光があるところには影があると言いますが
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「それじゃあ、郁真は私と、雀宮さんの護衛とでこれからは二つ掛け持ちになるのね」
「そうなるな。一姫さんもまだ帰ってきてなくて寂しいだろし、何かあれば連絡してくれていいから」
結局、葛西セキュリティサービスで棗さんと契約を結ぶことになり、竹内さんが手の離せない時に棗さんが一人にならざるを得ない時の護衛は平日の昼間は惣社さん、千登世嬢の護衛がない平日の夕方と休日は俺と言う形になった。
その旨を相変わらず特に外出するわけでもないのに千登世嬢の家に呼び出された俺は作業をしている千登世嬢に説明した。
千登世嬢も許可を出してくれていたことなので俺が棗さんの護衛をすることには特に口出しはしない様だ。
「……寂しく何て無いわ」
千登世嬢は言葉ではそう言うが、明らかに寂しがっているのが分かる。
そもそも千登世嬢が今日みたいに特に用もないのに俺を呼び出しているときは大概話し相手が欲しいときか、単純に寂しいからというのは流石に分かってきた。
「まぁ、一姫さんも明日か明後日には帰ってくるんだし、大丈夫か」
「そうね。決して寂しく何て無いけれど」
「……そうだな」
何としても寂しがっていることを認めたくないのか千登世嬢はコーヒーカップに口を付けながら澄ました顔をしていた。
わざわざ「嘘だろ」何て言って話をややこしくするつもりもないので俺は大人しく頷くが、いつもより携帯の電源を付けて一姫さんからの連絡が来ていないか確認する頻度も多いし、どうせ一姫さんにだとは思うが、作業中に邪魔をされるのが嫌いな千登世嬢がこまめに連絡を取っていることから、千登世嬢が寂しがっているのは間違いないだろう。
「そういえば、雀宮さんは貴方を幾らで雇ってくれるのかしら?」
「……それって言わなきゃダメか?」
俺としては他人との金銭の絡む話をする気はないが、千登世嬢は俺の渋った様子を見てもなお頷いていることから大人しく白状しないと、俺が観念するまでずっと聞いてくるのがこれまで千登世嬢と関わってきて分かっているので、大人しく白状するか……
「……一応時給で三千円ぐらい」
「へぇ……そう。ならいいわ」
千登世嬢はどうせいつものように負けず嫌いなだけだろうが、俺から聞いた金額が自分の出している金額よりも少ないことに満足したのか、満面の笑みで頷いて作業に戻った。
何がそこまで嬉しいのかね……
いつもより明らかに機嫌の良い千登世嬢は雀宮さんに勝ったと思っているのかもしれないが、俺は作業を始めた千登世嬢に、時給三千円を日給に換算すればそこまで俺が千登世嬢からもらっている金額と変わらないという事実は言うことは出来なかった。
◇
結局その後は千登世嬢が作業に集中したいとのことで家を追い出された俺は空いた時間をどうしようかと悩んだが、ここ二週間ほど千登世嬢と正式に契約を結んだり棗さん関連の事で入院しているお母さんの見舞いに行っていないことを思い出し、病院に行くことにした。
俺は病室に飾る用の花を適当に花屋で見繕い、ついでに母さんの好物の梨を買って持っていくことにした。
「あ~いっくん来てくれたんだ~なんか久々~」
俺が先ほど購入した花と梨を持って母さんの病室の扉を開けると、直ぐに母さんは俺に気が付いて、嬉しそうに頬を緩めながら声を掛けてきた。
俺の産みの親である、飯田沙月は仕事中の事故で骨折で入院した際の検査でその他にも病気が見つかり只今絶賛療養中なのだが、当人はそんなことを機にさせないほどのほほんとしていた。
「母さんごめんね、最近アルバイトで色々あってくるの二週間ぶりになっちゃった」
母さんが入院するまでは家で毎日顔を合わせていたので、二週間という空白の期間は母さんにとっても相当なものだったのか、いつにもまして俺も来訪にテンションが上がっている様に見えた。
「いいよ~もとはと言えばお母さんが怪我してはたらけなくなっちゃったから~いっくんにアルバイトさせちゃってるんだし~」
久しぶりに会った母さんは相変わらず、底抜けに明るくここが病室でなければ、長期入院するほど体にがたが来ているようには見えなかった。
「それは全然いいんだけどね……バイトなんだかんだ楽しいし」
「そうなんだ~ボディーガード的な奴でしょ~?最初聞いた時はいっくんがボディーガード何てできるとは思わなかったけど~会うたびに少しずつ筋肉質になっててお母さんドキドキしちゃう~」
母さんは頬に手を当て身悶えているが、どうせいつもの悪ふざけだろう。
「……そんなことより、ほらこれ。梨好きだろ?剥いてあげるよ」
「え~梨~?嬉しい~うさぎさんがいいな~」
「いや、梨は皮剥くだろ普通」
俺は母さんの悪ふざけを無視しつつ、家から持ってきた果物ナイフで梨を食べやすいように小さめのサイズに切り分けていく。
「……ほら、剥けたぞ」
「は~い。……んむ。おいし~!さっすがいっくん!」
俺が剥いた梨を母さんは美味しそうに食べていた。
これまでの我が家では梨ですらそれなりに高級品で、偶に母さんが仕事場でお裾分けを貰ってきた時にしか食べたことはなかったが、こうしてお見舞いで梨を食べれるのも千登世嬢のお陰だ。
恥ずかしいから面と向かっては絶対に言えないが…
「そういえば、体の容体はどうなんだ?予定だとそろそろ退院だろ?」
「ん~?実はね~まだ、もうちょっとかかるみたい~お医者さんが言うにはあと一、二ヶ月ぐらいだって~」
入院当初のほぼ寝たきりの時に比べれば先程のように軽口を叩けているので、かなり良くなっているだろうとは思っていたが、それでもまだ一、二ヶ月はかかるようだ。
「でも~お医者さんは後一、二ヶ月頑張ったらほぼ完治だから~予後は気にしなくていいって~流石にお仕事は退院してからも当分は流石に休むようにって言われちゃったけど~」
「そうかーそれじゃあまだまだ俺もアルバイト、頑張らないとな」
元より、母さんが退院したからと言って千登世嬢と雀宮さんの件をほっぽりだしてアルバイトを辞めるつもりは無いが、それでも母さんが無事に働けるようになるまでは俺が二人分を頑張って稼がなければならないだろう。
「お母さんが働けるようになったらいっくんは~無理して働かなくてもいいんだよ~?お勉強のこともあるし~」
「無理なんかしてないよ、さっきも言ったけど本当に最近アルバイト楽しいんだ。母さんが退院して働けるようになってもつづけるつもり、勿論勉強も今まで通りの成績を維持するし」
母さんは心配そうな顔をしてそう言ってくれるが、実際地獄の訓練だなんだと愚痴ってはいたが、怪我を除けばあれはあれで案外楽しかったし、訓練がある程度になったおかげでそこまで厳しく無くなった今、俺がしているのは千登世の護衛というよりは話相手に近い。
千登世嬢の話し相手も楽しいし辞める理由が無いんだよなぁ
俺はそんなことを自然に考えてしまうほど千登世嬢との不思議な関係性に心地よさを感じていた。
「それならお母さんもこれ以上は言わないけど~」
「うん。でも、心配してくれてありがとう」
「心配するのは当然だよ~お母さんだもん」
実際今思えば、母さんが入院するまで体を酷使していたというのに護衛の仕事とは関係無しに、自分が働くという事が頭の中になかったのは自分でも意味がわからない。
勿論高校生になるまでは働こうにも働けなかったので、なんともいえないが。
俺がそんなことを思い返していると、ふと今度母さんの見舞いに来たら改めて聞こうと思っていたことがあったのを思い出した。
「……そういえば、今お父さんの残した借金って俺が返してるんだけど、あれって結局総額いくらなの?」
「う~ん、いっくんもアルバイトで働く事の厳しさを少しは知れただろうし~そろそろ教えてもいいかな~」
聞いては見たものの、この質問は俺がもっと小さい時から繰り返ししていたことなので、答えてもらえるとは思っていなかったが、母さんは何故か教えてくれるようだった。
「え、いいの?これまで聞いても絶対に教えてくれなかったのに…」
「あの人を反面教師にするためにも~今ならいいかな~って…それに今いっくんが働いたお金で借金を返してくれてるのに、教えないのもね~」
反面教師と言う言葉が少し引っかかるが今までずっと気になってきた事なので、教えてもらえるのは正直ありがたい。
「それじゃあ発表しま~す。……どるるるるるる……バンッ――後三千万円で~す」
母さんが発した間抜けなドラムロールの後に笑い事では済まされない金額が聞こえた。
「三ッ!?なんでそんなに!?」
「あの人ね~ビックになりたいって言って自作の私へのラブソングを作ってくれて、超有名なプロの音響さんとか、演奏者さんとか雇って~CD大量も刷ったの~。本当に大量に~。びっくりするぐらいに大量に~……でもね、あの時のあの人が夢を追ってる姿素敵だったのよ~?」
母さんはその借金の訳を教えてくれたが想像していたより数億倍はしょうもない理由で頭が痛くなってきた。
ビックになりたいって何なんだ……
「それが借金の理由……?本当に……?」
「そうだよ〜結局殆どCDも売れなくて〜取り立てとか色々あってお父さん溶けちゃった~……だからいっくんは夢を追いかける姿にはときめくだけで肯定してくれる女の子じゃなくて、あんまりにも現実味が無い夢だったらきちんと諌めてくれる女の子を見つけてね~」
そこまで母さんは順調に昔話をしてくれていたが、不意に顔の表情が普段の明るい母さんから想像できないほどに暗くなった。
「じゃないと~……私みたいなのが生まれます~」
母さんが苦労してきているのを一番近くで見てきた俺としてはそのギャグは笑えないぞ……
「てか、反面教師ってそっちの!?男側じゃなくて女の子側なんだ!?」
「そうで~す。……あ~ほんとに今思えばあの人クズだったなぁ……なんで好きになっちゃんたんだろ~……」
母さんのダークサイドがじわじわと増えていく。
正直デフォルトのはずの母さんの明るさが無理やりやせ我慢で出している様に思えてしまって居たたまれなくなって俺は目を逸らした。
「ま、まぁ、これから俺も頑張るから二人で返していこうよ!ね?」
「……そうだね~。あはは~」
普段明るい人の闇の部分を見てしまうとここまで人は恐怖できるのかと思ってしまうほどに母さんの闇は深く、俺はかける言葉が見つからなかった。
母さんの乾いた笑いんなんて産まれてから初めて聞いたぞ……
昏い雰囲気の中、俺達は何か言うわけでもなく梨を口に運び続け、俺と母さんの何とも言えない空気感を察してか看護師さんが恐る恐る母さんの夕飯を運んできたことで今日の見舞いはお開きとなった。
三千万の借金と母さんの知らなかった昏い一面を知った一日だった。




