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少し長いです。

「俺はこの後 別件で本社の方で仕事あるから飯田君一人に任せるけど大丈夫か?」

「……え、一人ですか!?」

「まぁ大丈夫だろ?飯田君も伊万里のアレ効かないみたいだし」

「だからって……」

「頼むぞ」


 俺達が喫茶店を後にしてスタジオに向かうためにタクシーに乗り込んでから少し経った時、石見さんに言われた言葉は俺にとって全く嬉しくない言葉だった。

 石見さんは俺の反論は一切聞くつもりは無いようで、俺の言葉を途中でぶつ切りにして直ぐに鞄から取り出したノートパソコンに目を落としてしまった。


 千登世嬢と良い、これは何か仕事をしている人特有のこれ以上は何を言っても無視される仕草なのは分かっていたのでこれ以上は何も言えないが、正直大儀さんと二人きりは明らかに俺には荷が重い気がする。


 石見さんはそれを知ってか知らずかそれ以降タクシーの中で俺に視線を向けることは無かった。


 ◇


「お疲れ様です、もう撮影って終わってますか?」

「あぁ!石見さんもう終わって伊万里ちゃん楽屋で待ってますよ!」


 棗さんの時の竹内さんもそうだが、こういう人達の普段との変わりように少し驚きながらも俺は黙ってテレビ局のスタッフさんに会釈をして先を進む石見さんを追いかける。


「伊万里、今いいか?」

「はーい、大丈夫」


 迷いなく進んでいく石見さんの後ろをついていくと石見さんは壁に大儀伊万里様と紙の貼られた一室の前で立ち止まりノックをしてから中にいるであろう大儀さんに声を掛けると、楽屋の中から一度聴いたら忘れられない可愛らしい声で返事が帰ってきた。


 石見さんは大儀さんの返事を聞いて部屋の扉を開けて中に入ったので俺もそれに続いて楽屋の中に入ると大儀さんは思っていたよりくつろいでいて、目にも止まらぬ速さで携帯に何やら打ち込みながら俺達に視線を向けていた。


 大儀さんはさっきまでテレビの撮影をしていたので普通と言えば普通なのだろうがアイドル時の衣装を身に纏っており、それは人間が普通に生活していれば着ることは無いであろう服装で大して物も置かれていない楽屋の中で大儀さんただ一人が纏う非現実感に少し脳みそが混乱してしまう。


「あー、飯田君だ!そう言えば今日からだったね、よろしく~」

「どうも」


 その非現実は石見さんの後ろで隠れるように立ち尽くす俺に気が付いて、ぱぁっと顔を華やげていた。

 俺は怖い怖いと言いつつも千登世嬢や棗さんをもってしても大儀さんに比べれば、容姿単体で言えば勝利してしまうような大儀さんに真っすぐ見つめられると流石にきつかった。


 ましてや今回は魔性は全く関係なしにだ。


「伊万里、取り敢えずこの収録で今日の仕事は終わりだ。明日の予定はまた連絡する」

「……ん、りょーかい」

「俺はこの後本社で仕事があるから、この前話した通り飯田君に身の回りの事を頼むから、余り困らせるなよ」

「分かってるって、気を付けますー」


 魔性とか関係なしに少し大儀さんにやられていた俺を見かねてか石見さんが業務連絡を兼ねて俺と大儀さんの間に体を挟んでくれた。


 しかし、そんな石見さんもいつまでも守ってくれるわけでもなく、「じゃあ俺本社に行くから」と言い残して楽屋から出て行ってしまった。


「ねぇ、飯田君の事郁真君って呼んで良い?」

「……良いですけど」

「やたっ!嬉しい、ねぇちょっとこっち来て~」

「うわ!っとと」


 石見さんが出て行ってしまって、どうしようかと立ち尽くしていると大儀さんから話しかけてきた。

 距離感の詰め方のあまりの自然さに恐怖しながらも、大儀さんに手を引かれてよろけてしまった。


 ――パシャリ


 よろめいて転びかけた俺が顔を上げるといつの間にか準備していたのか、大儀さんはその自らの怖いほどに整った顔と転びかけて間抜けな顔をしているであろう俺を同じ画角に捕らえていた。


「ファンの子たちに勘違いされると困るから新しいボディーガードってツイートしておくね」


 大儀さんは握っていた俺の腕を話して、少し申し訳なさそうに眉根を下げて言った。


「別にそれは良いですけど、先に言ってくださいよ……」

「ひひひ、ごめんごめん」


 別に棗さんの件で俺の顔は全世界に公開されているし、写真ぐらいどうってことは無い。小悪魔とはこの人の為にあるんじゃあないかと思ってしまうほど憎めない笑みを浮かべながら大儀さんは俺の肩をポンポンと叩いて、自信の携帯に目を落とした。


「新しいボディーガード君で、す、っと。どう?良い感じでしょ」


 大儀さんは自分でSNSに投稿する文章を諳んじながら、完成した投稿を俺に自慢げに胸を張って見せてくれた。

 急に撮った割にきちんと可愛い顔で写っている大儀さんは置いておくとして、明らかに転びかけたせいで少し間抜けな顔をしている俺がそこにはちゃんと写っていた。


「まぁ、大儀さんは良いと思いますよ」

「そう?郁真君も可愛くない?」


 俺の間抜けな顔は良いとしても、今さっき投稿したばかりなのに、大儀さんが見せてくる画面には大量のファンの人たちからの反応が集まっていて俺としてはそちらの方が不安でしょうがなかった。


「ま、いいか。それじゃあそろそろ行こっか?」

「……えと、どこに?」


 大儀さんは俺の感想が思っていたものと違ったのか、首を傾げながら「可愛いと思うんだけどな~」と呟きながら先ほどの写真を眺めていたが、それも満足したのか携帯を鞄にしまって急にそう言った。

 葛西で会った時は存在感の所為か大きく見えた大儀さんは今こうして二人で顔を合わせてみると俺と比べても頭一つ分ほど身長は低く自然と見上げられることとなる。


 問題は、大儀さんの整った容姿と、小首をかしげながら自然と上目遣いになってしまったことによる破壊力の高さだった。

 ましてや、主語の無いその言葉は、一瞬の間でありもしない邪な想像が脳内によぎってしまう。俺はそれを振り払って辛うじて至って普通に返事を返すことが出来た。


「えっと、この後はエステとヨガとキックボクシングかな?」

「……了解です。お姫様に付いていきますよ、一応護衛なんで」


 刹那の間とはいえ、邪な考えがよぎってしまったのが恥ずかしいぐらいきちんとした予定だった。

 恐らく大儀さんは自身の商品としての価値を落とさぬよう、こうして毎日努力しているのだろう。

 勝手に自分で想像してしまった邪な考えを振り払うようにわざと芝居がかった口調で返事をしたが、大儀さんはまたも俺の想像を超える返事をした。


「え、一緒にやろうよ、自分磨き」

「いや、どこか外で終わるまで待ってますよ」

「護衛の意味ないじゃんね」

「……まぁ、そうすね」

「ね?けってーい、ほらどいてどいて」


 多少反抗しようとしてみるものの、大儀さんに完全に論破されてしまって、一緒に大儀さんの予定に付き合うことが確定してしまった。

 そのままなぜか大儀さんは、俺の背中をぐいぐいと押して楽屋の外に追い出そうとしてくる。


「ちょ、なんで押すんですか」

「……着替えないといけないんだけど」

「あー、うす」


 言われてみれば当然である。


 今大儀さんはアイドル用の衣装のままで、このままこの服で外を歩くのはなかなか難しいのは少し考えればわかる事だったので俺は大人しく楽屋の外に追い出された。


「……見たい?」

「……イエ、ケッコウデス」

「そ」


 俺が楽屋から廊下に出て、扉の間から少しだけ体を覗かせた大儀さんが揶揄うように襟元をクイと持ち上げるものだから、真っ白な首元や鎖骨、ややもすれば見えてしまいそうな大儀さんの決して小さくないふくらみを彩る物たちが見えてしまいそうでバッと首を逆方向へねじる。


 しまいそうでどころか実際鎖骨までは見えていた。


 後ろから大儀さんの、少し楽しそうの割に興味のない返事を聞きながら俺は結局大儀さんが部屋の中から着替えが終わったと声を掛けてくれるまで捻った首を戻すことは出来なかった。


 千登世嬢、勝ってるところ友達の多さどこじゃないぞ……見栄張りやがって


 最近はもっぱら猫のここには居ない千登世嬢を思い浮かべながら、いつか千登世嬢が言っていた言葉にどこか的外れな恨み言を漏らさずにはいられなかった。


「それじゃあ行こっか~」

「……うす」


 着替えも終わって先ほどまでのアイドル衣装と比べれば普通の服装に戻った大儀さんの後ろを歩きながら、楽しそうに右手を上げて大儀さんの言った言葉に俺は反抗する意志も湧かず、大人しく大儀さんの後を追う。


 俺は視界の斜め下に見える大儀さんのつむじをぼんやりと見ながら、千登世嬢然り大儀さんもアレさえなければ小悪魔な立ち振る舞いが過ぎるのを除けば普通の可愛らしい女の子なんだよな、と何処か葛西で会った時の印象と違う大儀さんに、あそこまで嫌がる必要があったのかと反省した。


 とはいえ千登世嬢があそこまで大儀さんを嫌うのが同族嫌悪だけではないような気がするので未だに鼻歌交じりで前を歩く大儀さんの事が怖いのには変わりないのだが。


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