金の魔力
「ここでいいのか……?」
鬼頭さんからの連絡を貰い土曜日の朝から駅前にあるビル街の一角に来ていた。
俺の目の前には民間警備会社とは思えないほどにお洒落な入り口に困惑して立ち尽くしてしまう。
ガラス張りのエントランスには二人ほどモデル顔負けの容姿の受付嬢が一応の一張羅である火神守学園の学生服を纏って所在なさげに立ち尽くす俺の事を不思議そうに見つめてきていた。
――ええい、ままよ!
心の中で気合を入れて明らかに感じる場違いさを無視してそのエントランスに入る。
「こんにちは。葛西セキュリティサービスにようこそ。」
俺がエントランスに入って受付嬢の目の前まで歩いて行くと受付嬢の一人が慣れた所作でそう俺に向かって挨拶をしてくれた。
「あの、鬼頭さんの紹介でアルバイトをしに来たんですけど……」
「あぁ、聞き及んでおります。そちらの社内案内に記載されている第二会議室で鬼頭がお待ちですので、こちらの仮社員証を持ってお入りください」
「あ、有難うございます」
緊張のせいで言葉が尻すぼみになってしまったが、その女性はそんなことは気にせずに明るく返してくれた。
俺は受付の女性からお辞儀されながら、先ほど手渡しされた社員証を首にかけて言われた通りに第二会議室を目指して歩を進めた。
◇
第二会議室に向かっている時にすれ違う男性は筋骨隆々だし女性に関しては容姿が整っている人ばかりだしで俺は肩身の狭さを感じてしまったが日給一万五千円の魔力には勝てずにどうにか目的地である第二会議室にたどり着いた。
「おう、よく来たな郁真」
俺が意味が分からないぐらい重い扉を体全身を使ってどうにか開けて部屋の中に入ると聞きなれた鬼頭さんの声が聞こえてきた。
「あ、どうも」
「とりあえず今日から働いてもらうがこうして来てくれたってことはやる気はあるんだよな?」
「まぁそりゃそうですよ」
「よし。その言葉忘れるなよ?」
鬼頭さんはなぜか神妙な顔つきで俺に念押しをするように言った。
「……忘れるなよって、そんなにつらい仕事なんですか?」
「まぁ、な。護衛対象が問題なんだよ」
相変わらず神妙な顔つきの鬼頭さんの様子を見て俺は嫌な予感を感じてしまう。
「護衛ってことは、有名人とかですか?」
「この前組経由の案件って言っただろ?有名人は組となんか関わらねえよ」
鬼頭さんは何枚かで綴られた書類を俺に渡しながら言った。俺はその渡された書類めくって中身を確認していくと長い髪の毛を一つ結びにした可愛らしい少女の写真の隣に名前が書かれていることに気が付いた。
「鷺森 千登世……?ですか?」
「そうだ。その千登世嬢はウチの組の上部組織の顧問のお孫さんなんだがな……何でも組の奴らじゃ手が付けられんってことで俺達にお鉢が回ってきたって訳だ」
鬼頭さんははっきりと分かるほどに面倒そうに肩を落としてそう言った。俺はその千登世嬢の資料を読み進めていくと一つ気になる文言が目に入った。
「怪力?この子がですか?」
俺はこの言葉が誤植ではないかと鬼頭さんを見ると鬼頭さんは無言で頷いていた。
「そこが一番の問題なんだよ。これまでも一応護衛を組の若い衆から選んでつけて居たみたいなんだが、そいつらが少しでも千登世嬢が気に食わないことをすると握手して病院送りだそうだ」
それなんて握撃?
「いやいや、そんな某花山じゃあるまいし……極道だけに?ってそんな馬鹿な」
「なんだよ〇キ知ってるのかよ?その通り極道だけに花山みたいな感じだ、喧嘩はしてないみたいだがな。ははは」
「笑い事じゃないですよ!バ〇の花山みたいなのが俺の護衛相手ですか?そもそもそんな怪力なら護衛なんていらないでしょ!?」
俺はお気楽な笑い声をあげる鬼頭さんにそう噛み付く
「いやいや、怪力ってだけじゃどうにもならんことだってあるだろ?それに千登世嬢は極道関係者だ。どこで恨みを買っているかもわからん。ドスなり鉄砲なんかにゃいくら怪力と言っても勝てないだろう?」
確かにそれはそうだが……
「て、言うか!ドスなり鉄砲からこの子を護衛しないといけないんですか!?握手に怯えながら?無理です!」
「なに、仮にの話だよ。毎日ドス鉄砲とやり合うわけじゃないぞ。……それに、郁真。やると言っただろ?」
鬼頭さんは急に真剣な様子でそう言った。確かに俺はやるとは言ったがここまで裏社会にどっぷりだなんて聞いていない。
「いや確かに、言いましたけど……」
「なら、やれるよな?日給一万五千なんて割のいい仕事がただの高校生のお前にあるか?食費は?父親の借金はどうする?沙月さんは今も入院してるんだろ?」
鬼頭さんは話を聞いたお前が悪いのだと言うかのようにつらつらと俺を悩ませている金の話を並べる。
確かに食費程度であれば普通のアルバイトでもなんとかなるが、そこに父親の借金の返済が乗っかるとなるとこの仕事以外で大金を俺が稼ぐことは出来ないだろう。
「……日給上がりませんか?」
「それはお前の仕事ぶりを見て先方が決めることだ、ただ上手くやれば倍以上は貰えるだろうな、なんたってうちの組の上部組織ってことは極道の一次団体の顧問の孫だからな。しかも千登世嬢は中学生にしてかなり稼いでいるみたいだからな」
倍と言うことは日給3万、仮に週二で働いたとしても24万。可能性ではそれ以上も見込めると言う。
リスクは握手時々ドスと鉄砲。
「……やります。やらせてください」
「そうか!やっぱりお前ならそう言ってくれると思ってたよ」
俺がリスクとリターンを考えて絞り出すように言ったその言葉を聞いた鬼頭さんは嬉しそうにその丸太のような腕を振って俺の頭をなでるように手を置いた。
相変わらず上を見ればちらちらと視界に入る堅気ではないと主張する鬼頭さんの腕に入った入れ墨がもう後戻りできないと言うことを俺に伝えてきていた。