ポリ゛ぃ……
少し長いです
「……あの、お邪魔でしたか?」
俺の返事を聞いてゆっくりと病室の扉を開けた棗さんは、病室の中に見覚えのない千登世嬢や一姫さんがいることに気付き、少し気後れして二の足を踏んでいた。
「いや、全然大丈夫ですよ。いつか話したもう一人の護衛の依頼主さんですから」
「あぁ、そういえば言ってましたね……だから千果ちゃんが居るんですね」
棗さんは、俺の言葉で千登世嬢と一姫さんがなんでこの病室にいるのかを理解したようだ。
「そうだよ~ポリ゛ぃ……もごもご」
「っ千果ちゃん、だめ」
――ポリ゛ぃ……?
そして千果がショッピングモールで会った時の様に、おそらくポリキュアのお姉さんと言おうとした瞬間、普段の棗さんとは明らかにかけ離れた身のこなしで、千果の口を抑え込んでいた。
「雀宮さんでしたよね?離してあげてくれないかしら、一応その子は鷺森家の大事な一員なのだけど」
早すぎる口封じ、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね……なんてふざけようとした俺のよりも早く、千果過保護筆頭千登世嬢が少し目を細めて棗さんを射抜いていた。
棗さんは、千登世嬢に睨まれて口答えが出来るような人じゃないのは何となく分かっていたが、さすがに初対面に加え年下の千登世嬢に自分がニチアサ大好きなことが知られたくないのか、ぶんぶんと頭を横に振っていた。
「……そ、それは出来ません~」
「あ、棗さん。千登世嬢も千果に付き合ってここ最近のニチアサ制覇してるんで、気にしないでも良いと思いますよ?千登世嬢も、千果と一緒にエンディングのダンスも完コピしてますもんね?」
「郁真ぁ!何勝手に主人の秘密ばらしてるのよ!……あ、あれは秘密にしてっていったじゃない!」
「郁真さん、それって本当ですか!?」
千登世嬢は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて俺に詰め寄ってきて、棗さんも、趣味の合う人間がいると、俺から聞いたせいか興奮気味に同じように詰め寄ってくる。
正直、千登世嬢の秘密を勝手にばらすと後が怖いが、俺自身そこまで気にしてはいないが、病室で剣吞な雰囲気を持ち出されても、せっかくお医者さんに縫ってもらった傷口が開きそうだったのでこれは苦肉の策だ。
「ま、まぁ二人とも落ち着いて」
二人に詰め寄られた俺は、目と鼻の先ともいえる距離まで顔を近づけてくる二人から距離を取るように右手を前に出す。
二人ともそこら辺では見かけることなどない美少女だし、ここまで顔を近づけられると流石に恥ずかしい。
「というか、雀宮さん貴方もポリキュア見るのね」
「はい……まぁ」
「そう」
千登世嬢は俺が右手を前に出して直ぐに前かがみになっていた体を元に戻して、探りを入れるように聞いた。
棗さんは、その千登世嬢からの探りに恥ずかしそうでどこか興味を持った目線を向けながらおずおずとした態度で返事をしていた。
そんな二人を見ていると一応千登世嬢のが年下で棗さんの方が年上なんですけど……なんて思ってしまうが、まぁ今は良いだろう。
「……雀宮さんは、その、お、お友達は居るのかしら?」
棗さんが、少し興味を持った目線を向けてきていることは千登世嬢も気が付いたのか、絞り出すように、恐る恐る聞いている。
その千登世嬢のある意味突然の質問には、今千登世嬢に直接質問されている棗さんは勿論、俺以外の千果や一姫さんは困惑している様に見える。
ただ、この中で俺だけが、千登世嬢が一世一代ともいえる覚悟を持ってその言葉を紡いだことを理解していた。
散々口止めされたが、千果に付き合ってポリキュアを見ているうちにポリキュアファンになりつつあると困惑したような表情を浮かべて一度相談された事がある、俺だけが。
千登世嬢頑張れっ……棗さんは良い人だぞ!
「……お嬢?急にどうした?」
「一姫の言う通りだよ~ちとねえ急にどうしたの?」
「まぁまぁ、二人とも今は見守りましょう」
これが千登世嬢の一生懸命友達を作ろうと探りを入れているのを、いまいち理解していない千果や一姫さんに文句を言いたくなってしまう。
しかし、二人は千登世嬢のそんな裏事情は知らないし、それを察せと言うのは酷だろう。
二人は俺に言われて、未だに不思議そうにしていたが一先ず千登世嬢と棗さんの二人を見守ることに徹してくれるようで俺達三人は二人を見守る。
そうして俺ら三人が見守るという、かなり妙な環境の中棗さんが口を開いた。
「……居ない事は無いですけど、なんでですか?」
「ぐっ、貴方にも居るのねお友達……じゃ、じゃあお友達が居なくて、学校で一人でいる人の事はどう思うか教えて?」
千登世嬢、微妙に失礼ですよ
「べ、別に何も……?機会があれば仲良くしたいとは、いつも思ってますけど」
「そう!そうなのね!?」
「へぇあっ!……そ、そうですぅ」
急に瞳を見開いて、キラキラと下目線と共に声を上げた千登世嬢に、見る限り状況が全くつかめていない棗さんは驚いて、変な声が出ていた。
棗さんが仰け反った分じりじりと距離を詰める千登世嬢の必死ともいえる態度は、俺には健気に見えてしょうがなかった。
何時だか、千登世嬢に友達が居ない事を知ってから、いつも護衛の際にぽつぽつと友達に関してどんなものか聞いてきたり、千登世嬢が誰よりも友達と言う物に憧れを抱いていたことを知っていたからだ。
「(千登世嬢……少し落ち着いて、棗さんが怖がってるっ!)」
「ん、ん゛んっ!最後に……仮によ?仮に、ちょっぴりグレーな家系の子が居たらどう?友達になりたいと思ってくれるのかしら」
ここで、俺が千登世嬢の頑張りを邪魔するわけにも行かないので、誰にも聞こえないように小さな声で呟くと、俺の懇願が千登世嬢にも通じたのか、一度咳ばらいをして少し落ち着いた様子に戻ってくれた。
鷺森家はちょっぴりグレーなんかじゃないけど!普通に黒だけど!
棗さんは、千登世嬢の質問の真意を探るように少し上目遣いで千登世嬢の事を見つめながら思案する。
俺は、その一瞬が、時間にすれば一瞬だったかもしれないが永遠の様に感じた。
「……そ、そのまぁ、家がそういう家系でもその子自身が悪い。とは私は思わないので、仲良くしたいと思います……多分」
しん――と静まり返った病室にその棗さんが口にした言葉は、きっと千登世嬢が常に欲しくて、それでも今まで出会うことのなかった言葉だったのだと思う。
大手を振って、拍手でもしながら千登世嬢を祝福したかったが、左手がダメになっている以上、そんなことも出来ず堪えることしかできない自分が情けない。
「貴方はそう思うのね……私の名前は鷺森千登世、貴方の名前を教えてくれないかしら?貴方自身の口で」
「え、えと、雀宮棗です?」
千登世嬢は棗さんの言葉を噛み締めるように、頷いて手を差し出しながら言った言葉に相変わらず困惑しながらも、棗さんはその手を取って千登世嬢の手のひらを握り返していた。
千登世嬢は棗さんが握手を返してくれた事を確認して、棗さんの事を手招きして、恐る恐る近づいた棗さんの耳元で何かを棗さんに伝えていた。
「…………(私とお友達になってくれませんか?)」
「…………は、はい!こちらこそっ」
千登世嬢が顔を隠すように棗さんの耳元から顔を放してそっぽを向いた直ぐ後、棗さんはやっとこれまでの質問の意味が理解できたようでこくこくと頷いていた。
千登世嬢が何を棗さんに言ったか、なんてのは俺が繰り返し聞くのも野暮ってものだろう。
――よかったな、千登世嬢……まずは一人だぞ。
この中で唯一事情を理解している俺が和やかな雰囲気を発していることに一姫さんは首を傾げていた。
何かと敏い、千果は二人の状況を少し理解していたようで、苦笑いを浮かべていたが……まぁ一姫さんにも千登世嬢がきっと後で報告するだろう。
◇
何となく理解している人間とそうでない人間が混ざって微妙な空気で時間が数分すぎた後、棗さんが病室に入ってきた時からずっと手にぶら下げていたバスケットを胸の前に持ち上げた。
「あ、すいません。これ、フルーツの詰め合わせです」
「わざわざ有難うございます」
「……私が受け取りますね」
「あ、すいません。有難うございます」
俺がそう棗さんに返すと、一姫さんが直ぐに棗さんが持ち上げて俺に様々なフルーツの入ったバスケットを渡そうとした間に入って受け取ってくれた。こういうのを見るとなんだかんだ一姫さんは優秀な人であると再確認する。
棗さんは、一姫さんに軽くお辞儀をしながら言って、一度咳ばらいをしてもう一度口を開いた。
「あんな状況で怪我も無く無事に何とかなったのは、郁真さんのおかげですので……まぁ、色々と今は大変ですけど」
「あははは、そうみたいですね……俺も退院した時の事を思うと少し憂鬱ですよ」
棗さんが最後に付け加えた一言に笑ってしまった。
「ただ、郁真さんの怪我だけが私の心残りです。もう少し私にも何かできたんじゃないか、って考えてしまいます」
「それは気にしないでください。怪我ぐらいこの仕事を始めた時から覚悟はしてましたし。それに怪我で言えば、そこで顔を逸らしてる千登世嬢とか、素知らぬ顔をしてる一姫さんにも負わされてますから」
俺が笑いながらそう言えば、棗さんも少し笑ってくれた。
「私はそこまでやってないわ!」
「うむ。私もそう言われるのは心外だな、あれも修行の一環だ」
「……ね?俺は何時も大体こんな感じなので、棗さんは心配しないでください。今はまだ少し辛いかもしれませんが、声、歌ついでに顔も可愛いなら、声優として最強ですよ!どんどんテレビとかに出れるぐらいにお仕事頑張ってください」
「……はい」
棗さんが少し瞳を潤ませているのが、眼鏡越しに分かる。
普通の女の子だったらストーカーなんてものに付け回されて怖いどころじゃなかっただろうに、俺が無駄に怪我をしたせいで話題になってしまったせいで、これまでの事を根掘り葉掘り聞かれている棗さんに対して俺は申し訳ないと思う限りだ。
けれど、棗さんが俺に謝られても困るだろうし、余計に必要も無いのに自分を責めるだろうから、謝ることは出来ない。
怖い思いをした棗さんのことを恋人でもない俺が慰めるなんてことは出来ないし、そういうのはせっかくだから友達が出来たばかりの千登世嬢に譲ろう。
出来ない事ばかりの俺は、これからの棗さんの声優活動がひたすらに華々しいものになってほしいと思うだけだ。
棗さんがただ笑顔でいて欲しいと願うのは恋人でなくてもいいはずだ。
棗さんに、これ以上の悲劇が訪れようものならば俺が出来るだけ肩代わりしよう。
困っていたら手を差し伸べよう。
道に迷ったら千登世嬢も巻き込んで一緒に探そう。
試練が降りかかったら乗り越えられるよう協力しよう。
泣いていたら千果と一緒にアイスを食べよう。
運動をしたいと思ったら一姫さんに教えてもらおう。
こんなことを思ってしまうぐらいにはこれまで関わっているうちに棗さんの事を人として好きになっている。
言葉にするのは恥ずかしいから心の中で思うだけで許してほしい。
「……まぁ、じゃないと、せっかく怪我までしたのに俺がこの滅茶苦茶有名な女の子を身を挺して守ったんだ!って人に自慢できないですからね」
当然こんなものはただの照れ隠しだ。
「あはは、郁真さんも惣社さんと一緒で変な男の人で、嘘つきです」
「えぇ、俺は実はそれなりに嘘つきで変な人です」
棗さんは、俺を変な人で、噓つきだと言った。言い訳のしようもない。
棗さんはベットに寝転がって上半身だけ起こしている俺に近づいて、俺の包帯に包まれた左腕に透き通るような白い肌の手のひらをを添え、ゆっくりと言った。
「いろいろ、ありがとう」
「……どういたしまして」
棗さんは、その一言を口にして全部の感情が溢れたようにボロボロと大粒の涙を落としながら、笑った。
目は涙でぐしゃぐしゃで琥珀のような綺麗な瞳の色はぼやけていたとしても、それでも俺は、この時初めて本当に棗さんと目が合ったのだと言い切れる。
俺はただこの時、包帯に小さい雫を落としながら左腕に額を付ける棗さんの姿を綺麗だ。と思った。
ここまで、この小説を読んでいただ気有難うございます。一先ず、この話で第一章ともいえる一連の話は終わります。
もし、面白い!続きが気になる!等々「苦学生の俺が金に目が眩んでグレー寄りの真っ黒の民間警備会社でアルバイトを始めたら、護衛対象の普通じゃない女の子達に囲まれるなんて聞いてない!」に思っていただけましたら、ブックマーク登録、★1~5評価、感想、等々を頂けると非常に嬉しいです。
白熊獣