アイツら特有のアレ
新章です。
千登世嬢達三人とプールに行ってから、つぎの週末には元々約束していた武智君や千曲さんともプールに行って丸一日嫌になるほどプールで遊び、これまでは勉強ばかりで碌に夏を楽しんだことのない俺にとって今年の夏をここまで満喫できるようになったのは、あの時鬼頭さんに仕事を斡旋してもらったおかげで、無論その仕事のおかげで父親の残した借金も仕事のおかげで滞りなく返済出来ている。
棗さんの件が片付いてからはほぼ毎日千登世嬢の所で仕事という名の千果のお守りと千登世嬢の雑談相手として代り映えしない毎日を過ごしていたが、今日は週に一度の休みということもありそんな有り体も無い事を思いながら我が家の掃除をしていた。
要は最近は大して何か事件が起こることも無く平々凡々とした日常を過ごしていると言うわけだ。
「よし、こんなもんかな」
最近は家に帰ってきたらすぐに寝ていたので、軽く畳を雑巾で乾拭きしただけでも俺の手の中にある雑巾は薄黒く変身していた。
――ピピピピ
掃除もひと段落着いて作っておいた麦茶を飲んでまったりしていると、不意に携帯電話が音を立てた。
液晶を覗き込んでみれば葛西セキュリティサービスからだった。
「……ん、どうしたんだろ」
はて、何かあったかな。と棗さんの件がひと段落着いてからは葛西から業務連絡のメール以外では連絡は無く、ましては電話なんて珍しいこともあるもんだなと思いながら、電話を取った。
「もしもし、飯田ですけど」
「……お疲れ様です、飯田さん今お時間は大丈夫ですか?」
「……まぁ、大丈夫ですけど」
「誠に申し訳ないんですが、今から葛西の方に顔を出せたりって……」
電話口から伝わる、少し焦ったような口調に嫌な予感を感じてしまう。
「今日は鷺森さんの所も休みなんで、行けますけど」
「本当ですか!?お願いしてもよろしいですか?」
「流石に用意もあるので小一時間は掛かりますけど……」
「それでも大丈夫です!お待ちしてますね」
「……切れたし」
ぷつ――と電話の向こうからバタバタと明らかに何か面倒ごとが起こっている気配を残して切れた通話の終了画面はひしひしと俺の葛西に向かう足取りを重くさせた。
◇
「あ、飯田さん!第一待合室に行ってください!」
「……了解です」
ヘドロが纏わりついているんじゃないかと錯覚するほど重い足をどうにか動かして葛西セキュリティサービスに来てみれば、電話口から分かってはいたがまだ受付のお姉さんも何やら忙しそうにしており、いつもの葛西セキュリティサービスでは想像もできないほど雑な対応で一言だけい残して受付のお姉さんは何処かに行ってしまった。
「うーわ、絶対面倒なことになってるよ」
俺は言われた通りに第一待合室に向かって歩いて行く間にもすれ違う職員さんは慌ただしくしており、予想していたことが当たっていることにため息交じりの言葉を吐いてしまう。
「失礼します。飯田です」
「……入ってください」
待合室の前でノックをして言うと、どこか聞き覚えのある声が中から帰ってきた。
俺は言われた通りに待合室の中に入ると、思った通り棗さんの時も説明してくれた小森さんともう二人見覚えのない人物がソファーに座っていた。
見覚えのない人物二人の内一人はスーツ姿の男性でそのきっちりとスーツを着込んだ姿から何となくこの人は竹内さん的な立場の人で、問題は大きなサングラスをした少女なんだろうなと流石の俺も理解した。
「急に呼び出されて、全く状況が掴めないんですけど……」
「……今から説明します」
俺は小森さんの隣に腰を下ろして、小声で小森さんに状況説明を乞うが小森さんにすげなく流されてしまった。
というかこれって説明を聞いた瞬間に巻き込まれるタイプの話で、どうせ俺には拒否権は無いんだろうな。
「……君が雀宮さんの護衛だった人か、意外と普通ね」
小森さんが説明をしようと口を開きかけた時にそれを遮るように言ったのは、二人の内サングラスをした問題の人物だった。
その少女が口を開いた瞬間、何というか千登世嬢とはまた毛色の違う迫力というよりは魔力だろうか、背骨に響くような甘く鈍い痺れが走る。
その少女の少し高い声は冗談なんかではなく言葉通り正しく魔性を感じずに居られなかった。
――確定で厄モノじゃねぇか……
改めてサングラスの少女からは千登世嬢とは違う物の同じような怪物特有の迫力、自分の意志とは関係なしに欲がちらつかされる声色の気持ちの悪さに内心毒ずいてしまう。
「……どうも」
「職員さん説明してあげて?」
じりじりと削られるナニカを感じながら、ぶっきらぼうに返事を返すが目の前の少女はそんなことは気にしていない様子でフイと俺から目線を外し、小森さんに視線を向けた。
視線を向けられた小森さんはピクリと背中を震わせたことから、少女のコレは男女問わず発揮させるものなんだな、なんてどこか他人事の様に思ってしまった。
「……本日飯田さんを呼びだしたのは、こちらの大儀 伊万里さんたっての希望で護衛をお願いしたいそうです」
分かってはいたものの、小森さんが告げたのはこの目の前の厄モノの護衛の話だったようで、目の前に俺に依頼している本人がいるのにも関わらず、嫌な顔をしてしまうのが自分でも分かる。
「ふふ、そんなに嫌そうな顔をしたって、食べたりしないよ?」
「……そうですか」
大儀さんは俺を小さな子供でも見るかのように柔らかい笑みを浮かべながら言った。
「伊万里、それ辞めろ、品がないし不愉快だ」
「あら、失礼」
相も変わらず魔性を振りまく大儀さんに、大儀さんの隣で渋い顔をしていたマネージャーさんと思しき男性が眉をしかめて言ってくれたおかげで幾らかはマシになった。
千登世嬢もそうだが、この人種たちはオーラみたいなのを好き勝手出し入れできるなら最初から出すなよと言いたくなってしまう。
それにしても、大儀さんに一歩もひるまず諫めて見せた隣のマネージャーさんが何者か気になってしまう。もしその技術を伝授してもらえれば千登世嬢を諫めるのにも使えるかもしれないし。
「……その護衛と言われても、何から?」
「それは俺から説明……の前に石見だ。よろしく」
「あ、はい。飯田郁真ですよろしくお願いします」
俺が小森さんに向かって依頼内容を確認しようとするが、それは大儀さんの隣の男性に遮られてしまった。深く響くような石見さんのバリトンボイスに先ほどの大儀さんとはまた違った迫力を感じる。
「大まかにいえばウチの伊万里の気が済むまで、身の回りのことを頼みたい」
「身の回りの事と言われましても、俺は執事じゃあないですけど」
「無論、使用人のような事を頼むわけではない、ただ雀宮嬢にしたようにある程度の護衛を頼めれば良い」
「まぁそのぐらいなら」
身の回りの事と言われても俺に出来る事でもないので、それについて聞いてみれば棗さんにしたように普通に護衛をすればいいらしい。
「それに、君は大丈夫みたいだしな」
「それなりに耐性があるので」
石見さんが言う「大丈夫」の言葉はさっきのアレの事だと分かったので、千登世嬢の顔を思い浮かべながら返すと大儀さんは妙に興味を持ったようで、少し身を乗り出していた。
「へぇ、私みたいなのが他にもいるんだ?紹介してほしいな?」
絶対嫌だ。
「……まぁ機会が合えば」
「約束ね?」
どうにも千登世嬢とは相性が悪そうだし、この二人が出会うと何が起こるのか怖くてしょうがない。
まぁそんな馬鹿正直に言うわけにも行かないので適当にぼかすしかできないのだが。
大儀さんはそんな俺に、ずっと掛けていたサングラスを少しずらして、日本人にしては少し色素の薄い瞳を露わにして俺の事を覗き込んでくる。
改めてサングラスを通さない大儀さんは夜空のような枝毛なんて産まれてから一度も出来たことありませんと言われても不思議ではない濡れたような艶やかな髪に、灰色がかった瞳、神様が作ったとも思えるほど完璧な顔のパーツ、すべてが品は悪いが男好きする容姿を体現していてそれなりに美少女に慣れていたと思っていた俺をしても少し心臓に悪かった。
俺が大儀さんの言葉に小さく頷くと満足そうにサングラスをかけ直してソファーに深く座り直した。
魔性のナニカは感じられなかったが、そんなものがなくとも大儀さんは少しは小動物の枠から外れたと思っていた俺がきちんと小動物だったことを思い出させられた。
この人怖い。
それは千登世嬢との初対面の時に思った事と図らずとも同じことだった。
結局その後は小森さんから細かい説明がされて、俺は来週から千登世嬢の仕事を半分に減らして一週間の内半々で大儀さんの護衛?に着くこととなった。
まぁ棗さんの時とは違い直接的な危険はなさそうなので良いだろ、と自分に言い聞かせるがそれとはまた別に身の危険を感じるのは勘違いではないはずだ。
新章が始まりました。
今回のお話は、千登世と同じようなアレを持ったアイドルの話です。
散々お待たせしてしまっている私が言うのもなんですが、これからは不定期更新になりすぎないよう善処致しますので、これからの展開が気になる!という方は、下の方にある評価を★1~5、ブックマーク登録、感想のいずれかをしていただけると非常に嬉しいです。
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by白熊獣




