死ぬ?死んじゃう?
「……ということで、一、二週間は絶対安静でお願いします」
「分かりました」
結局病院に運び込まれた俺は、傷自体がそれなりに深く大きいものだったこともあり全身麻酔をされたのちに縫合をすると言った産まれてからで言えば一番の大手術を経て今はお医者さんから説明を受けていた。
お医者さんによると、幸運なことに切られた場所も腱などは無く、後遺症などは残らないとのことで一安心である。
「大丈夫だった?」
俺がお医者さんからの説明を受け、自身の病室に戻ると俺が怪我をしたと聞いて大急ぎで駆けつけてくれた千登世嬢が心配そうに聞いてきた。
「取り敢えず、大丈夫みたい。ただ、一、二週間は絶対安静らしいけど」
「そう、良かったわ……」
「後遺症は無いのは良いが、郁真。末端を狙うなと散々教えてたはずだろう?」
千登世嬢は俺の言葉を聞いて安心したように、ストンと病室に置いてある椅子に腰を下ろしたが、千登世嬢の後ろで控えていた一姫さんは不満ありありの様子で、ストーカーに対する対処を問い詰められる。
「いや、それは教えてもらってましたけど……実戦は、やっぱり難しいですね」
「全く……治ったら修行し直しだな」
正直、最近は手加減してくれているとは言え一姫さんにもいい勝負が出来ていたので調子に乗っていたことは否定できない。
「お願いします。毎回こんな怪我してたら体持ちませんし。……そう言えば、なんで俺がポカしたの知ってるんですか?」
「郁真が、戦っている動画が今SNSで拡散されてるのよ……」
「うむ。私もそれで見たしな」
「あぁ、そういえば撮られてたな」
一姫さんがなぜ俺とストーカーとの対峙した際の俺の対応を詳しく知っているのか不思議で聞いたことは、困ったように額に手を当てた千登世嬢と一姫さんが教えてくれた。
千登世嬢に言われるまで忘れていたが、あの時囲むようにしてそれなりの野次馬がカメラで撮影していたことを思い出して納得する。
「そういえば……じゃ、ないわよ!今結構、大事になってるのよ?人気声優を襲った凶刃とか好き勝手にマスコミが騒いでるんだから」
「いや、確かに棗さんを狙いはしてたけど、ストーカーは棗さん自身には何も危害加えてないぞ?」
「そんなものは、動画を見ればすぐに分かるわ。問題は、雀宮さんが人気声優ってことと、郁真が結構大怪我したことで、今ニュース見たらその話題で持ちきりよ」
「うわぁ……めんどくさそう」
「多分、SNSに上がっている動画はモザイクもかかってないし郁真の顔も普通にバレてるわよ、学校の知り合いから連絡も来てるんじゃないかしら?」
「……うわ、ほんとだ」
千登世嬢に言われ、右手でスマートフォンを取り出してLINEを確認してみれば確かに連絡先を交換したクラスメイト達から大量の安否確認のメッセージが来ていた。
「雀宮さんも色々と忙しいみたいだし、取り敢えず郁真は、その傷が治るまでは護衛も無しね」
「そうだな。とりあえずはお医者さんに言われた通り安静にするよ」
「そうしなさいな。取り敢えず私たちは、千果を家でお留守番させてるし、一度家に帰ってまた明日来るわ。……それとも一人だと寂しくて眠れないかしら?」
千果の姿が見えないと思ったが、事が起こった時間はいつもであれば千果は昼寝している時間だし、付いてきていないのも納得がいった。
「あ~千果にも心配かけさせてるよなぁ。……あと、俺は一人で寝れるわ!馬鹿にすんな」
「あらそう。ま、明日来るときは千果も連れてくるわ」
「りょうかい」
俺が揶揄いに返す程度の元気はあることに、満足そうに頷いて千登世嬢と一姫さんは病室から出て行った。
俺は病室で一人になってちょっぴり空元気の返事を返したことに後悔してきた。
なんかすっごい、不安。
俺と同じように今も入院している母さんもこんな気持ちなんだろうかと、少し悲しくなった。
◇
「郁真~!大丈夫!?」
そう言って、相変わらずお出かけ用のふりっふりした洋服を纏った千果が、俺が寝転がっているベットの傍に走り込んできたのは、最近の病院食の美味しさに驚愕していた時だった。
「おう。めっちゃ痛かったけどな。勿論、今もめっちゃ痛い」
「え、郁真死ぬ?死んじゃう?」
「死なねえよ……」
半泣きしながら少し嬉しそうな表情を浮かべると言う、器用な芸当をしている千果の頭を右手で撫でる。
きっと、千果なりの心配の仕方なのだろう。というか、心配してなかったら悲しい。俺が泣く。
「千果、そのぐらいにしておきなさい、郁真泣いちゃうから」
「はーい。……でも、郁真が無事で良かった」
「おう。最初からそれ言ってな?」
「そういえば、雀宮さん少しメディアへの露出控えるみたいよ?まぁこんなこともあったし、しょうがないのかしらね……」
千登世嬢に言われてちょこちょこと千登世嬢の服の裾を掴んだ千果はふざけながらもやっぱり心配してくれていたようだ。俺が千果の態度にため息をついていると、千登世嬢が思い出したようにそう言った。
「確かにしょうがないとはいえ、棗さんせっかく仕事頑張ってるのになんか釈然としないな」
「雀宮さん自身も怖い思いしただろうし、さすがに今すぐに復帰は無理よね」
タクシーの中で棗さんと話したこともあるし、これからって人が自身に非が無い事で活躍が制限されるのはあんまり、いい気はしない。
千登世嬢も同じことを思っているのか、珍しいことに自分以外の事なのに少し渋い表情を浮かべていた。
――コンコン
俺と千登世嬢が微妙な表情を浮かべていると、不意に病室の扉がノックされた。
「……し、失礼します。雀宮です」
訪問者は相変わらずよく通る声で、それだけで訪問者の正体が分かる。千果は一度会ったこともあるし、あの人かぁ見たいな表情を浮かべている。
そして驚くべきことに、かの千登世嬢も棗さんの可愛らしい声を聴いてか、直ぐに元に戻ったものの、感心したように目を見張っていた。
「あ、どうぞ」
流石にもうすでに千登世嬢、一姫さん、千果の三人が居るので、少し狭いかもしれないが、棗さんは今、時の人みたいだし、そんな人を外で待たせるわけにも行かないし中に招き入れる。
何故か棗さんの声を聴いてさっきまで感心していたはずの千登世嬢が、それこそ今すぐにでも戦えそうな、正に臨戦態勢の雰囲気を漂わせ始めた事が不安でならない。
――棗さんのどこに、臨戦態勢をとる理由があるんだよ、滅茶苦茶か弱い乙女だぞ……




