惣社さんって……
「あ、そういえば今日って棗さんの方か……」
俺はいつものように朝起きてからの日課である勉強をしていると携帯に葛西セキュリティサービスからの連絡が入り、今日から棗さんの護衛が始まることを知らせてきた。
正直棗さんの方の仕事は千登世嬢の護衛と比べても危険度はそこまで高くはないだろうが、かといって適当にやるわけにも行かないだろう。
集合場所は俺の今住んでいるところから二駅ほど先のこの辺りでは都会の方の駅だった。俺は一応電車の時間を携帯で調べ、これから出ても十分に約束の時間には間に合うことを確認して、机の上の教科書や参考書を学校の鞄にしまって葛西セキュリティサービスから支給されている防刃性能に優れた素材を使った黒いスーツを一式身にまとい、家を出た。
支給されたのは良いけど、このスーツ最近の時期だと暑いんだよな……
「……結構混んでるな」
俺は何とか予定の時間の数分前に集合場所の駅に着き、そう呟いた。特別ここの駅が栄えていると言うのもあるが、一番の原因は今日が休日であることだろう。
とりあえず俺は目印になりそうな、駅前にある不思議なモニュメントとの前で携帯をいじりながら、高校生のような若い集団や、大学生の男子たちの楽しそうな話し声を聞き流してぼーっと待っていると、遠くから顔の半分が隠れるほどの帽子とマスクをして居る女性から話しかけられた。
「……飯田さん」
「はい?」
「私です、雀宮棗です」
最初は顔が全く見えなかったので誰の事か分からず首を傾げると、その女性は俺にだけ見えるようにマスクと帽子をずらし顔を見せてくれた。
そうして顔を見てみれば話しかけてきた相手は棗さんだった。
棗さんは夏前と言うこともあり涼し気な白いTシャツの上に大きいシルエットのカーキ色の薄手のシャツを羽織っており、ひらひらとしたスカートと言った出で立ちだった。
俺は可愛らしい服装の棗さんを眺めて俺自身は見た目は普通の黒いスーツというのが何だか不釣り合いに感じてしまった。
「あぁ、棗さんでしたか、顔が分からなかったもので……」
「……まぁ一応、テレビとかにも出させてもらっているので念のためですけどね……」
棗さんも帽子やマスクの事をそれなりに鬱陶しく思っているのか、肩を落としていた。
確かにあまり意識していなかったが棗さんは声優界隈ではそれなりに有名らしいので帽子やマスクは身バレ防止のためにも必要な物なのだろう。
「そういえば、今日はなんだかあんまり人見知りしてませんね?」
先ほど話しかけられた時から思っていたが、この前葛西セキュリティサービスで顔合わせした時よりも普通に話せている気がしたので聞いてみた。
「……まぁ、惣社さんに比べれば……はぁ」
……そう言えばもう既に棗さんは件の惣社さんとは顔合わせを済ませて護衛もしてもらっていたはずだ。
棗さん惣社さんの話になった瞬間に絶望的な表情をしたことで惣社さんがどれほど棗さんとの相性が悪いのか分かった気がする。
――まぁ惣社さんのおかげで普通に今比較的話せていると思えば、惣社さんはある意味有難い気もする。多分そんなことを棗さんに言っても嫌な顔をするだけだと思うが……
「あぁ、なるほど……惣社さんどんな感じでした?」
「変態」
即答かよ……
棗さんは惣社さんの話をするのも億劫なのか、一言を言って歩き出してしまったので、俺も置いて行かれないように後を追った。
「でも、惣社さん眼鏡好きなのを除けば仕事は出来る人っぽかったけど、どうでした?」
「……仕事場の先輩にも眼鏡勧めてて気持ち悪かった」
「それは、大変ですね……」
「先輩が優しい人で良かったけど……はぁ」
棗さんは先を進みながらも惣社さんの事を思いだしているのか、先ほどと同じように深いため息をついていた。
「因みに今は何処に向かっているんですか?」
「……今日はアニメのラジオの現場かな、二時間ぐらいは竹内さんが他の仕事の打ち合わせだから、それが終わるまでって感じ」
「了解です。とりあえず竹内さんが戻ってくるまでは、お供しますよ」
「……やっぱり、いつも飯田さんが良いなぁ……普通の人だし」
「……そこまで惣社さんの事、苦手ですか……」
「仕事は普通にしてくれてるのは有難いけど、それはそれでなんか腹立つんだぁ……」
棗さんは何処か遠い顔をしながらそう言っていた。
その後も、棗さんは滔々と惣社さんの愚痴をラジオの現場のスタジオに着くまで思っていたことを俺に吐き出すように語り始めたので、俺はたびたびその愚痴に相槌を打ちながら歩いて行くが結局棗さんの愚痴はラジオの収録現場に着くまで続いていた。
◇
「あら、今日はあの変な子じゃないんだ?」
俺と棗さんがスタジオに入って棗さんと今日のラジオで共演する人の楽屋に入ると、俺に気が付いた共演者の方が棗さんの後ろに付いていた俺に気が付いて話しかけてきた。
――変な子って惣社さんの事だよなぁ……この人にも眼鏡を勧めたのだろうか……
「どうも、棗さんのもう一人の護衛の飯田郁真です」
「あ、どうも。一応声優やってます。堂村 凛です。君は普通の子っぽくて安心したよ」
堂村さんはきっと惣社さんの事を思い出しているのか、俺の事を普通の子と言うが、それは褒められていると思っても良いのだろうか……
「……一応堂村さんは私の事務所の先輩だから、これからも顔は結構合わせると思うよ」
「そうだね~。まあ今日はラジオだから、あんまり飯田君は仕事にはならないと思うけど、楽しんでいってね」
どうやらこの堂村さんは棗さんとも仲が良いようで棗さんはそそくさと堂村さんの隣に座りに行っていた。
棗さんは堂村さんの隣が安心できるのか、まるで猫の様にすり寄っており、堂村さんもそれを嬉しそうに棗さんの頭をなでたりして存分に癒されていた。
結局俺はスタッフの方が二人を呼びに来るまで二人のいちゃつきを見せられていた。