声優さんって凄いんだなぁ
その後、棗さんと堂村さんはラジオの収録の為スタッフさんに呼び出されスタジオの中に入ってしまったので、俺はどうしようかと悩んでいるとスタッフの一人が俺もスタジオの中が見える部屋へ案内してくれたので二人のラジオが始まるのをガラス越しに見ていた。
俺が今居る部屋では、ヘッドセットを付けたスタッフさんが、何やら音響の調整をしていたり、このラジオ宛に届いているメールの確認等で忙しそうにしていたのでぽつねんと一人で棗さんと堂村さんが台本を読み込んでいるのを眺めて居ると、どうやらラジオが始まるようで、スタッフさんたちの顔が変わった気がした。
「どうです?棗さんと堂村さん、凄いでしょう?」
ラジオの放送が軽快な音楽とガラス越しの二人の挨拶で始まるとそれまでぼーっと二人を眺めて居た俺に先ほどここに案内してくれたスタッフさんが話しかけてきてくれた。
「……そうですね、思ってたより凄いですね」
スタッフさんは俺の感嘆の呟きを聞いて満足げに頷いてから、自身の仕事に戻っていった。ラジオと言う物を実際に見るのはこれが初めてだが、スタッフさんや、出演者の力全てを合わせてラジオと言う物が出来上がっているのだと知った。
ガラス越しに見る棗さんはいつものように怯える様子など全くなく、ただ目の前の仕事に集中しているのが分かる。
先ほど案内された時に受け取ったイヤホンからはガラスの向こうで二人が話している内容が聞こえてくるが、アニメの登場人物に合わせた声を出しているのか、二人とも楽屋の時とは別人のようだった。
勿論俺はこのアニメを見たことは無いので、二人がアニメについて話しているときは全く意味が分からなかったが、それでも二人がこの仕事を楽しんでいるのは外野の俺にもはっきりと分かった。
◇
結局、その後三十分ほどでラジオは終わり、スタジオの中から出てきた棗さんがラジオの放送中の時の様に自信満々の様子は無くなってしまったが、いつもの馴染みのある様子で話しかけてきてくれた。
「……アニメ見たことないとあんまり面白くなかったでしょ?」
棗さんはこちらの様子を伺うように上目遣いで仕事中の自分を見られていたのが恥ずかしかったのか指と指をさりげなく絡め合わせていた。
「いや、案外面白かったですよ。棗さんが仕事の時は普通に男性と話せるのも知れましたし」
「なんか恥ずかしいな……」
「棗は、男が苦手なのを除けば若手の中でも実力派だからね」
俺と棗さんが話していると堂村さんも会話に参加してきた。
棗さんの変わりようには驚いたが、この堂村さんだってラジオの収録中はびっくりするぐらい役に入り込んでいて別人のようだった。
「あ、堂村さんお疲れ様です。堂村さんも凄かったです、まるで別人みたいで」
「ほんとに?なんか照れるなぁ……はは」
堂村さんは男性の癖にどこか可愛らしい仕草で頭をポリポリと掻いていた。
「そういえば、棗さん堂村さんには男性恐怖症が出ないんですね?」
「……堂村さんは、大丈夫だから」
「不思議だよねー、なんか棗は俺は大丈夫って言って怯える様子ないんだよ。」
何故か棗さんは堂村さんは大丈夫とはっきり言い切り、俺と堂村さんは二人で首を傾げてしまう。
確かに堂村さんは棗さんが苦手な男性の条件からは外れているが、それでも楽屋での様子を思い出すとどうしてそこまで堂村さんには男性恐怖症が出ないのかが不思議でならなかった。
「ま、僕は次の仕事あるから、お先に~」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「お疲れさまでした」
堂村さんは次の仕事がるようで先にスタジオから出て行ったのでそれを俺と棗さんが見送ると、収録中に音が入らないようにスタッフさんたちが居た部屋の机の上に置いてあった棗さんの携帯が鳴った。
棗さんは携帯を手に取り電源を付けた。
「……竹内さん、打ち合わせ終わったって」
どうやら棗さんへの連絡は竹内さんからの物だったようだ。
「あ、それならとりあえず楽屋で竹内さんが迎えに来るの待ちましょうか」
「……うん」
棗さんは頷いてスタジオを出て楽屋に戻ることにしたようなので、俺もその後ろをついていく。
◇
「飯田さん、ありがとうございました……棗大丈夫でした?」
「あ、はい大丈夫でしたよ。特に問題もなかったですし」
俺達が楽屋で適当に時間を潰していると、急いで来たのか額に汗を浮かべた竹内さんが楽屋に入ってきた。
「とりあえず、この後は私が棗を車で送っていきますので、飯田さんの今日の仕事は終了で大丈夫ですよ」
「はい。分かりました。」
「飯田さん、ありがとう」
「棗さんこそ、今日は案外見直しました」
「……ぐ、一言余計」
竹内さんと棗さんに軽く挨拶をしてから俺はスタジオを後にし、家に帰ることにした。
駐車場に行くついでとはいえ、棗さんと竹内さんにスタジオの入り口まで見送られて千登世嬢の仕事場との対応の違いに涙が出そうになった。
家までの帰り道駅で電車を待っているときに俺は特に意味もなく携帯の電源を付けると、ラジオの収録で気づかなかったが、千登世嬢からLINEが来ていた。
俺は一体何の連絡だろうかと不思議に思い携帯の電源を付けて千登世嬢からの連絡を確認して、最初に思ったことは、何言ってるんだコイツ……だった。
『郁真!私に妹が出来たわ!』
俺は何度目を擦っても、千登世嬢からの一文が変わることは無くその全く意味の分からないLINEは一旦置いておくことにして目の前に停まった電車に乗り込んだ。
千登世嬢……寂しすぎて幻覚でも見てるんじゃなかろうな……
電車に揺られているときに先ほどの千登世嬢からの連絡を思い出して、俺は千登世嬢の事が心配になってしまった。




