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いや、なんか負けた気がする

 惣社さんの後を追って歩いて行くと、惣社さんはあるチェーン展開している喫茶店の中に入っていった。

 確かに、作戦会議をするうえでそれなりに人がいて、なおかつそこまで混み合っていないこの喫茶店はちょうどいい密談場所だろう。


 ブラックコーヒーを頼んだ惣社さんと俺も同じものを頼んで二階のテーブル席に二人で座った。


 その惣社さんのコーヒーを頼んで席に座るまでの流れが変態の癖に妙に様になっていて何とも言えない気持ちを抱えてしまう。


「……それで、方法って?」

「ん、そうだね。まぁ何個かあるけど、即効性があるのはやっぱ敢えて棗さんを一人にしてみるとか、後はストーカーの我慢できない事を棗さんとして誘い出すとかかな?」


 したり顔で惣社さんが言った事は、勿論俺も一瞬考えて直ぐに棗さんに対する危険度が高すぎると言うことで却下した内容だった。


「いや、棗さんが危険すぎます。却下です」

「……本当に?」


 俺は即座に惣社さんの提案を却下するが。惣社さんは何処か確固とした自信を感じさせる表情で言った。


「はい。まず、一人にするのは俺や惣社さんが出遅れた場合、棗さんが危険。ストーカーを誘い出すにしても、棗さんに無駄な負担ですし、何より危険です」

「はて?僕はそう思わないけどね」


 惣社さんが提案した二つの案はどちらも、明らかに棗さんが危険になりうる策で護衛である俺たちが先手を取りたいがために取る策としては明らかに愚策のはずだ。

 けれど、惣社さんはいくら俺がはっきりと拒否しても、ずっと自信を持っている様に見えた。


「どういうことですか?」


 流石にこの惣社さんの棗さんを心配していないようなそぶりに、仮にも護衛としては疑わずにはいられなかったので、一旦惣社さんの真意を確かめる。


「うんうん。柔軟な思考は高得点だよ。……まず、一つ目の作戦に関しては、郁真君はどうか分からないけど、僕は素人が棗さんに接近してきたところで直ぐに制圧できるからそこまで危険ではない、仮に数メートル離れていたところでね?」

「棗さんの精神的な傷はどうするんですか」

「ま、その辺は俺達護衛には仕事の範囲外ってことで。それに、郁真君が慰めてあげればいいじゃあないか。棗さんも自分が大変な時に助けてくれた年の近い男の子がついでに心の傷も癒してくれたら、好きになってくれるんじゃない?」


「糞みたいなマッチポンプですね」

「ははは、冗談だよ、冗談」


 揶揄うように棗さんの恐怖心を度外視したことを宣った惣社さんに冷ややかな目を向けるが、惣社さんはかけらも反省していないような軽い口調で言った。


「二つ目は、まぁ多分郁真君に協力してもらう事になるけど、所謂偽装恋愛的な?ほら、ストーカーが男性か女性かも分かってないけど、少しは棗さんに性的魅力を持ってるからこそ、ストーカーなんてことをしでかすなら、ちょっと挑発すれば尻尾出すんじゃない?」

「……却下です。そもそも、棗さんは男性が苦手なんですよ?」

「そうかな?僕には堂村さんほどじゃないにせよ、郁真君は棗さんとそれなりの関係性を築けている様に見えるけど」

「仮にそうだとしても、それこそ護衛の範疇外ですよ」


 別に俺だってこの護衛と言う仕事に金以外の価値を見出してないし、プライドのかけらもないが、惣社さんのいう事は少し違うような気がする。


「全く、注文が多いなぁ、郁真君は」

「当たり前でしょう……こんな、子供じみた作戦で行けると思ってたんですか?」

「いや、郁真君はまだ子供じゃあないか」


 確かにそれを言われたらその通りなのだが……


「そもそも、無理にこの状況を解決しようとするのが、僕にとってはナンセンスだよ。せっかくストーカーは素人。さらに特にアクションも起こさないなら、現状維持が一番お金になるだろう?」

「……護衛がそれでいいんですか?怠慢じゃあないですか」

「嫌だな~君が先手を取りたいって言ったんじゃないか、僕達は護衛だよ?何で、取る必要のない先手を取るんだよ、仮にストーカーが行動したところで後手だろうと普通に制圧できるのに。別に僕はこの仕事に関して危険性は感じないし、どうしてそんなに先手を取りたがるのか逆に聞きたいね」


 諭すようにつらつらと語る惣社さんの言い分は聞けば聞くほど、納得せざるを得なかった。

 実際、油断さえしなければ俺もストーカーが急に強行したところで万に一つも遅れをとる気はしないし、今はまだ視線をよこすだけで特に実害を及ぼしてはいないのだ。


 ただ、惣社さんの言い分にどこか素直に納得できない自分がいた。


「……でも」

「だから、先手を取りたいならこんな陳腐な作戦しかないってことだよ」

「本当に、このまま後手に回っていればいいんですか?」


 子供を諭すように言われ、どうしても気になってしまう。


「まぁそうだろうね。相手も僕たちがいることで視線を向ける事しか出来てないみたいだし。仮に、行動に移されたところで、僕と郁真君がいれば安全だしね。やろうと思えばできるけど、僕としてはやる意味を感じない。郁真君の言ったように棗さんが多少とはいえ危険ってこともあるけどね」

「結局現状維持ってことですか……」

「そういう事」


 ここまで丁寧に先手を取る意味の無さを説明されては俺も納得するしかない。少しぬるくなっていたコーヒーに口を付けてため息をつくしかない。


「ま、これは相手が頭が良い場合だけどね」

「は?」


 俺がため息をついていると、これまで説明したことすべてを軽くひっくり返す惣社さんに変な声が漏れる。


「あはは、頭が良いって言うと語弊があるけど、えと、まぁ正常の判断が出来る人はって感じかな。得てして勝手に自分を追い詰めておかしな判断をする人も居るってこと。明らかに護衛がいるのに、行動に移しちゃうとかね?」

「じゃあ、さっきまでの説明の意味は?」

「先達からの暖かいお言葉さ。だから、僕たちはこれからも常に依頼人を精神的にも肉体的にも無傷で守りきる為に目を光らせて警戒するのが仕事。護衛だしね」


 そう言って惣社さんは明るく笑った。

 何というか、変な人のはずなのに少し尊敬してしまいそうな自分がいた。


 まぁ、眼鏡が好きなんてのはフェチの一環だし、明らかに度を越していてもそこまで忌避することでもなしれない、俺が仮に惣社さんを尊敬していたとしてもおかしくないはずだ。多分。きっと。


 いや、やっぱりなんか負けた気がする。




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