とは言え、謎には変わりない
「一緒に仕事していたのにも関わらず、こうして顔を合わせるのは初めてだね?」
棗さんの護衛を主にしてから数日。平日の間はストーカーも特に動きを見せず、俺に対して視線を送られてこそいたがなんだかんだ平和に土曜日を迎えて、今俺は葛西セキュリティサービスで初めて惣社さんと顔を合わせていた。
惣社さんは見た目こそ、そこらへんに良そうな好青年然とした立ち振る舞いだが、こんな人が眼鏡狂いなんだから人間は良く分からないよなぁ。
「そうですね、飯田郁真です。よろしくお願いします」
「僕は惣社累。よろしく」
惣社さんはそう言って俺に手のひらを差し出してくるので、俺も惣社さんと握手を交わした。
惣社さんの手のひらからは、明らかに普通に生活していたらつかないような、ごつごつとした感触が伝わってきてかなり戦える人なんだと理解させられる。
一姫さんも手のひらびっくりするぐらいごつごつなんだよなぁ。
「ふーん?」
「……どうかしました?」
ここには居ない師匠の一姫さんの手のひらの感触を思い出していると、惣社さんは少し考え込むようにして俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、郁真君って葛西で有名だからさ、どんな子か気になってたんだけど、案外普通だなぁって」
「どういうことですか?」
「ほら、鷺森のご令嬢の護衛を半年近く続けてるとか聞いてさ、どんな猛者かと思ったら意外と普通だなって。勿論馬鹿にはしてないけどね?」
実際惣社さんはただ感心しているだけのようで、うんうんと頷いて笑った。
俺としてはただ千登世嬢とは修行が始まったばかりの時ならまだしも最近はただの雑談相手でしかないので、千登世嬢の護衛をして居るだけで葛西セキュリティサービスで俺のことが話題に上がっているなんて思いもしなかった。
「……千登世嬢って葛西でもそんな扱いなんですね」
「そりゃあね、家柄ももちろんだけど、ほら彼女あれだもん」
「あはは……」
言外に千登世嬢の怪力の事を言う惣社さんに俺は乾いた笑いを返すしかできなかった。
本当は千登世嬢も、ちょっとしたことで傷ついたり、友達が少ないことを気にしていたり、怒らせない限りは安全だとか、知っていれば案外可愛らしい所があるのだが、きっと惣社さんみたいに知らない人にとってはあの力は怖い物だろう。
力こそパワーを体現した子だしな。
かと言って、他人に勝手に千登世嬢の事を言いふらすような趣味もないが。
「まぁ、取り敢えず。俺らは棗さんのことに集中しましょうよ」
「ん、そうだね。……因みに、郁真君は眼鏡興味ある?」
「ないです」
「……残念」
何処から取り出したのか数種類の眼鏡を俺に見せつけてくる惣社さんに断固として拒否すると、惣社さんは大人しく眼鏡をしまってくれた。
怖いわぁ。
「それじゃ、棗さんの護衛に行こっか」
「了解です」
直ぐに切り替えた惣社さんの一言に同意し、俺と惣社さんは葛西セキュリティサービスを後にした。
◇
「棗さんお疲れ様です」
「……あ、飯田さん、と……惣社さん」
「なんだか僕の名前の前に間が空いたねぇ」
竹内さんに連絡すると、今棗さんは新作アニメの収録中とのことで、送ってもらった位置情報を頼りに
俺と惣社さんはあるスタジオに来ていた。
丁度休憩時間だったのか、棗さんはスタジオの中に入ってきた俺達を見つけ、目線を向けてきた。
惣社さんを見て明らかに表情を硬くする棗さんに少し笑ってしまいそうになる。
「……そんなことは無いです」
「そうかな?棗さんの眼鏡は今日も可愛いね」
「……どうも」
初めて棗さんと惣社さんの絡みを見るが、改めて惣社さんの眼鏡狂い具合にほんのり恐怖を感じるが、外野の俺よりも棗さんは参っているようで、惣社さんがいる場合はサシだったこれまでとは違い、俺に対して助けを求めるように目線を向けられる。
棗さんはただの護衛対象とはいえ、こうも縋るような必死な目線を送られると変な気持ちになってくる。
棗さん可愛いし。
「惣社さん、棗さんは休憩中みたいですし、そのぐらいで」
「はいはい。さすがに分かってるって、愛しの眼鏡に挨拶をしただけじゃあないか」
流石の惣社さんも護衛対象の仕事を邪魔しない程度の自制心は持ち合わせているのか、棗さんのかけている眼鏡に恋焦がれるようにとろんとした目を向けてはいるものの、ひとまず護衛に戻ってくれるみたいだ。
「とりあえず、棗さんの仕事が終わるまでは俺達は外で時間潰してますね」
「……あ、はい。終わり次第連絡しますね」
別にスタジオの中であれば、部外者のストーカーも棗さんに手出しできないだろうし、別に俺たちがいたところで棗さんの仕事の邪魔になるだけだろう。
特に惣社さんは。
「雀宮さん、そろそろ!」
「あ、はい!今行きます!」
「それじゃあ、無いとは思いますが、何かあったら連絡してください」
「はい、じゃあ行ってきます」
「お仕事頑張ってください」
丁度、そんなことを話していると、スタッフさんが棗さんを呼びに来たので、棗さんにそう言い残して俺と惣社さんはスタジオを後にした。
「あ、飯田君と眼鏡君じゃん」
「あ、堂村さん。お疲れ様です、堂村さんも棗さんと同じ現場ですか?」
「お疲れ様です」
丁度、スタジオから外に出ようかという時に、見知った顔とすれ違った。
俺と惣社さんが堂村さんに挨拶を交わすと、堂村さんは人好きの良い笑顔を浮かべながら返してくれた。
「そうだよ~そろそろ休憩も終わるから、戻ってきたんだ」
「あー、そうなんですね。お仕事頑張ってください」
「ありがとね~」
棗さんがスタッフさんに呼ばれていたことから、これ以上堂村さんを引き留めても悪いし世間話はこれぐらいで良いか。
「どう思います?」
「彼は関係ないと思うよ」
スタジオに向かう堂村さんの後ろ姿を眺めながら、俺は声のトーンを落として惣社さんに気になっていたことを聞いてみる。
「ですよね」
「棗さんが堂村さんには男性恐怖症が出ないのは不思議だけどね、そもそも彼がストーカーする意味ないし」
惣社さんの言う通り、堂村さんが仕事でそれなりの回数顔を合わせている棗さんをわざわざストーカーする意味がないのだ。
一応、最初堂村さんと顔を合わせた時から、棗さんが堂村さんとは普通に話せたり、恐怖症を発症しているような様子も見られなかったので気にはしていたが、どうも堂村さんからはただ妹を可愛がるような態度こそすれ棗さんに害を及ぼす人間の様には思えなかった。
「惣社さんはストーカーの目ぼしとか付いてます?」
「いんや?たまに視線は感じるけど、大概が周りに人が居る場所でしか視線を感じないんだよね」
「ですよねぇ」
そう、小賢しいことに棗さんをストーカーしている輩は個人の特定が難しい場所でしか視線をよこさないのだ。
これがもうちょっと個人を絞り込めるような場所で分かりやすく視線をよこしてくれれば簡単なんだけど。
「ま、そろそろ我慢できなくて暴走しそうな雰囲気はあるけどね」
「やっぱそうですよね~後手に回るのは嫌いなんだけどなぁ」
「僕らは護衛だし、後手に回るのは仕方ないと思うけどね」
「そりゃそうですけど」
「方法がないわけじゃないよ?」
「え、なんかあるんですか?」
俺としては後手に回って棗さんを危険にさらすぐらいなら、こっちから先制したいのが本音だった。
まぁ俺たちは警察でも無いし、先制で攻撃でもした日には警察のお世話になる事間違いなしだし、それに関してはほぼ諦めていたが。
「ここじゃなんだし、どっか行こうか?」
「……ですね」
惣社さんの言う通り、誰に聞かれているとも思えない場所でする話でもないか……
取り敢えず作戦会議をするために俺は先を進む惣社さんの後を追った。