あのアイスの取っ手は何となく捨てがたい
何となく三人と一緒に遊ぶ気も湧かず、俺はベンチの様になっているところで流れるプールで数分おきに流れてくる三人を眺めながら時間を潰していた。
最初は恥ずかしがっていた棗さんも二人と遊ぶうちにあまり気にならなくなったのか心から楽しそうに遊んでいるようで三人とも仲良く楽しそうにしていた。
勿論、三人が楽しそうにすればするほど、先ほどの俺の様に三人に見惚れる男性陣が増えるのも当然のようで今やこのプールにいる男性ほぼ全員が三人の事を目で追っているような状況だった。
「やっぱり普通にしてれば可愛んだけどなぁ」
二人と楽しそうにキャッキャッしている年相応の千登世嬢を見ながらそんな独り言を漏らす。
「ねぇ、お兄さん暇そうじゃん?」
俺がそんな風に黄昏ていると、いつの間にか俺の座るベンチの隣に人が腰かけており、急に話しかけてきた。
「あ、どうも」
話しかけてきたのは多分俺と同じか少し年上ぐらいの女性で、ここがプールなので当たり前と言えば当たり前なんだが水着で一人で黄昏ている俺の事を興味深そうにのぞき込んできていた。
「どうもってなにさ」
「いや、急に話しかけられてびっくりして」
俺の返事が面白かったのかカラカラと笑いながら隣に座る女性は離れるどころか少し空いた隙間を詰めてきている。
「一緒に来てたやつがあの子たちに夢中で腹立つから暇そうにしてるお兄さんに話しかけたんだけど、余計なお世話だった?」
あの子の部分で丁度近くに流れてきている楽しそうな千登世嬢達を指さしながら言った事で何となくこのお姉さんの目的が分かってしまった。
「え、これって俺所謂逆ナンされてます?」
「ま、そうともいうね」
まさかと思って半分冗談で言った言葉だったが、その冗談交じりの言葉が正解だったようで、お姉さんは獲物を見るような目で俺の事を見て言った。
なんで獲物を見るような目で見られているか分かるかって?千登世嬢と組手するときにさんざんそんな目で見られてるからだよ。
「……まじすか」
「マジだよ、嫌?」
「嫌なんてことは無いですけど……」
お姉さんは清楚風な見た目とは裏腹に結構肉食のようでぐいぐいと距離を詰めてくる。
逆ナンなんてされたこと無いが、嬉しいのも確かなわけで。とはいえ、一応護衛も含めてきている俺が三人から目を離して一人で楽しく遊ぶわけにも行かないので、何と断ろうかと考えていると何やら背後に気配を感じる。
その気配はさんざん嫌になるほど、身を持って体験している本物の肉食獣の気配で俺は後ろを振り向くことは出来ないので恐らく千登世嬢なんだろうが、それは俺の後ろにいる人物を真っすぐに正面から見ているお姉さんが一番身をもって理解していた。
「……やっぱり、辞めとくね」
「あ、はい」
流石に一般の人が千登世嬢の威圧感というかあの怖い雰囲気に対抗できるわけもなく、俺に人生初の逆ナンをしてくれたお姉さんは足早にどこかへ行ってしまった。
「郁真」
「……なんでしょう?」
「分かるわね?」
「ええ、分かりますとも」
「ならいいわ。変な虫が付かないように皆で遊ぶわよ」
「……へいへい」
そのまま俺は千登世嬢にぐいと首根っこを掴まれ、一旦流れるプールのプールサイドに上がっていた二人の方へと連れていかれた。
「千登世可愛いね?」
「棗さん正気ですか?」
「郁真は朴念仁だからね~」
三人と一緒に流されながら、一足先に前を流れる千登世嬢に聞こえないような声で棗さんと千果が変なことを言うが、全く持って意味が分からなかった。可愛さだけだったら棗さんの圧勝だと思うんだけど。
◇
「そろそろ上がりましょうか」
「千果も疲れた~」
その後も、流れるプール以外にも波の出るプール等色んなプールを楽しんだ俺たちは千登世嬢と千果のその一言でプールから上がる事となった。
「私も流石に疲れました……」
「棗はもう少し体を動かした方がいいんじゃないかしら?一姫に言っておきましょうか?」
「えぇ……でもちょっと気になるかも」
「棗さん絶対辞めた方が良いですよ、気が付いたらこんなふうになりますよ」
皆でベンチに座って話していると、千登世嬢が棗さんに悪魔みたいな提案をしていたので俺の小傷の絶えない体を指さしながら言うと棗さんはちらと俺の体を見た。
「辞めときます」
「……あら、そう?流石に郁真ほどきつくはしないと思うけど」
「おい、俺はどんだけスパルタでやられてんだよ」
「でも郁真は乗り越えたじゃない?最近はそこまで大きな怪我もしてないでしょう?」
「そりゃそうだが」
「千果早く上がって、あのアイス食べたい」
「……そうね、じゃあ受付で」
「あいよ」
長々とベンチに座って話すわけにも行かず、千果のその一言で俺たちは今度こそプールを後にした。
着替えを終えて、一足先に受付で俺は三人を待っていると、恐らく行の受付で千果が千登世嬢にねだっていた「あのアイス」である、たまに見かける自販機で売っているアイスが目に入った。
「これ、意外と美味いんだよなぁ」
三人を待っている間暇なのもあったが、何となく俺は自販機でブドウのアイスを食べながら三人を待つことにした。
アイスを食べ始めたら思ったよりも早く三人が出てきたので、待ちきれなかった千果に俺の食べていたアイスの半分が奪われたりはしたが、皆で仲良く買ったアイスを一姫さんが来るまで食べた。
遠くでセミが鳴く声を聴きながら俺らの座るベンチの日陰以外はじりじりと太陽が照り付けるなか並んでチープともいえるアイスを口にする音だけが聞こえる夏の昼下がりはびっくりするぐらい平和な時間だった。
次回から新章が始まります。




