野次馬は辞めようね?
「棗さん!タクシーに戻って!!」
「は、はいっ!」
少しずつ、俺に向かって距離を詰めてくる男性から距離を取り、決してストーカーからは目を離さず、とにかく棗さんの安全第一を優先して、俺は大きな声を出して棗さんにそう指示した。
急に俺が大声を出したせいか、棗さんがびくりと体を震わせて返事をするのが背中から伝わってくる。
背後から、棗さんの気配が離れ、棗さんが乗り込んだのかタクシーのドアが閉まる音を聞いて4.5メートル離れたところからじりじりと近づいてくるストーカーと対峙する。
「誰か、警察呼んで!!」
俺がそう大きな声で言えば、それなりに人通りが多い道ということもあり横目で何人かの人が今思い出したように携帯を耳に当てていた。
きっと通報してくれているのだろう。
まぁ、通報してくれている人以外の人間はただ珍しい物でも見れることに興味が尽きないのか、急に大声を上げたストーカーと対峙する俺に向けてカメラを向けてきているが。
「お、おまえ!棗ちゃんとどんな関係なんだよ!!」
「……護衛です」
ストーカーもある程度会話が出来る程度の理性はあるようで、声を掛けてきた。
俺は一応ストーカーがナイフやカッター等の刃物を持っていないとも言い切れない以上かたくなに4.5メートルの距離感を崩さないように、腰のホルスターに刺さっている特殊警棒をいつでも取り出せるようにホルスターのストッパーを外し手を添えて返事を返す。
正直心臓バクバクだ。
実戦と訓練は違うなんてのは一姫さんにさんざん言われていたし、日々訓練でボコボコにされているのも暴力に対して恐怖心を薄めるためとは言われていたが、ここまで何をするか分からない人間が怖いと思わなかった。
「噓つけっ!!僕はお前が、ショッピングモールで棗ちゃんと会ってるのも知ってるんだぞ!!」
「あれは偶然です!まず落ち着いてください!」
激高したようなストーカーは、大きく声を張り上げる。なぜかこう、激高している相手に俺も不思議と語気が強くなっていく。
4.5メートル開けた距離感を保ったまま、俺とストーカーは大声で声を掛け合う。
周りから、パシャパシャとフラッシュがたかれることに煩わしさを感じる。
「郁真君!少し遅れた!」
日本人の悪いとこだぞマジで!なんて内心毒づいていると、遅れて惣社さんが合流してくれた。
「な、なんだよ!お前も、僕と棗ちゃんとの仲を邪魔するのか!!」
惣社さんが来てくれたおかげで、少しは思考に余裕が出てきた。惣社さんは流石と言うべきか直ぐにこの状況を理解し、ストーカーの言葉は無視し、ストーカーを俺と一緒に囲い込むように動いてくれた。
一先ず、ストーカーは少しずつ挟み込むようにして回り込んでいる惣社さんの事は、そこまで重要視していないのか、俺の事を注視しながら、ちらちらと惣社さんに視線を向けるだけだった。
「落ち着いてください!!」
とにかく、惣社さんが回り込むまでは俺がストーカーの気を引かなければならないだろう。お腹から声を出すのを意識しながら未だに頭に血が上った様子のストーカーに声掛けを続ける。
警察が来るまで持つか……!?
このまま警察が来るまで膠着状態を維持するのが最善ではあるが、どうやらそう言うわけにも行かないみたいだ。
「お、落ち着いていられるかよ!」
――きゃああぁ!!
ストーカーがポケットから小さいながらもはっきりと命を脅かす銀色に光るナイフを取り出すのと、これまで呑気に俺たちの事をカメラで撮影していた内の一人の女性が悲鳴を上げるのは同時だった。
「ああああぁぁ!」
「郁真君っ!」
ナイフを取り出していよいよ引き返せなくなったストーカーは、大声を上げて急に距離を詰めてくる。
距離を取っていたとはいえ、4.5メートルなんてものは一、二歩で簡単に詰めれる。
直ぐに常に手を添えていた警棒をホルスターから抜きストーカーの手首当たりを打ち据えようと振るう。
しかし、実戦の緊張からか、はたまた体の末端を狙うな。という一姫さんの指導を忘れていたせいか、見事に外してしまった。
空振りしたのを理解した瞬間、咄嗟に警棒を持っていない左手を折りたたんで首などの急所を守ったが、前腕を大きく切り裂かれてしまった。
急所を守れただけ儲けものだ。といえなくもないが、切られたのは確かなわけで多少の防刃性能を持つスーツがぱっくりと割れ、それなりの量の血が噴き出す。
ストーカーがナイフを取り出した時よりはるかに多く大きい悲鳴は何処か他人事の様に思えた。
アドレナリンのせいか少し鈍い痛みを感じる左手の事は一先ず放置し、人の腕を切り裂いてしまったことに動揺して動きを止めているストーカーの後ろから惣社さんが抱き着くようにして地面に押し倒してくれたので、これ以上ナイフを振り回さないように、俺は慌てて地面に顔をこすりつけてもがいているストーカーの手を捻り上げ、ナイフを落とし遠くに蹴飛ばしておいた。
その後は二人で協力して、ストーカーを拘束し関節を極めたまま、履いていた靴の靴ひもを使って両手と両足を縛りあげる。
「ちょっと!このスーツ碌に役に立たないじゃないですか!」
「いやいや、チョッキでも無いんだし、そんなもんだよ。」
無事、ストーカー拘束することに成功して、俺は未だどくどくと血を垂れ流す腕を抑えながらお門違いともいえる苦情を惣社さんに投げかけるが惣社さんは軽い調子でそう言った。
ちょっとは心配してくれよ……
「とりあえず、止血しようか。圧迫で止まってないし一応止血帯持ってるから、手出して」
「……はい。お願いします」
「周りの人ー救急車も呼んでー!」
惣社さんは俺がナイフで切られたことで最初に比べれば疎らになったやじ馬にそう声を掛けてから、スーツの胸ポケットから取り出したヒモのような物を慣れた手つきで俺の切られた方の腕を締め上げると同時にガーゼを当ててくれた。
それから数分少しずつ洒落にならない痛みを訴えてくる左腕を我慢して待っていると、先に警察が現場に到着した。
流石に惣社さんは今の俺は警察と対応が出来ないと判断したのか、惣社さんが警察に報告してくれた。
「……君、大丈夫か?」
「めっちゃ痛いです」
「すまんが救急車が来るまで我慢してくれ」
「はい、分かってます」
二人組で、着ていた警察の内一人の警察官が血が流れていたせいで真っ赤な俺のスーツと手のひらを見て心配そうに声を掛けてくれるが、正直声を掛けられるぐらいならさっさと救急車が来てほしいのが本音だった。
取り敢えず、事情聴取は治療を受けてから、と警察の人に告げられてから数分後、無事救急車も来てくれたので俺は、救急隊員の指示通り救急車に乗り込んで、いつかの打撲以来の病院に向かう事となった。




