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多分そういう事

 雀宮棗『そろそろ、終わります』

 飯田郁真『分かりました』


「棗さんから連絡来たので、そろそろ行きますか」

「ん、了解」


 作戦会議も現状維持ということでひと段落着いたので二人でぽつぽつと話しながら珈琲を飲んで時間を潰していると、ポケットの中の携帯がブルブルと震え棗さんからの連絡が来た。

 俺と惣社さんは残り少ない珈琲を飲み干し、立ち上がった。


 ◇


「お疲れ様です」

「はい。取り敢えず今日最後の現場があるので一緒にお願いします」

「了解です」


 棗さんからの連絡を受け俺と惣社さんが二人でスタジオに戻ると、朝顔を合わせた時と同じように棗さんはスタジオの隣に隣接している休憩室のようなところでちょこんと座っていた。


 まぁ俺は棗さんの仕事に詳しいわけでもないので、ここが休憩室なのかも分からないが。


「とりあえず、タクシーを呼んでいるのでお二人は棗の方に付いていただけますか?私は別のタクシーで向かいます」

「あ、僕は竹内さんの方に付くよ。棗さんだけを狙うとも言い切れないしね」


 棗さんの後ろ当たりで手帳を確認しながら竹内さんがそう言ったが、惣社さんが口をはさんだ。

 確かに、棗さんを狙う時に竹内さんも標的になる可能性もあるだろう。こういう時に惣社さんの経験からくる対応は頼りになる。

 自分が狙われる可能性に初めて気が付いたのか竹内さんは、少し表情を硬くして惣社さんの言葉に頷いていた。


「確かに、これまでは護衛が一人だったのでタクシーに乗るときは困りませんでしたね……」

「そういう事ですね」


 こくこくと頷きながら竹内さんが呟いた言葉に惣社さんも頷いて肯定していた。


「それじゃあ、僕は棗さん。惣社さんは竹内さんということで」

「そうだね」


 俺は惣社さんに目線を向けて二人で頷き合った。


 竹内さんがこのスタジオの外に呼んでくれていた二台のタクシーにそれぞれ乗り込み、俺たちは棗さんの次の現場へと向かう事となった。


「……惣社さん、仕事はちゃんとするんですよね」

「あはは、ですね」


 俺と棗さんはタクシーに乗り、つぎの現場まで揺られていると棗さんが何とも言い難い微妙な表情でそう呟いた。

 俺は喫茶店で少し惣社さんの事を見直したこともあるし、棗さんの呟きに笑いを漏らした。


「早く、安心して仕事に打ち込みたいです」


 棗さんがポツリと呟いたその一言は、ここ最近俺や惣社さんのような護衛がいるとは言え、さすがに気を張っているだろう棗さんの本心なんだと思う。


「そのために僕らが居るんです。それに、買いましたよCD。良かったです」


 少しでも棗さんの事を安心させようと思って少し前に最近生活に余裕が出てきたこともあり買ったCDの話をした。

 CDでは棗さんの地声とは少し違う物の、はっきりと棗さんだと分かる可愛らしい歌声で歌を歌っており、少し高い金を出したがその分のもとは十分に取れたと思えるものだった。


 言葉にはしないが、このルックスであんなに可愛らしい声で歌を歌われたらストーカーが付いても不思議ではないと思えるぐらいに。


「……き、聞いたんですか?」


 棗さんは俺の言葉を聞いて少しずつ顔を赤くして、紅潮する顔を隠すように手のひらで覆いながら手のひらの隙間から相変わらず可愛らしい声でポツリと漏らした。


「えぇ、少し慣れていない感じがして、可愛らしかったです」

「ひゃぁ~、なんか照れますね、ファンの方にも言われ慣れてるのに……」

「棗さんはもっと、自信を持った方がいいと思います」

「竹内さんにも言われます……そんなに自信って、持たなきゃいけないものですか?」


 聞きなれた言葉を聞いて少し頬を膨らませた棗さんは何処か拗ねたように顔を流れて行く外の景色に向けながら言った。


「まぁ、無理にとは言わないですけど。何というか、自分に自信がある人の方が魅力的だ、と俺は思います」


 自信と自分で言っている時に、千登世嬢の振る舞いが思い浮かんでしまう程度には俺も千登世嬢に毒されているのかもしれない。

 かと言って、急に棗さんが千登世嬢の様に自信満々の態度を取り出したらつい笑ってしまいそうだが。

 それに、俺は千登世嬢のあの態度は大体強がりなのも知っている。きっと、難しい物なんだと思う。


 本当の意味で自分に自信を持つと言うのは。


「……」

「ゆっくりで、そうゆっくりでいいと思いますよ。きっと小さなことを少しずつ積み重ねるものだと思います、自信って」


 何となく自分で言っていて恥ずかしくなってくる。きっと二人して顔を赤くして言る俺らを見てタクシーの運転手さんは白けているに違いない。


「す、少しずつなら……できそうです」


 窓の外を眺めたまま、棗さんはそう呟いた。

 車の中に溶けるように広がる棗さんの声はやっぱりとても可愛らしいもので、この女の子がのびのびとその声で仕事に励むために俺はするべきことをしようと、そう思った。


 ◇


「ど、どういう事なんだ!!君は、僕のことがすきなんだろ!!」


 ゆっくりと過ぎていく時間はなぜか早く過ぎて、棗さんの次の仕事現場に到着したタクシーから俺と棗さんが順に降りていると、一人の男性が錯乱したようにそれなりに人通りが多い道にも拘わらず大声で俺たちに向かって喚いて近づいてきた。


 棗さんは少しポカンとして惚けていたが、さすがに大声で騒ぐ男性を目にして状況を理解したのかさっと俺の後ろに身を隠した。


 そうして俺の背後に隠れた棗さんを目にした男性は更に頭に血を登らせたのか、どたどたと距離を詰めてくる。


 あぁ、確かに二人きりにはなりましたね、なりましたけど……!


 そろそろ俺の手を広げた範囲に入りつつある、惣社さんが言う所の正常な判断が出来ていない男性を見つめながら、俺はきっと竹内さんと一緒にタクシーに乗っているだろう惣社さんに向けて悪態をついてしまう。


どうやら、目の前の男性にはタクシーから護衛とはいえ一緒に男性が下りてくるのは許せない事だったみたいだ。






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