まじですやん
「まじですやん……」
「だからそう言ったじゃない!……まさか、郁真は私が嘘を言っているとでも?」
千登世嬢の謎のLINEが来た次の日、相変わらず急に千登世嬢に呼び出された俺は目の前の光景を見てそう呟く
「実は、寂しすぎて千登世嬢が幻覚でも見てるんじゃないかと」
「……郁真が私の事をどう思っているのか、後で詳しく聞かせてもらうわ。ほら、貴方は私と一緒に遊びましょうね~」
そう言って未だに困惑する俺を放って千登世嬢は人形を片手に隣にぺたんと女の子座りをしている少女と遊び始めた。
棗さんの護衛を終えた帰り道に千登世嬢から送られてきたLINEはてっきり千登世嬢の幻覚だと決めつけていた俺だがこうして千登世嬢と遊ぶ小学生ほどの少女をを目の前にしてはそうも言ってられない。
その少女は明らかに日本人離れした容姿をしていて、白い肌に光の加減で薄いピンク色の様にも見えるブロンドの長髪で、少し彫の深い顔立ちで瞳の色はグレーと千登世嬢や棗さんで幾らか美少女に慣れてきていた俺の目をもっても圧倒的な美少女と言わざるを得なかった。
千登世嬢はその少女の目の前で人形をおままごとでもするようにわちゃわちゃ動かすが、少女は正直つまらなそうにぽけーっと初めて見る俺のことを眺めて居るが、千登世嬢はそれに負けじとどこから出してきたのか様々な玩具を取り出して少女の気を引こうとしていた。
俺がそんな千登世嬢の頑張りを眺めて居ると、いつの間にか隣に立っていた一姫さんに話しかけられた。
千登世嬢のLINEは一姫さんが帰ってきた当日に来たことを考えると、あの少女は一姫さんが連れてきたのだろう。
「久しぶりだな、郁真」
「あぁ、一姫さん。おかえりなさい……あの子どうしたんですか?」
「いやな、私がちょっとした用事で家を空けていただろう?」
戦場に行っていたことをちょっとした用事と言い切ってしまう一姫さんは相変わらず規格外だが、それは一旦置いておこう。
俺が大人しく頷くと一姫さんは俺に少女を連れて帰ってきた経緯を教えてくれた。
「敵対勢力を制圧し終わって、敵拠点を確認しに行ったときになぜかあの子が拠点に一人で居たんだよ。慰み者にしては若すぎるし、何より身なりが整っていたんだよ。そこで私たちはその子をいつものように保護して、いつもであれば信頼できる孤児院や里親を見つけるんだが、どうにもあの子は私から離れなくてな……」
「……はぁ。それまた不思議な話ですねぇ。その敵対勢力の中の誰かの子供とかだったんじゃないですか?」
慰み者でもなければ戦地に見る限り戦う力を持たないあの少女が一人拠点に残されていたとなればそのぐらいしか思いつかない。
「それも本人に聞いてみたが違うらしい。幸い言葉は英語であれば通じたからな……まぁそれ以外は何も答えてくれなかったが」
「……まぁ分からないならしょうがないですね。で、保護してきてどうするんですか?まさか、この家で育てていくとかですか?」
「しか、ないだろうな」
「大丈夫ですかね……まぁぱっと見小学生ぐらいなんで赤ん坊よりは簡単でしょうけど……」
とはいえまだ自分で生活できるほどの大きさではないのは確かだし、千登世嬢と一姫さんが二人で過ごしているこの家できちんと育てることが出来るのかについてはいくらか不安である。
俺がそんなことを思いながら一姫さんの方をちらりと見てみるが、一姫さんは特にいつもと変わらず凛とした立ち姿でこれからあの子を育てていくことに不安は抱いていない様だった。
「何とかなるだろう。私だって一応お嬢を赤ん坊のころから育てた経験があるからな」
「それは初耳です」
「当たり前だろう。言ったことは無かっただろうし」
そう言った一姫さんが仮面の下でどんな表情をしているのかは相変わらず分からなかったが、それでもなぜか自信満々に言い切る一姫さんを見て俺は何処か納得させられた。
ここにきて初めて千登世嬢を一姫さんがここまで育ててきたと聞いて俺は一姫さんが一体いくつなのか気になってしまう。
「因みに……いk」
「何か言ったか?」
俺の質問を打ち消すように食い気味に顔をずいと寄せた一姫さんの後ろから発せられる圧に俺は黙り込んでしまう。
怖すぎだろ
「ごほん。そう言えばあの子の名前なんて言うんですか?」
「千果だ。お嬢が名付け親だ」
自分の名前の一文字を付けている辺り、千登世嬢が千果の事を大層気に入っているのが分かる。千登世嬢に兄弟姉妹が居るとは聞いたことが無いし、実は姉妹と言う物に憧れているのが、俺が一姫さんと話している間もずっと俺の事が気になるようで見つめてきている千果の気を引こうとおもちゃ箱からいろいろなおもちゃを取り出して遊ぼうとしていることから分かる。
――てか、千登世嬢ゴリゴリに無視されてもめげないのな
これ以上千果に無視されていると千登世嬢が可哀そうなので俺も千果の方に寄って言って話しかけてみることにする。
「な、何よ郁真!私から千果を奪うつもり?」
俺が二人の方へ寄っていくと千登世嬢がぎゅっと千果の事を抱きしめて俺が悪役のように視線で咎めてくる。
「いやいや、奪うも何も……ただ挨拶をしようとおもったんだよ」
「ふん。ならいいわ。……千果は人見知りなんだから、怖がらせない事!」
人見知りねぇ……どうにも俺には千果が人見知りをしているようには見えないんだよなぁ。棗さんを見ていると余計に
「やぁ、千果ちゃん」
俺が腰を落として千果に話しかけると、千登世嬢も大人しく千果の体に回していた手を放し、普通に話をさせてくれるみたいだ。
「んー」
「なっ……!」
俺が千果に話しかけると、千果は両手を広げてキラキラとした瞳で何かを訴えてきた。
今の状況からして、この千果のポーズは俺の考えが正しければ、だっこのポーズ……
千登世嬢も俺と同じ考えに至ったのか、どこか負けたような悔しそうな顔をして驚愕の声を漏らしていた。
俺がどうするべきか悩んでいると、千果は再度ぐいと両手を俺の方へ伸ばしてくるので、俺は恐る恐る千果を抱っこすることにした。
「……それじゃあ。……よっと」
そうして俺が千果の事を抱いたまま立ち上がると千果は満足げにふんふんと鼻歌を歌っていた。
持ち上げた時に思ったが、思っていたよりも千果の体重は軽く、小学生ってこんなもんだったか?と不思議に思ってしまった。
まぁ小学生ぐらいの少女を抱っこするのは初めてなのでこんなもんか、としか言えないが。
「……これ、何が楽しいんですかね?」
抱っこをしたは良い物の鼻歌を歌うきりで楽しそうにしているのは分かるが、千果が今何を思っているのかは俺には分からなかったので困ってしまってとりあえずショックを受けて固まっている千登世嬢を放っておいて一姫さんに話しかける
「……全く分からん。私にも抱っこをせがんでこなかったからな」
「えぇ、まぁ良いですけど……とりあえずウロチョロしますけど」
「楽しい?」
俺が千果を抱っこしたまま部屋の中をウロチョロと歩きまわりがら千果に話しかけるが、そういえばさっき一姫さんが英語なら辛うじて通じたと言っていたことを思い出した。
英語で、楽しいってなんていうんだっけ……やばい、案外急に言われると思い出せない。
テストであればほとんどの教科で満点を取ることが出来るが、いざ本物の外国の少女を前にしてそんな初歩的な英語が出てこなかった。
「えー……っと」
「たのしー」
「そうだ、一つ伝え忘れていたが、千果は頭が良いぞ。それも格別に。まだ日本に来て二日目だがお嬢が一生懸命話しかけながら絵本を読み聞かせて居たら小学一年生ぐらいの日本語は話せるようになっていた」
俺がまさか千果から日本語が帰ってくるとは思っておらずバッと一姫さんの方へ顔を向けると、一姫さんがまるでなんてことの無いように言った言葉は明らかに千果という少女の異常性を際立てせていた。
「いやいやいや、二日ですよ?マジですか?」
「ああ。なぁ?千果」
「うん。かずき、ちとせ……?」
そう言って一姫さんが千果に話しかけると千果は順々に指を指して一姫さんと千登世嬢の名前をまだ少したどたどしいとはいえ日本語で呼んで、俺に指を指して首を傾げて止まった。
「……あぁ、俺は郁真。い・く・ま」
「いくま、いくま。おー……いくま!」
俺は相変わらず驚愕したまま俺の名前を千果にも分かりやすいようにゆっくりと伝えると、千果は直ぐに俺の名前を覚えたようで繰り返し繰り返し呼んでいた。
正直日本にきて二日目の、しかも小学生ほどの少女の日本語の習得速度ではないのは明らかで、何というか、千登世嬢の怪力の様に天から与えられた才能のようなモノを感じてしまう。
まぁそんな才能があろうが、千果は千果だし、今のところはただ頭が非常に良い少女でしかないので可愛らしいものだ。
「……千果~私に抱っこされるのはいや?」
いつの間にか復活していた千登世嬢が俺と言うよりも千果目当てでゆっくりとこちらへ近寄ってきていた。
「んー、ちとせはつよいからだめー」
「なんでよ……」
千果は少し考えて千登世嬢のほうを見ながらそう言った。まぁ確かに俺も千登世嬢に抱っこされた日には身の危険を感じるだろうし、どこか俺と同じように千果も千登世嬢の怪力に恐怖心があるのかもしれない。
「千果、つよいってどういう意味?」
千登世嬢が納得いかないように頬を膨らまして俺のことを羨まし気に睨みつけてくるので、俺は千果に強いとはどういう意味か聞いてみた。
「んーと、ちとせいちばんつよい、つぎはかずき、いくまいちばんよわい、ちかよりした。だっこはいくまのしごと」
「ん?よわいって立場?え、俺って最底辺?」
「そうー!あはっ」
可愛い……じゃなくて、初めて会った少女にすら俺のこの家での立場の低さを見抜かれるとは思っても居なかった。
てか、千登世嬢の力を怖がっているのかと思ったら、普通に立場の問題ね……自分より立場が上の人にはだっこしてもらうわけにはいかない的な。
「なんだか悔しいけれど、納得してしまった自分が居るわ……」
「まぁ、確かに郁真がこの家の立場は一番低いしな」
千果の言葉を聞いて納得した様子の千登世嬢と一姫さんはうんうんと頷きながら千果を抱っこしている俺の事を微笑ましい様子で眺めて居た。
少女にすら立場が負けていると言われて納得されるとさすがに傷つくが、改めて千果の可愛らしさと、元々のこの家での俺の立場の低さを考え直すと、俺が最下位になるのはある意味必然だと俺自身納得してしまった。
俺はため息をついて相変わらず楽しそうに俺の腕の中にいる千果を見やると、千果は不思議そうに俺の目を見て笑っていて、毒気を抜かれてしまった。