拒否権?俺には無い
三人で初めての遠出になる海かプールの話をしていると、丁度テストが終わったこともあり、担任の先生が教室に入ってきて帰りのホームルームを始める号令をかけたので、俺たちは一旦各々の席に戻った。
にしても、海かプールかぁ……行ったことないなぁ
俺は担任の先生の話半分で聞きながら、さっき武智君が誘ってくれたことに関して少し不安になってきた。
別に海だろうがプールだろうが一言さんお断りなんて馬鹿な話はあるわけないんだけど、それでも今まで生きてきてそう言った場所に行ったことが無かったので作法が分からないのは確かだった。
とはいえ、武智君がせっかく誘ってくれたことだし、俺だって学校でよく話してくれている二人と一緒に遊びに行きたいとは思っているので、こんなことで悩んでいても意味がないか。
結局少しばかり考えて、そう結論付けた俺は話半分で聞いていた先生の話にしっかりと耳を傾けた。
◇
「それで、今度プールに行くことになったんだけど、千登世嬢はプールとか行ったことある?」
ホームルームが終わった後も、三人で海とプールどちらに行こうかという所から話して、さすがに海は遠いという千曲さんの一言でプールに行くことが決定した。
プールにしたところで、結局直ぐ近くにプールがあるわけでもないので、電車かバスで行く羽目にはなる。
今日は千登世嬢の護衛とは名ばかりの雑談の日だったので、俺はいつものように千登世嬢の家に足を運んでおり、リビングのソファーでパソコンを開いている千登世嬢にプールに付いて聞いてみようと思って言った言葉だったが、なぜか千登世嬢は少し機嫌が悪そうに視線だけ俺に向けた。
「どうした?」
「……行ったことはあるわよ」
俺が千登世嬢の様子を伺うように声を掛ければ、千登世嬢は未だに俺を機嫌悪そうに睨みつけては来るものの、一応返事をしてくれた。
「なんで機嫌悪そうにしてるんだよ……」
「……別に。良いんじゃない?出かけるぐらい」
流石になんで千登世嬢が機嫌悪そうにしているのか分からなったので一応聞いては見たものの、千登世嬢は答えてはくれなかった。
ここでしつこく聞いたところで、千登世嬢は更に機嫌を悪くするだけだと思い、たまたま何か嫌なことでもあったのだろうと決めつけて、千登世嬢の機嫌の事は一旦忘れて聞きたかったことを聞いてみる。
「まぁいいや。そんでさ、プールとかに行くのって俺、初めてだからさぁどんな感じか教えてくれよ」
「どんな感じも何も、受付でお金払って後は水着に着替えて遊ぶだけよ」
「いや、それぐらいは何となく分かってるんだよ」
「あっそ。そんなに不安なら一回一人で行って見たらいいじゃない」
「雑ぅ~」
結局頼みの綱の千登世嬢の機嫌は悪いままだし、すげなくあしらわれてしまう。千登世嬢は聞きたいことは無い?とばかりに一度視線をこちらに向けてきたので、俺がしょうがなく肩を竦めると直ぐにパソコンに目をやってしまった。
「ちとねえはね、なっちゃんが最近仕事に復帰し始めたから、中々会えなくて機嫌悪いんだよ~」
「……あぁ、そういう事」
俺が、千登世嬢にあしらわれて特にやることも無いのでぼんやりしていると、いつの間にかリビングに顔を出していた千果にそう教えてもらった。
確かに、最近は一時期に比べたら棗さんが千登世嬢の家に居ないなとは思っていたが、そんなことでここまで機嫌が悪くなるものか……
「それなら、棗さんも誘ってみんなでプールでも行くか?俺もプールがどんなもんか気になるし」
適当に思いついたことをそのまま口にしたが、千登世嬢にはこの俺の一言は効果覿面だったようで、パソコンの画面を見るために俯き気味だった顔がバッと音が立ったと錯覚するぐらいに勢いよく俺の方を見た。
「良いわね、それ」
「お、おう」
余りの千登世嬢の変貌ぶりに少し戸惑ってしまった。
「千果も行きた~い」
「当たり前じゃない、千果を一人だけ置いていくわけないでしょ?」
「……い、いや、ほら棗さんの仕事の予定もあるしさ」
流石に急に乗り気の千登世嬢を見ると、これで棗さんが普通に仕事が忙しくて無理。となった時が怖すぎて口をはさんでしまう。
「良いのよ!最悪秋ぐらいまでなら待てるわ」
「いや、それじゃあ俺の予習にならないじゃん」
「そんなことどうでもいいわ」
どうでもよくないでしょうに……
そもそも、俺の武智君よ千曲さんとの予習の為に丁度棗さんに会えていなくて機嫌の悪い千登世嬢の為に口にしたことなのに、俺の予習にならなかったら意味がないだろう。
「とりあえず、私から棗ちゃんには連絡しとくわ……一姫!」
「はい」
「プールに行くときは運転よろしくね?」
「お任せを」
完全に乗り気の様子の千登世嬢は相変わらず神出鬼没の一姫さんは千登世嬢のいう事にほぼ完全服従だし、棗さんの予定次第ではあるものの、どうやら皆でプールに行くのは確定のようだ。
今から俺が口を出したところで千登世嬢の決定が覆ることは無い事なんてのは相当前から知っているし、俺はウキウキとした見ようによってはある意味年相応の女の子らしい千登世嬢の事を眺める。
――いつも、そんな風に笑ってれば可愛いんだけどなぁ
大概難しい顔をしている千登世嬢が今みたいに子供らしくというか、普通の女の子みたいにしていればきっと、棗さんが初めての友達。何てことにはならなかったんじゃないかと思わずに居られなかった。




