俺の精神的にあまり良くない事だけが確かだった。


 何となくそのまま大儀さんの事を直視することが出来なかった俺は、フイと車窓から覗くビル群に視線を向けた。


「くふふ、なぁに恥ずかしがってるの?」


 大儀さんは顔を逸らした俺を揶揄うように体を寄せてくる。


「……揶揄ってます?」

「勿論!」


 じりじりと体を寄せてくる大儀さんを離すように腕を伸ばしながら言うと大儀さんはその嫌になるぐらい可愛らしい顔をクシャリと歪めて腹も立たないほど大きく笑って言った。


 そんな顔を見せられては何も言うことも出来ずに今日の仕事が始まってから何度目かも分からないため息をこぼした。


 ◇


 キックボクシングジムはこれまで体験した初めての物の中でも細かいところは違う物の概ね一姫さんと訓練している道場と同じような空間でそこまで気後れはしなかった。


 またもや運動用の動きやすい薄着に着替えてどこぞのお面をした女傑とは大違いの可愛らしい威力でトレーナーさんの持つミットにポスポスとコンビネーションを当てている大儀さんを見て、そこは普通なんだ。なんて少し失礼な感想を思い浮かべていた。


 千登世嬢や一姫さんがミットに撃つときの音なんて明らか人間が出せる音ではなく、ミットを持っている俺の手が吹き飛ぶの何てザラなのでどこか大儀さんも見た目に似合わない戦闘力を持っているのではなかろうかと思ってしまっていた。


 それもこれもあの家に居る女性たちの戦闘力が高すぎるせいである。


「……ふぅ、どうだった?」


 これまでのエステやヨガと違って格闘技関係は無理に俺を突き合わせる必要を感じなかったのか、一緒にと言われなかったので、ぼんやりとミット打ちをする大儀さんを眺めていると、ミット打ちがひと段落したのか、額に流れる汗をタオルで拭きながら、大儀さんが少し疲れた様子でそう聞いてきた。


「……いい感じでしたよ」

「そう?やってる人に言われると嬉しいね」


「それじゃあ郁真君もやってみてよ」

「……本当にやるんすね」


「お兄さんもやるんですか?」


 俺が座っていた椅子に座った大儀さんがそう言うと、先ほどまで大儀さんの相手をしていたトレーナーさんがミットをはめた手を軽く上げてそう言った。


 ここまで言われてしまうとやらないわけにも行かないだろう。


「やります……」

「おー!それじゃあその後ろに掛かってる奴好きに付けてリング上がってください!」


「あの、俺打撃じゃなくて組技系なんですけど、グローブ付けちゃうと出来ないです」

「あ、おっけーです。オープンフィンガー準備しますね~」


 トレーナーさんが言った後ろに掛かっているグローブたちは全部ボクシングやキックボクシングで使われる拳を丸ごと覆うグローブだったので、総合格闘技等の寝技や組技の有る格闘技で使われるオープンフィンガーグローブが無ければ出来ないと、最後の抵抗をしてみたものの軽い調子で退路を断たれた。


「これで良いですか?」


 トレーナーさんが裏の方に行ってから直ぐにグローブを持ってきてくれたので、俺は退路も断たれたことだし大人しく渡されたグローブをはめてリングの上に上がった。


「頑張れー!」


 正直最近は一姫さんとの訓練でももっぱら素手だったので、グローブをはめた両手に多少の違和感を感じながらも、大儀さんみたいな怖いとはいえ、圧倒的な美少女に応援されてしまっては流石に少しはやる気が出てきてしまう。


「どうします?」


 大儀さんの声援を受けながら、俺がトレーナーさんに向かい合うと、トレーナーさんがそう聞いてきた。


「まぁ、適当に打ってきてくれれば、痛くない程度に関節決めるんで」

「へぇ、そう」


 トレーナーさんは俺の少し慢心したような言葉に少しイラついたのか、ぶっきらぼうに返事だけ返して俺がグローブを付けている間に付けたグローブをボスボスと突き合わせる。


 まぁ、慢心も何も明らかにトレーナーさんは一姫さんや千登世嬢に比べれば一般人の枠組みに入るのは何となく分かる。


「それじゃあ、スタート!」


 トレーナーさんはそう掛け声をかけてから、様子見がてらのジャブを繰り出してくるが、明らかにいつもやっている二人に比べれば遅いジャブを軽く絡めとって関節を極めた。


「うっ……」

「痛くないですか?」


 流石にトレーナーさんは分かっているのか、関節を極めると直ぐにタップしてくれた。どこぞの力業で解決してくる千登世嬢じゃなくてよかった。


 出来るだけ痛くないように極めたとはいえ関節技はそもそも痛いものなので、タップされて直ぐに拘束を解いて、トレーナーさんに確認を取るとトレーナーさんは小さく頷いていた。


「すごいじゃん!」


 俺グローブをトレーナーさんに返してリングを降りると、大儀さんは感心したように俺の肩をポンポンと叩いて言った。


「まぁ、一応鍛えられてるんで……」

「にしてもだよ~!早すぎて何やってるのか分からなかったもん」


 こう素直に褒められることがあんまりないので、気恥ずかしさを感じながら、そう返事を返すも大儀さんは興奮冷めやらぬ様子で俺の肩を叩き続ける。


 結局その後も大儀さんは俺の動きがツボにはまったのか、ジムの時間が終わるまで、どうやるのかと聞いては「こう?」「こんな感じ?」と真似するので、俺はジャブを打つ係としてさんざん付き合わされることになった。


 ◇


「今度郁真君に教えてくれてる人に会わせてよ~」

「……やめといたほうが良いと思いますよ」


 ジムを後にしてタクシーを待っている間も、何がそんなに気に入ったのか大儀さんは一姫さんと会いたいなんて言うので、最悪一姫さんは良いとしても、千登世嬢のあの大儀さんの嫌いようを思うと二人を引き合わせるのは百パーセントナシだ。


「えぇ~いいじゃん」

「というか、何がそんなに気に入ったんですか?」


 そもそも気になっていたことを大儀さんに聞いてみた。


「なんか、スマートじゃない?パンチとかより、相手の攻撃を受け流す!みたいな」


 そうして帰ってきた返答は思っていたより、子供じみた理由だった。


「意外としょうもない理由ですね」

「別にいいじゃん!」

「まぁでも、このキックボクシングだって別に護身用って訳じゃないんですよね?」

「そうだけどさ~」


 未だに諦めが付かないのかぶつぶつと大儀さんが呟いているうちに、呼んでいたタクシーが目の前に停まったので俺たちはそのままタクシーに乗り込んだ。


 ◇


「そういえば失礼かもしれないですけど……少し、意外でした。大儀さんがこうやって運動したり、それこそ自分磨きしてるの」

「そう?このぐらい普通だと思うけど。だって自分の容姿でお金稼いでるんだもん」


 確かに大儀さんの言う通り、テレビに出ていたりする女優さんやアイドルの人たちにとっては普通なのかもしれないが、千登世嬢とかは俺の知らないところでしていれば分からないが、俺の知る限り、エステに行ったりしているところは見たことがない。


「そういえば、大儀さんってアイドルでしたね」

「そういえばって失礼な」

「あはは、すいません」


「まあ、私自身自分を綺麗に保つのは半ば趣味みたいになってるけど、それは関係なしに応援してくれるファンの子の為にもその日が人生で一番可愛い私で居たいって思うしね」


 珍しく大儀さんは少し照れたように、頬を赤らめて居るのが通り過ぎる街灯やビルの明かりでぼんやりと照らされていた。


 俺は何というかそんな大儀さんの様子を見て、魔性こそなければそこまで怖くないただの女の子なんじゃあないかと思った。


「ま、自分磨きなんてしてもしなくても、私はその日その日が人生で世界で一番可愛いのは知ってるんだけどね」


 いや、そんなことないのかもしれない。



 大儀さんが付け加えるように軽い調子でぼそっと呟いた言葉が一番本心なのだと思えて仕方がなかった。


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